魔女の日記
さあ、なんちゃってサバイバル開始だ!
シュラール歴528年、天魔の月、第3週の5日
今日はとにかく疲れた。ろくな食べ物がない事、飲みたい時に水を飲めない事がこんなに辛い事とは知らなかった。興味と才能のある分野の魔術しか訓練せず水魔術を習得していなかった過去の私を呪いたい。せめて初級水魔術Lv1の水生成を覚えているだけでも随分と違った一日になっていただろう。途中で小さいとはいえ河口を見つける事ができたのは幸いだった。夕方にスコールが降ったのも幸いした。旅専用のローブが防水仕様で助かった。水筒が欲しいが代わりになりそうなものはない。死霊魔術馬鹿だった過去の自分を再び呪いたくなった。人を呪うのは得意はずだったのだが、流石に過去の自分は呪えなかった。なんて考えが浮かび虚しさを感じた。
今日も漂流者や船の荷物が流れ着いている場所がないか確認しながら海岸線を歩き続けたが、結局島を一周する事はできなかった。そして何も見つけられなかった。街中を歩くのと未開地を歩くのはまるで違う事を理解した。時間をかけても思った以上に進まない。太陽の沈む方向から、もう少しで島の半分の位置に到達したと思ったのだが、よく考えて見るとそれは島の形にもよる事に書いていて気付いた。むなしい。でも周囲に見える山は双子の様に並んだふたつの山だけなのでこの島の広さは思っていたよりは広かったが、おそらく熟練の戦士達ならば海岸線を一日で一周出来るぐらいの広さだと推察する。幸いだったのは少なくとも今日移動した範囲では出会った地上側の魔物は低位階のスライム種だけで、その数も少なかった。海側もこの辺りは意外と遠浅なのか私の技能でも結構な範囲が探知でき、強い魔物がいない事が確認できた。闇の魔法陣術で結界を張れば特に外敵を気にせず夜眠れる事がわかったのは本当に幸運だった。昨日は疲れて結界を貼らずに寝て朝起きた時に慌てたが、島全体がこんな環境なら暫くはなんとかやっていけるだろう。明日に備えて寝る事にする。
シュラール歴528年、天魔の月、第3週の6日
朝スコールがあったおかげで、喉を潤す事ができたのは良かったが、その後晴れてくれなかったら風邪を引いていたかもしれない。屋根のある生活が恋しい。地面位寝ているので体も節々がいたい。
とうとうザックに入っていた保存食が尽きた。砂浜近くに生えていた木の実は、食べられると聞いた事があったものだったので攻撃魔法で落とそうとしたら、その木になっていたものは全部燃え上がってしまった。なぜ私は闇魔術と死霊魔術ばかりアホみたいに研究していたのだろうか。だからこそ死霊魔術を極めずして死ぬ事はできないと自らの心に渇を入れた。今更悔やんでも仕方ないので、他の同じ種類の木を幹から焼き倒し、黒炎が木全体を燃やし尽くす前に身だけもぎ取る事で木の実を確保した。二つだけ実っていた木の実の内、片方は木が地面に倒れた時に岩にちょうど打ちつけられたのか、綺麗に真っ二つに割れてくれたため、すぐに食べる事ができた。これが労働の味か。この年まで親のスネをかじり続けたせいで初体験だったが、これなら意外と働くのも悪くないかもしれないと思った。そんな冗談を思いつくも何もかもがむなしい。荷物が少なかった分、私の頭よりも小さなこの実を運ぶのはそれ程きつくはなかった。夕方には恐らく最初に漂流した位置の真反対の地点は通り過ぎたと思われる。山と海の地形を予想すると恐らく明日には元の位置まで辿り着けるだろう。
シュラール歴528年、天魔の月、第3週の7日
本日の昼過ぎにとうとうこの島を一周できた。謎の達成感を感じた後、目的の漂流物を一つも発見していない事に気付いた。そして食べるものも尽きた。むなしい。今日は朝に残っていた木の実の果肉を食べたのが最後の食事だ。家の中に引きこもって魔術の修得と研究にばかり励んでいただけの私にしては、木の実を手に入れただけでもすごい事なのかもしれない。綺麗に二つに割れた木の実に雨水を貯める事も覚えた。好い加減遭難四日目ともなると朝夕とほぼ決まった時間にスコールが降る事は理解した。毎日朝晩シャワーを浴びれるのは素晴らしいが暫くの間服が乾くのを待つまで裸でいなければならない事に不安を感じる。毎日、木陰とは言え地面に眠り続けたせいか、疲れが溜まってきている。明日はこの小さな平野部を抜け山側に行ってみる事にする。
