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罪人たちの宴  作者: 空々
6/7

近寄る魔の手?

 チュンチュン、チュンチュン……。

「う、あぁ」

 小鳥のさえずりで、目が覚める。

いつもなら快適な目覚めに、気合いのひとつもいれるのだが、今日は状況が悪すぎた。 「そっか、あのまま寝ちまったんだ……」 考えながら寝たせいか、頭が妙にぼんやりとする。

 それでも心結の事は極力考えないようにしながら体をおこす。

 「そういや、食い物あったっけ?」

 高校男児には割と深刻な問題を思い出しつつ、雄里は冷蔵庫を開けた。

 「驚くほど何もないな……」

中を見た雄里は誰に言うでもなくつぶやいて、そのまま閉める。

 「しょうがないな……、外食すっか」

冷蔵庫に唯一入っていたコーラを飲みながら、雄里は着替えを探しだした。

幸いというべきか、時刻はもう十時を回っている。

今から町に繰り出せば、ちょうど朝食兼昼食になるだろう。

 ある程度目安がつくと、脳裏に心結の声が響きわたる。

 「くそっ!、だいたい顔も見てないのに何が言えるってんだ!」

 いまだ振り払えない疑問に頭を悩ませながら、雄里は家を出た。


「三百九十円になります」

チャリン。

トレイの上にお代をのせ、雄里はコンビニを出た。

昼食も兼ねているが、何となくあまり食いたい気分ではないため量は多くない。

 何となく。

 本当の理由は雄里も分かっていた。

 彼女の事が、心結の事が頭から離れないせいだ。

「はあ~」

ため息をつきながら、コンビニで買ったパンをほおばる。

 彼女の謎は深まるばかりだ。

 そう思った雄里は、本格的に今後の方針を決めることにした。

 「やっぱ、本人に聞くのが一番かな……」 一番はじめに確実かつ大胆な方法を出すあたり、やはり自分は馬鹿なのかもしれない。

 「でも、人違いだったときがな~」

もし人違いだった場合、雄里に待っているのはナンパ男のレッテルだ。

 入学してまだ一日しかたっていないのに、それは勘弁願いたい。

そう思い別な方法を探し出す。

 「成功法でいくなら、先生か学園を頼る、か……」

紅葉の契約相手である以上、学園の生徒でなくとも記録はあるはずだ。

 そうでなくても教師の印象には残っていると思う。

 紅葉の知り合いだと名乗れば、たぶん見せてくれるだろう。

何とかなる。そう思った時、雄里の頭の中が急にクリアになった。

 あの夢を見て以来、こういうことが時々起こるようになった。

 何をすべきか。何をしたいか。何ができるか。

 今の自分に必要な思考のみが残され、それ以外は全て排除されていく。

 雄里の頭を膨大な知識が駆け巡り、最後にもっとも重要な単語が残った。

 九重心結。

 希望であれ絶望であれ、それは雄里の向き合わなければいけない現実なのだと、本能がつげている。

 「よしっ! そうと決まれば」

雄里は最後の一口を頬張り、勢いよく立ち上がった。 

 しかし、そこで初めて、雄里は自分の格好に気づいた。

ジーンズにTシャツ、黒のジャケット。

 私服としては、可もなく不可もなくといったところだが、学校に着ていくのは無理があるだろう。

 白鞘学園の規則は正直きつめだ。

 大量の融資によって成り立っている以上仕方のないことだが、今の雄里には鬱陶しいだけだった。

「一度家に戻るか……」

どのみち今日は日曜日。特に部活もしていない雄里には、有り余るほど時間がある。

 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか、家から百メートルほどのところまで来ていた。

 そのまま家に近づこうとしたとき、家の前に立ち尽くす一人の少女を見つけた。

 雄里の家に用があるようで、さっきからインターフォンを何度もならしている。

 心当たりはないが、雄里はとりあえず彼女に声をかけた。

 「俺に何のようだ?」

 突然声をかけられても、さして驚かずに、少女が振り向く。

 きれいな金髪と陶磁器のように白い肌。

 凹凸はあまりないが、全体的にスリムなので、それもまた彼女の魅力といえるだろう。 そして、振り向いた彼女を見た雄里は、その首に小さなネックレスが掛かっている事に気づいた。 

