プロローグ
あぁ、雨の音がする。
雨粒が、身体を静かに、激しく、打ちつける。
身体の体温を、
流すように
穿つように
削るように
少しずつ、少しずつ、奪い去る。
『………っ、………!』
?
雨音以外で、人の、声がする?
『……!!…………?………………』
誰かが、私の身体を壊れものを扱うなのごとく優しく抱きしめた。
口の中が、血の味がする。
まぶたを震わせて見上げるも、霞んだ瞳に、その人の姿を映すことが………出来ない。
『………!!』
男だということは、何となく分かった。
彼は、私の知り合いなのだろうか?
顔に、雨粒とは違う、暖かい雫が降り注ぐ。
これは……涙?
私はとっさに彼の涙を拭おうと腕を上げるが、身体に激しい痛みを感じて僅かに呻いてしまった。
身体のいたる所から生じる痛みに、私は唐突に理解した。そうか、私は怪我をしているのか。それも、命に関わるほどの大怪我を。
彼の焦った気配が私を抱く腕から伝わってくる。しまった。心配させるつもりはなかったのに。
『………』
私の唇から彼の名前が放たれる。
あぁ、やっぱり彼は私の知り合いだと。この時、確信した。
彼が私に話かけてくるが、その声が私には聞こえない。ただただ雨音ばかりが耳に響く。
その事実に、苛ついてしまう。私は、彼の言葉が聞きたいのだ。最後になるであろう、彼の声と言葉を。
『……!?……………!!………………!』
どうか嘆かないでくれ、『 』よ。そなたらしくもない。いつもの掴みどころのない傲然と構えた態度はどこにいったのだ?
内心、笑みがもれてしまうのは仕方ない。彼はいつも私に冗談ばかり言って困らせていたのだから。
彼が私を閉じ込めるように抱きしめた。力加減があまり出来てないぞ?
本当に、それ以上嘆いてくれるな。そんなに嘆かれたら私も泣きたくなってしまうだろうが。
『………』
『……!!……………』
声をかけてやりたいのに、私の口からは血の塊が零れるばかり。意識が掠れてきたな……。血が、流れすぎたのか────。
『……?………!!!』
すまない。
私は結局、そなたと交わした約束を果たすことが出来なかった。あの、ささやかな約束を。
不意に、胸が痛んだ。
私は彼を、1人残して逝ってしまうのだな。
─────すべて、背負わせて。
『────────────────!!!』
響き渡る声無き声。
聞く者にその者の嘆き、怒り、苦しみを分からせるかのような叫び。
彼の絶叫を聞きながら、私の意識は冥くも心地よい暗闇の中に沈んでいったのだった………。