突然、目の前で人が死に気が付くとサバイバルが始まっていた。
さあ、やっとヒロインが登場しますよ(爆)。
ぐらりと妙な浮遊感を感じたあと、暗転していた視界に光が差し込んできた。そして俺は感覚の渦に巻き込まれた。
古白といた世界はそれこそ魂の世界だったのだろう。今ならそのことがなんとなく確信できた。ここでは意識してみると、鼻をつく外界の匂い、しっかりと全身で感じる風、痛い程の眩しい光、そして肩にかかるリュックの重さがあの世界いた時よりもずっと強く感じる。これは……潮の匂いだろうか、海が近いのかもしれない。
あたりを見回すとまず目に付いたのは、一人の不審人物が、地面に描かれた幾何学模様の中心に寝転んで一心不乱にブツブツと何か唱えているようすだった。
わけがわからない。
それ以外は何の変哲もない平野部のようである。景色の狭い感じが日本の田舎を彷彿とさせた。少し先に森が見え、別方向には山も見える。山自体はそんなに遠くの位置にはなさそうだ、それにそれほど高さがあるようにも思えない。しかし、あたりに道の様なものがみられないのが少し気がかりである。それとやっぱり潮風の匂いがする。海が近いのはほぼ確定のようだ。
ある意味衝撃的すぎていったん意図的に頭の外に追いやってしまったが、目の前の不審人物について考えることにした。まず目に付いたあの幾何学模様は、魔法陣のような気がする。その不審人物は黒い大きなローブ姿でフードをすっぽりとかぶっている為、男女の区別はおろか年齢さえ不詳である。
流石に子供って感じの身長ではなさそうだが……。
こっちが随分と近い位置に突っ立っているのにまるで気付くそぶりを見せない。こちらにとっては精神を立て直す時間が得られたのである意味ラッキーだったが。
しかしこの状況はいったいなんなのか?古白からはどこか人の近くに飛ばされると聞いていたが、まさかこの人がそれか?あからさまにハズレ臭い。
取り敢えず気付かれないよう、そっとリュックを地面に置き、気配を消す。恐ろしいぐらい自然に行動できた。
スキルの効果やばく無いかこれ。
そのまま他のスキルを意識して辺りの気配を探ってみると目の前の怪しい人物を除いて人や動物の気配がない事が確信できる。
これが気配察知と魔力察知の効果か、結構な範囲を意識できるな。気配遮断とかもそうだが使ってみるとそのヤバさがわかるな。目の前の怪しい人物はこちらが転移する前から何かやっているみたいだし、さすがにこちらに対する攻撃魔術とかでは無いだろう。
そっと近づいてフードの隙間をチラ見すると目を閉じている整った顔が見えた。しかし日本人と顔立ちが違いすぎて、まだ男女の区別がつかない。相変わらずの様子に、その怪しさはまさに満点だ。しかしこうしていても何も始まらないと考え、声をかけようと心に決め一歩踏み出そうとしたその時、彼?or彼女?の目がカッと見開き、
「我、この命をこの呪物へと捧げ、永き時の果てに我が志を叶えんとす!」
甲高い声、おそらく女性のものだ。その声に普通の言葉を耳を通して聞くだけでは決して感じないような、何か違う未知の感覚を揺さぶられる。これが古白から聞いていた魔術行使の為の呪文、つまり『力ある言葉』というやつだろう。彼女は何らかの魔術を行使したようだ。
と言うか、その呪文の内容、物騒すぎませんか?
そんな事を思っている目の前で魔法陣からいくつもの黒い手が現れ彼女に絡みつき始める。「くううっ」とやたら色っぽい声をあげながら、「妹よ済まぬ……。」とかつぶやいている。彼女の黒いローブが引っ張られ結構豊満なボディラインという事が判明した。「着痩せするタイプなんですね……。」なんてアホな事を考えてる場合じゃない。こっちを攻撃してくる感じでもないし、何かの呪文も唱え終わったみたいなのでさっさと声をかけてみる。
「あのー、すみません。」
その瞬間の彼女の顔の豹変具合を俺は一生忘れないだろう。こっちの方を見た瞬間、驚愕に目を見開き。
「えっ?嘘!なんでっ!、しまった他に人がいたの?え、ひょっとして助かってた?え……、嘘だっ!こんな最期は嫌だ!間抜け過ぎっ、うっ、ぐああ黒い腕がー。あああああああ、そんなー。」
と絶叫しながら沢山の黒い腕に呑み込まれて消えて行った。最後にほどけたフードからこぼれた金髪が跳ね上がり、キラキラと輝いていたのが印象的だった。そして地面に残った魔法陣が最後に紅く怪しく輝くと黒ずんだ指輪を一つ残してその魔法陣も消え去ってしまった。魔法陣の描かれていた場所は、その周囲と違って草も消え、そこだけ風景の中でぽっかりと浮いてしまっている。
あまりにもあっけない、何者かの消失。
は?ひょっとして今ので死んだの?
