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罪人たちの宴  作者: 空々
7/7

少女たちの契約

 雄里はティナを玄関で見送るとそのまま部屋に戻り、クローゼットの中からまだ新しい制服を取り出すとそのまま身につけた。

「っと、あれ? ネクタイは……」

昨日一緒に入れておいたはずのネクタイを探してあたりを見回す。

「あったあった」

なぜかソファーの脇に落ちていたネクタイを手に取りながら一人ごちると、そばにあったケータイと財布をポケットに押し込む。

 「まあ、話聞きに行くだけならこれで大丈夫だろ」

そう言って、雄里はドアノブを回した。

 暗い室内で話していたせいか妙に眩しい。雄里は目の上に手を添えながら外に出た。

 「遅いわよ、雄里」

「えっ」

なぜかすでに帰ったはずのティナが笑いながら立っていた。

「なんでいるんだ? 帰ったんじゃなかったのかよ?」

「そうしようと思ったのだけど、何となく話したい気分だったのよ。制服ってことは学園に行くのでしょう?途中まで一緒に行ってくれないかしら?」

一人でいる事の多い雄里だが、べつに人付き合いが苦手なわけっではない。

ティナが誘ってくれたのなら、断る理由などなかった。

「あー、ま、いっか。それじゃいこうぜ。あんまり遅くなってもいけないだろうし」

「ええ」

雄里の返事に微笑みながら、ティナが歩き出す。彼も慌てて後を追った。

「早くきなさい、雄里。私を一人にするつもり?」

ティナの隣に立つと彼女は無言で手を握ってきた。

「お、おい」

さすがに驚いて歩みを止める。

 「あら、どうかしたの?」

そう言いながら、彼女はその手に力を込める。絶対に離さない、とでもいうように。

そう思うと、止めるのはどこか悪いような気がして、だから雄里はつぶやく。

 「いや、やっぱりいい」

「?、ふふっ変な人ね」

「なんでだよっ」

彼女の微笑みが妙に恥ずかしくて雄里は言い返す。

 他愛のない会話。そうおもっていた彼の頭にふと疑問が浮かんだ。 

何で俺を選んだのか。振り払えない疑問。しかしながら、いくら考えても答えは浮かばなかった。

 雄里は   仮のものだが   ティナと『契約』をすることになった。

 だが半ば一方的に決められたせいで彼女のに関する事は何一つ聞いていないのだ。

 「そういやさ、ティナ。何でおれだったんだ?」

『契約』する以上これだけは聞いておきたかった。

 「え?」

「いや、『契約』。どうして俺を選んだんだ?お前なら俺みたいに苦労しないでも契約相手なんかいくらでもいんだろう」

「そうね……」

ティナはほんの少しだけ迷うそぶりを見せる。そして、はにかみながら言い放った。

「秘密よっ!」

「おいっ、秘密ってなんだよっ」

少し怒ったように雄里は詰め寄った。

それでもティナは微笑みながら言う。

 「あなたが言った条件、覚えてるわよね?あの条件が満たされたときに私も教えてあげるわ」

「うっ」

それを言われるとつらい。雄里はそう思って静かに歩きだす。

「ふふっ。待ちなさいよっ、雄里」

歩き出した雄里を追いながらティナはかんがえる。

 彼の事など何一つ知らなかった。

 昨日初めて写真を見た。

 昨日初めて雄里という名前を知った。

もちろん資料は読んだが、書いてあるのは成績や実績ばかり。

でも、彼の成績は最低ランクで、実績もない。あげく理由は殺しときた。

一人の『マイスター』として考えるなら、彼ほど不適切な『クライマー』はいなかっただろう。

でも、一人の女として考えたとき。彼のことを『クライマー』ではなく一人の男性として考えたとき、妙に惹かれたのだ。

不思議な感覚だった。

好みの顔立ちというわけではない。名家の出というわけでもない。性格なんてもちろん分からない。

 なんでだろう。ティナが再び考え始めようとした瞬間だった。

キキー!。騒音をまき散らしながら、真っ黒なベンツが横滑りして止まった。

何事か。と、周囲の人たちが目を向ける。 雄里もまた、そちらに目を向けていた。

「なんかあったのか?」

視線は動かさずティナに問いかける。

こたえようとしてティナは震えあがった。 「   っ」

執事らしき人が開けたドアから、一人の青年が降りてきたからだ。

 「まさかこんなところで会うとは思わなかったよ、ティナ」

髪の金色に染めた、一見ただの優男を見て彼女は震えていた。

「おいっどうしたっ!」

雄里の声が聞こえる。それをティナはどこか遠くのことの様に聞いていた。

なにか間違いだと、こんなところにいるはずがないと叫びたくなる。

「ようやく会えたね。さあ『契約』を始めようか」

「は?」

ティナの隣で雄里が声をあげた。

 自分のいる場所だけが、急に寒くなった気がした。

「それともまだ拒むのかい? 言ったはずだよ、もし次に会うとき君に契約相手がいなければ、僕と『契約』するって」

忘れようとした。いや事実忘れていた約束に怖くなる。

震えが止まらない。

 ティナは彼と『契約』した人たちをたくさん見てきた。

だから知っている。誰一人として正気のまま帰ってこなかったことを。あの顔の下にどれだけの悪魔が潜んでいるかを。

でも、それ以上に、

「それともその男が契約相手だと言うのかい? やめておけよ、そいつはただの罪人だ」 雄里に誤解されることが怖かった。

雄里が罵倒されるのがイヤだった。

「やめなさいっ!、あなただって罪人でしょうっ!」

だから怒鳴って、刹那、空気が変わった。 「いうようになったねぇ。でも今はそんな話をしてるんじゃないよ。その男はただの罪人だと言ったんだ。僕の様に高尚な罪人と一緒にしないでほしいな。それとも知らないのかい? 僕たちの真実を」

