間幕
今回は迷える青少年(?)のお話です。
どうか、暖かい気持ちでお読みください。
神薙は憮然とした面持ちで目の前に悠々と座る男を見据えていた。
「どういうことですか。陛下」
「なにがだ?」
惚ける炎蓮国皇帝に、神薙は沸き上がる苛立ちを抑えながらも、もう一度聞いた。
「中宮亮の綾瀬朝臣永里殿を捕らえた件ですよ。彼は皇后に長年仕えている女房と恋仲のようですが…………だからといってまだ疑いがあるしかない時点で直接の関係者ではない彼を捕らえるのはあまりにもやりすぎです。その捕らえた女房とて、皇后の命であの香を焚いていたにすぎません。彼女の犯行と決めつけるのも早計であり、また不自然すぎます」
それに、この男は女房が主犯だとのたまいながらも。未だに縁に対する疑いを晴らしていない。縁のことは棚上げで、帝は衛士達に女房と永里の取り調べを行わせていた。
そもそもその取り調べもおかしい。何故なら縁の話の一件を聞いた永里が、主犯とされる女房に頼んで香の一部を神祇省と陰陽寮に持ち込んだことによって事が判明した。
つまり、永里もそうだが彼に協力した女房を皇后呪詛の犯人と疑うはそもそも無理があるのだ。
「もし、彼の者達の犯行と自身が断じているのならば。後宮に罪人として不当に捕らえた白水殿の無実を方々に発せねばならないのではありませんか?」
「何故、あの客人神の無実を公表せねばならぬ」
「……………なんで、すって?」
「今ほど貴殿が言っていたではないか。皇后付きの女房は皇后の命で香を焚いていただけであり、呪詛とは無関係だと。ならば客人神を罪人として処罰することになんの問題がある?」
「陛下は、貴方は何を言っている? 先ほどと言っていることが違うではないですかっ!?」
支離滅裂と言えるほどのあまりにふざけたこの言葉には、神薙も黙ってはいられなかった。
「皇后の腹には御子が宿っているのかも知れないのですよ!? ようやく宿った世継ぎが、皇后諸とも御隠れ遊ばれそうともいうこの危機に…………何を馬鹿げた事をしようとしているんですか!! この事は、太政大臣もとっくの昔に察しています! 陛下が白水殿を孕ませ、その子を皇后の御子と取り替えようとしているということを!!!」
太政大臣からこの話を聞いたとき。神薙は帝を本気で馬鹿だと思った。そんなに上手くはことは運ばないだろうし。何よりも、仮に縁が帝の子を孕んで産んだとしても、その子は先に産まれた皇后の御子とは約一年近く離れていることになる。これが数ヵ月の差ならば何とか誤魔化せようもあるだろ。
しかし赤子の一年の成長は早い。何よりも御披露目の時点で見た目に差異があることはすぐにばれてしまう。そうなれば…………貴族側からの批判は必須。さらに受け入れられたとしても。それは悪しき前例として、後の世に皇后の御子を他の赤子と入れ替えても許されるという認識が生まれかねない。
そうなればもはや血筋など滅茶苦茶になる。そのようなこと、他国も見逃しはしない。
新たなる富を手に入れる為に攻め込むか、あるいは悪しき前例を自国に持ち込ませぬように滅ぼそうとするか。
どちらにしても帝がやろうとしていることは、亡国の危機すらある最悪の策だ。
ここで何とかして思い止ませなければならない。
それらの危険性を神薙は帝に説くも当の帝は鼻で嗤った。
「血筋とな? 我は、その血筋を守ろうと、このような苦肉の策を呈しているに過ぎん」
「これのどこが守る為の策か!? こんな…………国を危険に曝すものが!!」
だが帝は口元を歪めて嗤いながら言った言葉に、神薙は今度は硬直した。
「我が知らぬと思っているのか? 皇后の腹にいるのは、貴様の子だろう」
「……………………………………………………は?」
帝が言ったことが、理解出来なかった。
頭痛の覚えながら額を押さえた神薙は思わず胡乱げに帝を見ながら聞かずにはいられなかった。
「本気で、おっしゃているのですか?」
そんな神薙の態度に今度は帝がキレた。