シュラール歴528年、天魔の月、第4週の1日
今日は素晴らしい発見の連続であった。が今の状況ではなんの意味もない事に気付いてひどく落ち込んだ。むなしい。まず平野部に小規模であるが地脈の噴出口としか考えられない場所が見つかった。なんお変哲もないスライム種が何匹か固まっていたので不思議に思い、長時間観察する事で、何匹かのスライム達がそこにいるだけでポコリと増えるという非常に珍しい光景をみる事ができた。この事を祖国に報告できればそれだけで英雄扱いだというのにさらなる発見があった。なんともう夕方になろうかという時間帯に試練の祠を発見した。場所は平野部からの山の入り口付近であった。第一層と第二層は低位階のスライムばかりで第三層、第四層にはこれまた低位階のゴブリンがのみいた。この祠が何層まで存在するかは不明だが、魔物との戦闘経験がほとんどなく、飢餓状態でヘロヘロの私でもここまで攻略できたのだ。ここを開拓できれば初心者向けの祠として大儲けできるかもしれない。祖国に報告できない事が本当に残念である。恐らくここは未開の島だろう。領土が増えるという意味でも、個人が貴族に陞爵されるレベルの快挙だ。今日は第四層で魔法陣を書き込み安全地帯を確保して寝る事にする。周りの魔物達が入ってこれないところをみると本当に低レベルの奴しかいない不思議な祠だ。いやひょっとすると相当深くまで階層が存在するせいで、逆に各階層ごとの位階がうまい具合にばらけているだけかもしれない。楽観視するのは辞めよう。飢餓状態が酷く体は限界に近い。明日朝起きても体力や魔力はほとんど回復していないかもしれない。明日は取り敢えずリーダークラスの魔物か封印物を探そう。何らかの素材やマジックアイテムが入手できればこの状況を打開できると信じて……。
シュラール歴528年、天魔の月、第4週の2日
私は汚れてしまった……。
もはや何もかもがむなしい。もはや日記を書く気力を絞り出すだけでもひと苦労であるが、今後この祠に挑む人のためにいくつか情報は残しておくべきだと思いここに記す事にする。第五層でグリーンスライムリーダーを発見、予想通り低位階なのだろう、それほど恐ろしく感じなかったがそのせいで油断してしまった。魔力も体力もほとんどつきかけていた私にとっては命に関わるレベルの敵だった。油断すべきではなかった。
死闘の果てに私は魔法陣の顔料の元になる魔核石と粘液を手に入れていた。そして小さいながらも利用可能な地脈の噴出口を発見し、荷物の中には今回の旅の目的であった中級吸魔の指輪がある。これを手に入れるためにわざわざ他国へと船旅までした結果がこの様だ。しかしもはや私には新たに食べ物を入手するめども無く。このままの状態ではもう魔力も体力も数日もたたない内に尽きてしまうだろう。選択肢のない私に知識、いや好奇心、それとも運命か、とにかくそういった悪魔達が囁き始めたのだ。あの儀式を行えと。魔術の深奥を極めようとかつて偉大な魔術師が行った魂を魔導具に付与する秘術を。もしこの秘術を行うのであれば魔力が最大量残っている明日行うのが確実だろう。死ぬのは怖い。が、何もなせずこんなところで死ぬのはもっと嫌だ。最後の記憶があんなスライムとの情けない死闘というのももっと嫌だ!ゆえに私は挑戦する。父よ母よ、自ら命を絶つことをお許しください。妹よ私と違って魔術馬鹿にならないでくれ。恋人の一人ぐらい作って幸せになってくれ。そしてこの日記を手にするものが現れたら願いがある。この日記と付近に落ちているであろう指輪を『リストテニア王国』にある『笑い蛙の森』近くにある『ルッカ』という街に届けて欲しい。この日記が家族の誰かの元に届くことを願う。
そこで日記はおわっていた。一通りの内容を読み終えた俺は溜息をつく。たったの7ページの内容の日記とはいえその内容は濃い。
いったい彼女とスライムとの死闘で何があったのか?