罪人。と、彼は繰り返していう。

『クライマー』。罪人の証なのだと、いつか聞いた事を思い出す。

 「なあ、知ってるだろう。僕たちの力は罪を犯す事でしか手に入らないんだ。強盗、詐欺、万引き、殺人、数ある犯罪が俺たちを作るんだよ」

その通りだ。と、ティナは思った。『マイスター』は血筋によって、『クライマー』は罪によって生まれるのだから。

「なあ、なんとか言えよ。それとも殺されたいのか?」

彼はひどく怒っていた。当然だ、『クライマー』である以上それは避けては通れぬ道なのだから。

ティナの言ったことは『クライマー』にとって最大の禁忌だ。誰だってそのくらい知っている。そのせいで彼らは疎まれ、蔑まれて生きてきたのだから。

 寒いな、ティナは思った。

 「おい」

 彼の乗っていた車から一人の少女が歩み出てきた。

美しい灼熱の赤い髪。そして、同じく赤のワンピースがよく似合う小さな乙女。でも、その目にあるのは怯えと恐怖だ。

それは自分に向いたものか、それとも彼に向いたものか。

 そこまで考えて、ティナは全てがどうでもよくなった。

「……」

無言のまま雄里の様子をうかがう。彼はただうつむいていて、表情は見えない。

でも、彼も『クライマー』なのだ。あれだけティナに固執していた人でさえ、今は殺気を放っている。

それにくらべ雄里とは、まだ、出会って数時間しかたっていない。嫌われて当然だ。

 彼らなにをされても、文句は言えないだろうなぁ。と、ティナはため息をつく。

 寒いな、ティナは考えた。

 「ははっ、かまえろよ。それとも今更になって仲間になるとか言い出す気か?」

いつの間にか、彼の右手には紅蓮の大鎌が握られていた。

あれが彼らの『ヴァイス』なのだろう。少女の纏う赤がそのまま移っているように、全てが赤でできていた。

それを見てもティナはただ立っているだけだった。

 「ちっ、いったいなんなんだ、急に黙り込みやがって……。そんなに死ぬのがこわいかよ。なら安心しろ一撃で終わらせてやる」

青年の目は本気だと告げていた。

 でも仕方がないな。と、ティナは思った。

 青年を怒らせた事などどうでもいい。ただ雄里を、彼を悲しませてしまった自分が死ぬほどイヤになる。

だからもうやめよう。そして認めよう。  雄里を好きになっていたことを、そして自分が殺されることを。

 「さようなら……」

できることなら、謝りたかった。でもうつむく雄里を見ると、それさえ許されない気がして   それだけ言って、青年の方に向き直った。

寒いな、ティナはただそこに立っている。

 彼はもう大鎌を構えていた。ただ死を運ぶ死に神のように。

 踏み込む。距離は十メートルもない、すぐ間合いに入る。

振りかぶる。目の前にある顔は、笑っていた。気味が悪いほどに冷酷に。

ティナはもうほとんど機能していない頭で考える。次に見るのは何だろうか、と。次に感じるのは何だろうか、と。

そしてそれは、多分、鋼鉄の冷たさと自分自身の血で……、だから決して、手のひらに感じる温もりや、静かな怒りをたたえる瞳ではないはずなのに、

「えっ……」

「なっ!」

その右手には雄里の温もりがあって、

「わるいな、」

振り向いた先には青年を睨む雄里がいて、 「こいつは……、ティナは、」

急に引き寄せられたと思った時には、もう雄里の胸の中にいて、