「っ!! 貴様の子ではなく、誰の子だというのだ! 我は、皇后の元に通わなくなってもはや久しい! その皇后が、懐妊したかもしれぬという報告を、影より受けた我の気持ちが貴様に分かるか!? 皇后の女房共は、頑なに皇后の懐妊を報告することすらなく、隠そうとする始末‼」
帝の剣幕に、神薙は黙って話を最後まで聞くことにした。
「我は………最初こそ皇后に歩み寄ろうと腐心した。しかしアレは、我に心を開かぬばかりか、事あるごとに貴様を呼びつけようとする。夫であるはずの我に見向きもせずに────」
帝の瞳に宿るのは、耐えたいというばかりの怒りに満ちた炎の色。
「その最中に此度の皇后の懐妊だ。我は、すぐさま腹の子は貴様だと感付いた。アレが、貴様以外の子を産もうとはすまい! 違うか、神薙!!」
「違いますよ。陛下」
帝の激情は神薙にも理解出来た。しかしだからといって謂われもない罪まで負わされては堪らない。
神薙は、殊更穏やかに、語りかけるように帝に言った。
「皇后の元へ陛下の御渡りがなかったのならば、確かに皇后の御子は陛下の御子では無いのかもしれません。しかし、その父は私ではありませんよ」
「なんだと………?」
どういうことだと訝しむ帝に、神薙は何でもないことのように言った。
「私は、悠久に近い命を持ったことによって、次代を得られない定めを受けているのです。蓮智那炎比売命によって下された呪いによって」
初耳だった帝は心底驚いた。寝耳に水状態の帝に、なおも神薙は続ける。
「故に、皇后の御子は私の子ではありません。そんなこと………あり得ないのですよ」
「ならば………ならば皇后の腹の子は、いったい誰の種なのだ‼」
首を振るう神薙の姿に、帝は沸き上がる苛立ちをどうすればよいのかと、荒々しく立ち上がると神薙に声もかけずに立ち去ってしまった。
やれやれと、神薙はため息を吐いた。本当は帝に縁の処遇を撤回することを求めるべきなのだろうが、今の帝にそんなことを言っても逆効果にしかならない。
……………少しは落ち着くまで様子を伺った方がいいだろう。
神薙もまたその場を後にした。
それにしても、何故、帝が縁を必死に後宮に上げようとしたのか。その理由は取り敢えず知ることが出来たが、それでも事態はさほど変わっていない。
神薙の目的は冤罪を掛けられた縁を救うこと。
たとえそれが冤罪だ分かっていても縁が関わっている、関わっていない証拠が何一つとして無いのだ。あるのは状況的にやっていないだろうというあやふやなもののみ。
仮にも皇后の御位に就く者を害した犯人として名が上がっている者を、そんな適当な理由で釈放しては国の威信に関わってしまう。
そもそも皇后の焚いている香を手引きしたのは、恐らくは帝の手の内の者。
神薙は考える。
帝は、その相手をこちらに引き渡しはしまい。それは自らの手駒が減ることを意味し、勘の良い者ならば事の真相に辿り着く手掛かりとなってしまう。
ならば、どうするべきなのか……………。
そう神薙が思案している時に、自分を呼ぶ声がしたので振り返ってみれば、そこにはこちらに急いで駆けつけてくる侍従の姿があった。
「そのように慌てて………どうしたのですか?」
「た、たたたたた大変なんです神薙様! いっ、今…………蔵人から連絡が入り、療養なさっておられる皇后様の元に宣耀殿の女御様が無理矢理押し入り─────皇后様に危害を加えられたもよう‼」
「何ですって!?」
突然告げられた報告に、神薙は唖然となった。次から次へと面倒なことを‼
「この事は既に帝のお耳にも入られていらっしゃいます。神薙様は、至急、中宮職に向かうよとうにと太政大臣様及び左大臣様から通達が来ております! こちらがその書状です!!」
侍従に渡された書状を一気に読み、それが真実二人の大臣によるものだと分かった神薙は、急ぎ侍従と共に中宮職へと走り始めた。
いったい何がどうなっている──────────!!
神薙「もう…………何が何やら…………………」
最近の彼の悩みは頭痛です。