俺は状況が全く理解できない。
そうだ、こういう時の為の……、テーテレテッテッテー!
「鑑定石板~♪」
自分でもよく分からないテンションでリュックから鑑定石板を取り出す。未来からやって来たタヌキ型ロボットの如くだ。ぶっちゃけ目の前で起こった意味不明な事態にテンパっていたのかもしれない。混乱耐性仕事して無く無いか?
そして見るからに怪しい感じのする黒ずんだ指輪をそっと左手でつまみ、
右手に持った石板を見ながら「鑑定!」と唱える。
すぐに石板に文字が浮かび上がった。
死の指輪
使用条件:最大MP−50(常時)
品質:並
状態:呪(解呪により破壊される呪い)
耐久値:50/50
効果:レイスの召喚
素材:中級吸魔の指輪、知的生命体の魂魄
詳細情報:死霊術師の怨念が込められた呪いの指輪。
装着者のMPを一定量強制的に吸い上げ、
死霊と成り果てた術者を召喚し使役する事ができる。
指輪の呪いを解呪すると指輪は壊れる。
指輪は自由に脱着可能だが、装着時のMPが一定量以下の場合
枯渇状態が持続し死に至る。
死を冠するその名の由来はこの性質から……
怖っ!異世界まじ怖っ!
っとそこまで説明を読んだ時点で、ついその指輪を放り投げてしまう。
いや〜異世界マジパネエっすわ。正直スキルいっぱいとっただけで「楽勝~♪」とか思ってましたわ。なんか舐めてましたわ。すみません。
わけもなく誰かに謝りたくなった。しかし最近いろいろとビビってばっかな気がする。
つーかさっきの人、あれで死んじゃったの?思わず何でやねん!ってつっこんでまうわ……。標準語で思考しているみたいだから少なくとも元は関西人じゃないと思うけど、関西人化していまうぐらい謎に包まれた死に方だわ。
まあ慌てたところで仕方ない。しかしこの鑑定結果を見てみると何も考えずにあの怪しさ満点の黒ずんだ指輪を身につけてたらいきなり死亡してた可能性もあるのか……。さっさと自分のステータスを確認しておかないとまずいな。よし、
「情報開示!」
左手を自分の胸に当て唱えると頭の中に情報が浮かんで来た。
ヨースケ
Lv(位階):1
種族:猿人族
状態:良好
HP(生命総量):40/20(+20)
MP(魔力総量):40/20(+20)
SP(体力総量):40/20(+20)
ATK(最大筋量):40/20(+20)
DEF(物理耐性):40/20(+20)
MATK(最大魔術行使力):40/20(+20)
MDEF(魔術耐性):40/20(+20)
AGI(敏捷性):40/20(+20)
技能:異世界言語(Lv1)……(長そうなのでここで意識を手放す。)
うーむ、ものすごく人工的な感じのするステータスである。さすが意図的に作り出された肉体という感じだ。古白に聞いていた話だと、成人男性のLv1での各ステータスの大体の平均値は15と言っていた。かっこの中は技能による追加の補正値みたいである。しかし補正値がほぼ倍とはさすがに強化補正値Lv10はだてじゃない。もし位階がっても補正絶対値が変わらなかったらポイントの使用割合を考えると泣きたくなりそうだが……。
しかし合計MP40か……。いやー指輪はめてたら死んでたな。そう考えるとこの世界で考えなしに行動してたら即死するんじゃないか。てか、この指輪は上手くやれば暗殺に使えそうだな。低Lvの一般人相手に強制的に魔力枯渇を起こすし、古白も魔力の枯渇状態は死なないけどやばいって言ってたから寝てる相手の指に無理やりはめちまえば、ってどうでもいいか、そもそもなんで暗殺者になる方向で考えてるんだ俺は、俺は狩人になるんだそうなんだ。
とりあえずこのヤバげな指輪は放置しておくのも不安なのでリュックの底に突っ込んでおく事にした。と、そこで魔法陣あったあたりの側に小さな黒い革製のザックが落ちている事に気付いた。手提げ鞄ぐらいでそんなに大きくない。さっき死んだ人の私物だろうか?とりあえず確認してみる事にする。
中身はあんまり入ってない。まず取り出したのは黒い小さな棒状の何か、長さ20cmぐらいでその太さは人差し指くらいだ。
何だこれ?あとこれは羽ペンに、本?いやメモ帳か。半分以上白紙だしな。あとで読んでみよう。あとは布きれ……ハンカチかな?この皮の小袋は……硬貨が何枚か入ってるって事は……財布か。と、こんだけ?食い物も地図もないな。全く訳に立たないぞ。そもそもこの黒い小さな棒は何だ?よし、鑑定石板先生よろしくお願いします!