「俺の契約相手だ」

その言葉を聞いてしまったから、ティナは思わず、泣いてしまった。

 「雄里ぃぃぃ! ばかっ! ばかっ!」

「……」

そんな彼女を見て、言霊をつぶやく。人には決して聞こえない『契約』の言霊を。ただ一人、契約相手のみ聞くことを許された誓いを放つ。


「この身が災であるために」


 一節。本当に短い、それでも一生をつなぎ止める鎖。自分の役目は終えた。あとはティナ次第だと、雄里は彼女に目をやる。 

「雄里……」

うれしさと恐れを半分こしたような、そんな顔でティナは雄里を見つめる。

 涙はとまっているが、目はまだ赤く痛々しかった。

雄里はただ、手を握りしめる。それだけで全てが通じる、そんな気がしたから。

寒さは、消えていた。

 ティナの顔から恐れが消えていく。代わりに浮かぶのは嬉しそうな笑顔と、不適に笑う女王の微笑み。

「ありがとう、雄里」

ティナはかみしめるように、雄里の名をつぶやく。 

 二度と呼べなかったはずの名を。もう、呼ぶことさえ諦めてしまった彼の名を。

ティナは目をつぶり雄里から身を離す。

 それでも右手はしっかりとつないだまま、彼の前に進み出て、閉ざした目を開く。

その瞳に宿すのは、決意と覚悟。

 あるいはただ、雄里の隣立てる事への純粋な喜びかもしれない。

「おいおい、なんのつもりだ」

後ろの青年は未だ殺気を放っていたが、雄里もティナも気にしなかった。

 見つめ合う二人を祝うかのように、夕焼けのオレンジがあたりを染める。

「ふぅ」

小さく深呼吸して、ティナは言霊を紡ぎ始めた。

 雄里の言霊に応えるために、彼の言霊を見失わないように。


「この身が戒となるために」」


雄里に向かって微笑む。

暖かい、とティナは思った。

 もう、彼の中には二人の『ヴァイス』が眠っている。

雄里はただうなずいて、青年たちに目をやった。

そのまま歩き出す雄里。

 その手が離れる瞬間、彼に聞こえないくらい小さく、ティナは最後の一節を紡ぐ。

その罪はともに背負おう

 「よう、こっからが本番だぜ」

ティナの願いを背に受け、雄里は再び青年たちに向き合う。

 暖かい、ティナは覚悟を決めた。

 ようやく雄里も入る事ができた。罪の織りなす絶望の連鎖に、それを止める聖戦に。

 彼女を騙すことに成功した。

 そして雄里は、この瞬間、罪を犯した。

 「実は『ヴァイス』使うのはまだ二度目なんだ。だから手加減はできないぞ」

 解放時に現れる光の粒子を纏わせながら、雄里が彼らに宣告する。

 そんな彼を見て、青年たちもまた大鎌を構え直した。

「上等だ、昨日今日『クライマー』になった奴に負けるワケがないだろう」

青年が憎々しげに顔をゆがめながら言う。

 「雄里……」

うってかわって心配そうなティナに、彼は右手をあげて応える。

その瞬間、青年の構える大鎌が禍々しい光を帯び、予告もなしに斬りかかってきた。

「―――っ」

ティナが息をのむ。

 青年はやはり、冷酷に笑う。

雄里のまわりにはいまだ光が満ちていて、『ヴァイス』の具現化はされていない。

それを素人特有のもたつきと判断したのだろう。事実、初めての具現化は集中して数分程度かかることも多い。

雄里は左足を引いて半身になり、受けの姿勢になる。