それももちろん気になるが、完全に無人島で遭難していることが確定した。しかもどうやら脱出手段が皆無のようだ。普通に考えて3日もかけて島を一周しているにもかかわらず船関係の漂流物がいっさい流れてこないのもやばい、潮の流れなんかが関係して居るかもしれない。ここら辺一体で潮の流れが循環していて外海に出れないとかだったら目も当てられない。その他にもこの世界の航海技術の水準は不明だが、ここが未開地と判断していることからもどちらにしろ一般的な交易路とはかなり離れている可能性が高い。最悪一生この島から脱出できない可能性も出てきた。
しかしこの女性は所々抜けまくっていて、日記を読んでいてイライラする。まず人物の名前が全く出てこない。「誰の日記やねん。」と突っ込みたい。家族に届くのを願っているのに家族の名前が誰一人でてこないのだ。
あとヒキコモリだったみたいに書いてあるが、食料確保の手段なんて正直山ほどあるだろ。海産物に手を付けてもいないのも俺からすれば不自然すぎる。どんだけ箱入りだったんだ?
それに地脈がどうこう書いてあったから儀式をする場所はどうしようもなかったのかもしれないが、指輪や日記関係なんかこんな雨が降りまくるところに放置してこのままずっと無事だったとはとても思えない。まあ案外飢餓状態がきつ過ぎて正常な判断が下せない状態だったのかもしれないが。
しかし何より間抜けなのは、あと少し儀式をするタイミングが遅ければ命が助かった可能性が高いあたりだ。いやこの場合は俺も生きた人間に出会えなかったという意味では相当ついてなかったのか……。
まあいい、そんなどうしようもない事よりさっさと別の優先順位を決めよう。思っている以上にヤバそうな状況だし。太陽はほぼ真上にに見えるが昼前なのか昼過ぎなのかもわからない。
しかし太陽があってその形が丸いなら当然ここは惑星って認識で良いのだろうか?古白のとこで見た世界地図もメルカトル図法もどきで書かれてたみたいだし。太陽の位置も今ほぼ真上にみえるって事は今いるこの島の位置はこの惑星の赤道付近で熱帯性気候可能性が高い。その辺は植生を確認しないとなんとも言えないが、果たしてこの世界の植生は地球の法則にある程度従ってくれるのだろうか?