魔導師の短杖
品質:並
状態:普通
耐久値:13/15
効果:魔術行使の際、術の必要MP2~10の魔術においてその必要MPが−1される。
素材:エルダートレントの小枝、沼漆の樹液、火喰い鳥の風切り羽、呪黒石
詳細情報:
魔術の発動体であり、大型の杖を嫌う魔術師たちが好んで使うことが多い。
割と一般的なもので、其れなりに魔術師たちの間では出回っている。
魔術行使の際の魔力節約と術式構成の補助の効果を保有する。
作成方法は……。
おお、魔術の発動体をゲットしてしまった。この効果を知ると、発動体をポイント変換しなかったのは失敗だったかもしれない。まあ今更だな。しかしここまで情報がわかる鑑定石板の能力はやべえな。説明長過ぎて最後の方まで読む気にならないのもあれだが……。この情報量は上級鑑定クラスじゃ無いのか?やっぱりなんとかGPためて鑑定系の能力は取得したいな。よし、他のものも鑑定してみよう。
魔力の羽根ペン(マジックペンシル)
品質:並
状態:普通
耐久値:7/10
効果:魔力を込める限り無限にインクを生み出す。
素材:ミスリル、魔黒石、精霊大樹の小枝、白楽鳥の羽
詳細情報:
魔力を込める限り無限にインクを生み出すペン。
生み出されたインクは水ぐらいでは落ちない。
インクは微小な魔力を帯びているが、魔法陣の作成に使う事はできない。
作成方法は……。
再生のメモ帳
品質:やや良
状態:普通
耐久値:28/30
効果:背表紙に魔力を込めると失われたページが白紙で復活する。
素材:精霊大樹の枝、精霊大樹の樹液、金糸蚕の糸、白霊布
詳細情報:
背表紙魔力を込めるとその量に応じて破れているページが白紙として復活する
無限に使用できるメモ帳。全36ページ。
表紙や背表紙は破損すると再生機能は使えなくなる。
作成方法は……。
やべえ、薄汚い見た目のせいで全く期待してなかったが、思った以上の便利アイテムだったわ。これもらっちゃっていいんだよね。まあ言われなくても貰うけど。
ちなみにザックと皮の財布とハンカチは何の変哲もない唯の防水ザックとサイフとハンカチだったので鑑定内容は割愛する。相変わらず詳細情報は長々としてたけどね。
一通り鑑定が終了したので、メモ帳を読んでみる事にする。これで何かわかるかもしれない。最初のページを開いて覗き込むと見た事も無い文字の羅列が並んでいた。しかし、意味がわかる。さすが異世界言語(Lv1)の技能だ。違和感半端ねえけどな!古白の言う通りにこの技能を取得していなかったら入手できる情報量が激減してた可能性が高い。アドバイスに従ってちゃんと取得しておいて正解だった。
さてと、と気を取り直して日記とやらを開く。
シュラール歴528年、天魔の月、第3週の4日
船が海の大型魔獣に襲われ難破する。海に投げ出されたが運良く資材の一部に捕まる事ができ、その日のうちにこの島に流れ着いた。この海域で島など聞いた事がなかったのでおそらく無人島であろう。砂浜から続く平野部の向こうに山が見える事から思ったよりも狭く無い島のようだ。真水の確保は思ったよりも楽かもしれない。しかし生活のための道具が圧倒的に少ない。手元に残っているのは海に投げ出される瞬間につかんだ私物の一部であるザックだけで、他の荷物は全て海の底だろう。流されている最中にこの島が見えたため魔術を使って海流を多少は無視して移動したのが良くなかったのかもしれない。なんとか流れ着いた浜には船の素材や積荷は全く流れ着いてこない。まあ、人の死体が流れこない事を考えると気も休まると言うものだ。私が漂流中に捕まっていた折れたサブマストの残骸だけが砂浜に取り残されている。何かに利用できれば良いのだが。
その後、陽がくれるまでの2時間ほど島を海岸線沿いに歩き続けたが島を一周する事はできなかった。当然の様に人の気配は全くしない。幸いな事に今のところ感知出来る強力な魔物も、海の沖合でたまに水しぶきをあげている大型魔獣ぐらいである。おそらくあいつが私たちの船を破壊したのであろう。私の感知技能は魔力感知のみでしかもそのLvは低いので感知し損ねている魔物がいないかだけが心配だ。今日はもうこの日記を書いたら明日に備えて休もうと思う。普段から日記をつける習慣はないが可能な限り書き続けて行きたい。いつかこの日記を見つけた人がいたら家族の元へ届けて欲しい。そう願い、今日から日記をつける事にする。
「は?マジ……?」
その間抜けな声を聞いたものは俺自身だけだっただろう。だってここは無人島なのだから……。
なんと、ここは人っ子一人いない無人島だった!