横薙ぎされた大鎌相手では、回避にもならない動作。だからこそわかる事がある。

「死ねぇぇぇ!」

青年が一直線に進んでくる。

 彼は気づくべきだった。雄里が攻めるために動いたことを。

 だが、気づかない青年はそのまま大鎌を振るう。その血走った瞳に映ったのは。

 一閃。

 「えっ……」

青年が声をもらす。戦いの最中だということも忘れて、ただ理解できないものを見たかのように。

いや、なにも見えなかったから。と、いうべきかもしれない。

暗転する世界。その手の中で、輝きを失った『ヴァイス』が砕け散る。青年の脳が耐えられない信号から逃れるため、その意識を落とす。 

 「ゆ、う……り?」

倒れたのは青年だ。それでもティナは呆然とするほかなかった。

何がおこったのか誰にも分からなかった。

 「気絶してるな……。なあじいさん、こいつの事は任せていいか?」

地面に倒れた青年に雄里が駆け寄り、車の脇に立っていた執事に視線を向ける。

彼もまた、他の皆がそうしていたように呆然としていたが、雄里の言葉べ我に返ると、「お任せください」とだけ言ってどこかに連絡を取り始めた。

「さてとっ、ティナはどうだ? けがとかは?」

 執事に向いていた視線を移しつつ雄里は問いかけた。

「え、あ、うん。大丈夫よ、それよりさっきのあれはなんなの?」

「あれ?」

「ええ、いま雄里が使った技よ」

ティナは雄里が動いた時、彼に注意をしようとした。『ヴァイス』の展開は時間がかかるから、離れた方がいい、と。

そして思った通り雄里は間合いに入り、大鎌が振るわれた。

 でも、彼とつながっているティナだから気づいたことがある。彼がそのときになってもまだ、『ヴァイス』を展開しようとすらしていなかった事だ。

けれど実際には青年が気絶し、彼の『ヴァイス』は砕け散った。

「あれか……、まあ特に意味はねぇよ。瞬間的『ヴァイス』の解放ってとこか? 体感時間だと、確かコンマ一秒ぐらい具現化してたな」

こともなげに言いながら、雄里はティナの方に歩みよった。

まわりで聞き耳を立てていた人々が、信じられないという表情で彼を見る。

 無理もない。正体不明の力の塊である『ヴァイス』は、それ故、制御が難しい。

 それなのに雄里は、腕を振るい青年を斬る間だけ、『ヴァイス』を即時展開させたと言っているのだから。

 それが理論的に無理な事ならば、誰も信じなかっただろう。だが、存在するのだ。それを軽々とやってのける一人の女性、最強の名を冠する者。

 エイジス筆頭、西條カンナ。

だから疑う。最強の人間と同じ事が、ただの高校生にできるワケがない、と。

 「ありえないわ……」

思わず。といった顔で、声をもらす。

 「……」

 「コンマ一秒ですって? 確かに私が感知できないレベルで解放するなら、そのくらいは必要でしょう。でも……それをしようと思う事と、それができる事は全く別の話よ」

「わかってるよ」

なおも言いつのろうとするティナに、雄里は淡々と言う。

そんな事は自分が一番知っている、とでもいうように。

 それ以上踏み込む事は絶対に許さない、というように。

 「そして俺にはそれができた。それで納得してくれ、っていうのは無理か?」

嘘だ。雄里は心の中でそう毒づいて、仕方ないと諦める。

 「そう……ええ、今はそれでいいわ。でもいつかは   」

「ああ、条件その二に入れとくよ」