また暦に月の文字が含まれている事から、もし月が存在するなら暦の基準は太陰暦に近いものかもしれない。いや異世界言語の技能による自動邦訳から推論するのは危険だな。暦はいっそ自分で作るか?昔見たハリウッド映画でも漂流者はきちんと暦を作ってたしな。まあこの辺の優先度は低そうだが……。季節性の把握は長期滞在になった場合重要だが今は後回しでいいだろう。
しかし書くものが手に入ったのは素晴らしい。考察をメモできるし考えもまとめやすい。地図もかけるしな。
あと朝夕はスコールが降るって書いてあったし真水の確保はそこまで優先し無くても良さそうだ、火の確保もしないとな。煮沸消毒せずに生水飲むとか怖すぎるわ。そう考えると異世界セットの水筒が鉄製だったのは素晴らしいな。鍋がわりになる。
食料関係は少なくとも数日以上はなんとかなりそうだ。海もある。ただ動物性タンパクの確保をなんとかしないといけない。まあどっかに鳥ぐらい居るだろうとは思っているが。動植物が食える食えないの判定は鑑定石板先生にお任せすれば大丈夫だろう。10日でなくなってしまうみたいだが、この期間に可能な限り安全な食べ物や有用な動植物を把握しておけば意外といけるだろう。
魔術や武術の訓練もしたい。
待てよ、魔物が居ると書いてあったな。安全地帯の確保も重要だな。と言うか最優先事項じゃないか。食物は最低三日分あるし。
よし。まずは今日の行動目標と、この先3日間の行動目標をそれぞれ上から5つ決めよう。取り敢えず今日中にする事は……。
第一目標:安全地帯の確保
周辺情報を探ると同時に、安全に夜を過ごせる手段を確保したい。生きて行く上で睡眠は重要である。洞窟のような場所があると良いのだが。
第二目標:住居の構築
テントの防水性はイマイチだったはずなので、せめて天候が悪化しても対応出来る居住性を手に入れたい。明日になって急に台風とか来たらシャレにならないし。
第三目標:真水と火種の確保
これについては当てがあるが、スコールは降らないかもしれないし、別の入手法があればそれに越した事はない。日記で河口という表記があったはずだから、川をさがしてみてもいいだろう。この世界の物理法則では縄文時代の人が用いたような方法で火を起こす事ができないかもしれないからそれも確認だな。
第四目標:技能の効果と使用感の確認
ある意味第五目標のようなものであるが、別に魔物とわざわざ戦う必要はない。道具作成や、自身の持っている記憶からくる知識の活用とGPでゲットした技能がどのように使えるか確認しときたい。
第五目標:魔物の強さの確認
日記の情報がなければ、場合によっては最優先事項になり得た項目だ。この日記を書いた魔女の位階や強さの程度が不明なため、日記に記されているほど安全な場所ではない可能性がある。
向こう3日間の目標は……、
第一目標:新たな食料の確保
3日目以降は食料が保証されてないので、特に保存食の確保は重要。魚の燻製などはすぐ作れる気がする。
第二目標:技能やステータスの変化
日記の中には寝ても回復できなかった、などという記述があった。古白は余剰魂魄は勝手に回復して行くみたいな事を言っていたが、一日の時間毎のHPやMPの回復量や、経日的な身体の変化は正確に把握しておくべきである。
自動回復系の技能の有無を確認しとくべきだったぜ。あってもポイント高そうだが。
第三目標:地理の把握、地図の作成
手に入れたい情報の中でも最優先事項に近い。魔物の生息域にとどまらず、地形的にも安全な場所、危険な場所。動植物の植生情報など、この島で生きて行くのに重要な事柄は書いてまとめておきたい。
第四目標:この世界の情報の収集。
冷静に考えてみると、この世界では一日の長さが日本に住んでいた頃の体感時間で3倍だったとか、そんなトンデモな世界である可能性もある。もしそんな世界だったのであれば、日中に2回に分けて睡眠を取らないといけない事になる。逆に1日が短いかもしれない。とにかく情報不足は即、死に繋がるので積極的に知識を増やして行きたい。可能ならば、鑑定石板とメモ帳を駆使して百科事典おようなものを作りたい。これを考えついた時点で、古白の所で見せてもらった幾分かまだ記憶に新しい世界地図をメモ帳に書き加えておいた。流石に小さな島の位置までは把握していないが。後で役に立ちそうな情報で忘れそうな事はこれぐらいだったし。
第五目標:長期目標の設定
流石に3日でこの島から脱出するのは不可能だと思われる。長期的目標の指針ぐらいは建てておきたい。行動指針を建てておけば非常時にも慌てずに対応出来る可能性は大幅にあがる。結局はこれも生き残るためだ。
メモを終えるだいたいこんなもんだろう。思いつき次第、順次書き加えて行く事にする。まあ今後入手した情報次第ではすぐに予定を変更するだろうけど……。
よしっ、俺の異世界生活を始めるぞ。
最初は、日記はだんだん記載量が減ってく感じの三日坊主ネタで行こうかと思ったんだけどこんな感じになりました。今思うとその方がモジョモのダメ具合がより輝いた気がする。