高貴なお姫様?
穂稀は身体の痛みも忘れて稲良姫の扇を掴む少女を見上げた。
口をあんぐり開けている様からみるに本当に驚いているのだろう。縁には、何でこんな所にいるのか? という彼女の心の声が聞こえてくるようだった。
「無礼者! わたくしを離しなさい!! 卑しき者がわたくしに触れて許されると思っているの!?」
必死に縁から逃れようとしている稲良姫に、縁はあきらかに呆れているようだった。
扇を掴んでいるだけなんだから扇を離せばいいのでは?
縁は稲良姫の身体には指一本、触れていない。
縁から逃れたいならば扇を離せば済む話しなのだ。しかし稲良姫は気付いているのか、あえて無視しているのか知らないが、扇を縁から取り戻そうと引っ張ったり縁の腕に引っ掻いたりしていた。
しばらく二人の様子を唖然とした面持ちで眺めていた穂稀は、はっと正気を取り戻し、急いで縁と稲良姫を宥め始めた。
「稲良姫さま、落ち着いてくださいませ! あ、貴女さまも稲良姫さまの扇を一旦お離しください。このままでは貴女さまのお身体にも障ってしまいます!!」
穂稀は二人に訴えかける。
縁に対しては、最後の方ではほとんど涙ぐんでいた。穂稀の視線の先は……縁の包帯の巻かれている頭と、たった今、稲良姫が縁につけた引っ掻き傷だらけになっている手首や腕だった。
縁は痛みや引っ掻き傷に関してはさほど気にしていなかったが、穂稀の泣きそうな顔を見て稲良姫の扇をパッと離した。
……扇を引っ張っている稲良姫に、一声も声を掛けることなく……。
「キャアア!?」
「!!?」
「………」
扇を力一杯、引っ張っていた稲良姫は縁が急に手を離したことにより。見事、尻餅をついて後ろにひっくり返った。
まぁ、そうなるだろうな。と縁は淡々と稲良姫を冷めた目で見つめていたが、穂稀は酷い扱いをされているとはいえ自身の主である稲良姫に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか稲良姫さま!? お怪我はございませんか!!」
稲良姫は身体を支えようとする穂稀を思いっきり突き飛ばした。
「わたくしに触れないで! ちょっと、そこのお前!! 卑しい身の癖に、わたくしに働いた無礼な振る舞い、決して許しませんわよ! どこの馬の骨とも知れぬ者が中納言の娘たるわたくしを傷つけたのです。それ相応の報いを覚悟するがよいわ!!」
ビシッと縁を指差して高らかに告げる稲良姫に、とうの縁は興味がないのか、感情を窺わせない顔で憮然としている。
その様子に稲良姫は更にいきり立ち、覚えてらっしゃい!!と叫びならがらどこかへ走り去っていった……。
深窓の姫とは思えぬ見事な爆走ぶりに、縁と穂稀は呆気に捕らわれながら見送るのだった。