「ありがとう、ふふっ」

とりあえずは納得してくれたようだ、と安心した雄里は、急に笑い出したティナに奇異の視線を向け、問いかけた。

「いきなりどうしたんだ? 笑う場面でもなかったろ?」

「ええそうね、でもこれが私と雄里の初めての勝利でしょう。それにさっきの雄里ときたらもう……」

わずかに頬を赤らめながら言う彼女に、雄里は狼狽しながら言い返す。

 「あ、いや、さっきのは忘れてくれっ頼むからっ、正直むちゃくちゃ恥ずかしいんだよっ!」

「ふふっ、どうしようかしら」

そう言いながらティナはなおも微笑む。

 なのに、纏う空気はどこか冷たくて、雄里はティナの手を握った。

ビクッとティナが震える。

 寒いな、と彼は思った。

「初勝利、なんだろ。だったら思い切り喜ぼうぜ」

「雄里……、ありがとう。私と『契約』してくれて、私を守ってくれて」

「いや、だからそれは忘れろと   」

「忘れないわっ!」

半ば叫ぶように言って、ティナは雄里に抱きついた。

そんな彼女に当惑しながら、ティナの体を抱きしめる。

「忘れないわ、絶対に。私はずっと、あなたのそばにいるのだから。たとえあなたがどう思おうとね」

うつむき、ティナがささやく。

暖かいな、と彼は思った。

「ずっと、か……。分かってるよ『契約』したんだ、俺はお前のそばにいる」

「そういうんじゃないのだけれど……、ねえ雄里、今時朴念仁なんて流行らないわよ」

少しだけ赤くなった目をこすりながら言うティナに、雄里はさらに当惑する。

 「何言ってるんだ、いきなり?」

ずっとそばにいる、とティナは誓った。

 彼女にとっては告白のつもりだったのだが、雄里には『契約』の再確認に聞こえたようだった。

「……」

朴念仁に何を言ったところで、意味がない事は分かっている。

 だからティナは開き直って、思い切り遊ぼう、と思った。

「ふぅ、ねぇ雄里これから時間ある? あるわよね?」

有無を言わせない口調に雄里がたじろぐ。 「あ、ああ。どうかしたのか?」

「初勝利なんだから、どこかでお祝いしましょう。その前に買い物も行かなくちゃね」 今にも踊り出しそうなティナをみて、これなら心配はいらないか、と雄里は思う。

 雄里は何か、大切な事を忘れている気がしたが、手を取って走り出すティナに逆らえるはずもなく、いつの間にか忘れてしまった。

 「さあ、いきましょう!」

ティナは、思わず握ってしまった手の暖かさを感じる。

あなたのおかげだ、と雄里の手を引く。渋々のようにも見えるが、どこか楽しげな彼の隣で、ティナは思った。

ねえ雄里、

 

 あなたはなぜ、何も聞かないの? 

そしてなぜ、秘密にするの?

  

ふと我に返って、そこにあるものを確かめるように、彼女は強く手を握る。

そこには彼の手があって、もうずいぶん昔の事に感じる記憶を呼び起こす。

だから不安になるのだ。彼の言葉が、その意味を何も知らないから。 


あなたの、初めての契約相手は、誰なの?


思わず聞きたくなって、でも、聞いてしまったら、もう今のままじゃいられなくなる気がして。

だからティナは、

 「おそいわよっ雄里!」

その手を離さないよう、走り出した。

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