大丈夫か?
穂稀が泣きそうな顔で目の前で眠っている少女の汗を手拭いで拭っていた。
穂稀が仕えているある姫君の命で、『惑いの森』にのみ咲いている花を摘みに行った先で、祟り神に襲われたさいに助けに入ってくれた少女だ。
寝台の上で眠っている少女の傷は、命に関わる程ではないと医師から言われたが、頭の傷が熱を持ってしまったのだろう。酷い熱が出ていた。
「……っう」
「大丈夫ですか? 傷が痛むんですか?」
問い掛けても、眠っている少女から答えは返らない。ただ苦しげに荒い呼吸を繰り返している。
少女が眠ってから早一刻(約二時間)が経った。
「……桶の水がぬるくなってしまったわね。代えてこなくては」
丸い桶を抱えながら穂稀は外にある井戸に向かった。
名も知らない少女は、自分を助けるために怪我を負ってしまった。不思議な衣を纏っているので外の国から来た人なのかもしれない。少女の怪我は自分の責任だ、少しでも恩返しが出来ればいいと穂稀は考えていた。幸い、神薙が少女の保護を買って出てくれたので少なくても傷が治る間は安心して養生に集中できるだろうと。
「よっ、と!」
井戸から水を汲み上げる。
ギシギシと音を立てながら水の入った桶を持ってきた丸い桶の中に入れる。よく冷えた水は氷のように冷たい。
水を入れた桶を持ち上げようとした時、背後に人の気配を感じた。
穂稀が振り替えようとするより前に、背中に強い衝撃が走り、穂稀は水の入った桶と一緒に地面に倒れ込んだ。
「穂稀! お前……一体こんな所で何をしているのよ!? わたくしの言いつけた仕事はどうしたの。まさかお前、わたくしの命令に逆らったの!」
穂稀は背中の痛みに眉をひそめつつ、顔を上げると、そこには自身の仕えている姫君の稲良姫が立っていた。
どうやら穂稀は稲良姫に背中を蹴りつけたらしい………お姫様とは思えない暴挙だ。
「稲良姫さま。そ、その……申し訳ありません。惑いの森には向かったのですが、途中で祟り神に出会ってしま「そんなことは聞いてないのよ!」」
穂稀の話を途中で遮り、稲良姫が穂稀を怒鳴りつける。
「わたくしの言いつけはどうしたのかと、わたくしは聞いたのよ! 祟り神が出たからって、何? それがわたくしの言いつけを破ってよい理由になると思っているというの!? お前何様のつもり!!!」
勝ち気な顔を真っ赤にさせて、時々手に持っている扇で穂稀を打ちつける稲良姫。
「も、申し訳ありません! お許しくださいませ!!」
「何をぬけぬけと厚かましいことを言っているの!? 何故、何故あのお方はお前のような粗忽者を気に留めていらっしゃるの!!」
振り上げる扇を見て瞬間的に強く目を瞑った。
しかし、いくら待っても衝撃は訪れなかった。
「無礼者!? わたくしを誰だと思っているの、離しなさい!!」
稲良姫の怒鳴り声が穂稀の耳に届いた。
おそるおそる顔を上げると、今まさに振り下ろされそうになっていた扇を掴む者がいた。
「大丈夫か?」
稲良姫の扇を掴んでいたのは、寝台の上で眠っているはずの少女だった────。