そのネックレスをみて、彼女が何者であるかを大まかに判断する。

 「オルスタイン……」

白鞘学園高等部の校旗にも使用されている剣と槍のクロス。そして、翼を持った馬、ペガサスの印。エクセルなら誰もが知っている紋様だ。

 「あら、知っているの?」

 雄里のつぶやきに少女が聞き返す。

 「以外だわ、もう少し無能かと思っていたのに」

そのまま皮肉につなげながら言う少女に、しかし雄里は黙って見つめる。

 「そんな怖い目、するものではないわよ。少なくとも、私の前ではね」

悪戯っぽく笑う少女。

 けれど自然と許してしまいそうになるその笑顔をみて、雄里はようやく口を開いた。

 「で、何のようだ? 契約相手の決まらなかった俺に、警告でもしにきたか?」

 やや険のある言い方だが仕方ない。雄里は今、心結のことで頭がいっぱいなのだ。

 「そんなんじゃないわ。逆よ逆」

 「逆?」

意味が分からず聞き返す雄里に、少女が告げる。

 「そうよ。それよりあげてくれない?四月とはいえ、少し暑いのだけど……」

確かにいつまでもここで話す訳にはいかない。そう思った雄里は、玄関の鍵を開けた。

 「お邪魔します」

以外にも丁寧な挨拶をした少女を眺めながら雄里は聞いた。

 「そういや名前は? それともオルスタインで呼んだ方がいいか?」

「ティナよ。ティナ・オルスタイン。呼び方はティナでいいわ」

ティナはリビングにあったソファーに座りながらいった。

 「わかった。で、さっきのはどういう意味なんだ?」

 「せっかちね」

 今度は雄里のほうを見ながらつぶやく。

 まっすぐに見つめてくるティナから視線を外して、雄里は先をいそがせる。

 「別にいいだろう。警告じゃないならなんなんだ? 俺はお前みたいなのに恨みをかった覚えはないぞ」

「ふふっ。まあいいわ、あなた自分の状況把握してる?」

なおも笑いながら言うティナ。口調は砕けていながら、それにはどこか試すような色合いがあった。

 「状況? ま、落ちこぼれだな。契約相手も見つかってないし、入試の点もひどかったとおもうから」

自嘲気味に言ってみるが、あながち間違ってもいないことは雄里が一番分かっていた。

 「分かってるなら話は早いわ。あなた、私と『契約』しなさい」

「は?」

思いがけない言葉に、間抜けな声を上げる雄里。

 学園の生徒である以上、彼女には契約相手がいるはず……。そんな事を考えながら固まった雄里にティナが再び声をかける。

 「なにを呆けているの。それとも知らないの?」

「知らないって、なにを?」

「仮契約のことよ」

ティナの言葉に雄里は記憶を探る。 

 しかし自分の疑問と彼女の答えはいささか食い違っているようだった。

 「それは知ってる。でも学園の生徒は全員『契約』してるって聞いたぞ」

「そっちのことをいってたのね。私は特例よ」

「特例って……そういえば聞いた覚えはあるな。契約相手を持たない名家の『マイスター』。実力をかわれて長蛇の列、今じゃ予約制になったとか」

入学の時に聞いた噂を思い出しながら雄里がつぶやく。

 確かにオルスタイン家ならば納得がいく。 と、雄里はしきりにうなずいていた。

 事実、ティナはエイジスの一員として、仮契約専門で任務にのぞんでいた。

 しかしティナは人差し指を雄里に向けこういった。

 「残念だけど間違いよ。予約は締め切って終わらせたし、契約相手もいるもの」

「そうなのか?」

ティナの言葉を聞きながら、そういえばなんでこんな話になったんだっけ。と、思い出していると、

「なにを他人事みたいに言ってるの。契約相手はあなたよ」

答えがティナの口から降ってきた。

 なかば予測できたはずの答えに軽い頭痛を覚えながら雄里は言い返した。

「ちょっとまて、いつ『契約』するなんて言った?」

「まさか断る気?」

「当たり前だ。だいたいいきなり来て『契約』しろ、なんていう奴に従うと思うか?」

雄里の返答にティナが目を細めながら聞き返す。

雄里のもっともな言い分にティナはなぜか頭を抱えていた。 

それを眺めながら雄里はなぜ彼女が自分を選んだのか気になっていた。

 ティナ・オルスタイン。話したことはおろか見たのですら初めてなのだ。

 「どうしようかしら……、まさか断られるなんて思ってもみなかったわ。お願いとかは性に合わないし、色仕掛けでもした落ちるかしら?」

もしかしたら結構危ないのかもしれない。 そう思った雄里はティナを落ち着かせるために声をかけた。

「そういうのはやめてくれ。それになんと言われようが俺は『契約』する気はないぞ」

少し強引にだが言い切る。

 『契約』はしたいと思うが、何もこんなお嬢様でなくともいい。というより、雄里は正直勘弁願いたいと思っていた。

「そう……」

ティナはさっきまでの元気な姿から想像もできないほど落ち込んで、ため息をつく。

らしくない反応に雄里が眉をひそめる。

 「しょうがないわね。雄里、あなたが悪いのよ」

「なにがだ?」

ティナの瞳には、どうしてか呆れが浮かんでいた。 

「断るのがそんなに悪いことか?」

早く心結のことを調べたい。そう思い、わずかに怒気のはらんだ声で雄里が問う。

 しかし彼の焦りはティナの放った一言で消え去った。

「九重心結。知ってるわよね?」

「なっ!」

まさかティナの口から飛び出すと思わなかった名前に、雄里は激しく動揺した。

 なぜだ。と、いくつもの疑問が駆け巡る。 「私はオルスタイン家の人間よ。書いてない真実なんて、いくらでも見つけられるわ」 その言葉に退路を断たれる。

 知られてしまった。と、そう思いながらもなぜか雄里の頭は落ち着いていった。

「どこまでしってる?」

 開き直りではなく相手の手の内を探ることに意識を集中させる。

「どこまで? 変なことを言うのね。まああえて答えるなら、あなたが九重心結を殺したことぐらいね」

ティナはなおもおかしそうに、まるで大切なおもちゃを扱うように言葉を紡ぐ。

 だがその言葉に雄里は完全に余裕を取り戻していた。 

なぜなら知られていない事を悟ったから。 彼女が言っていることが表向きの理由だと知ったから。 

 四月の生暖かい風が、開けた窓から流れ二人の間を駆け抜ける。

 「そうか……、それで俺を脅してなんになる? イヤでも『契約』させるつもりか?」

「そうよ。私はあなたの過去を知っているわ。その上で言いましょう、私と『契約』なさい」

命令口調でありながら、どこか懇願しているようにも聞こえるその響きに、雄里は考えを巡らせようとした。

 「……わかった。でも条件がある」

即答。

 自分でも意外だった。雄里には彼女と『契約』する気はないのだ。だから断るべきだった。 

ティナの知っているのは偽りの真実。別に相手にする必要はない。

でも何となく、雄里には分かっていた。なぜとっさに、条件ありとはいえ『契約』を認めたのか。

 寂しかった。

 自分には他人に知られたくない。知られてはいけない過去があるから。この枷がある限り自分は一人なのだと。

 話したいと思ったことは何度もある。でもその度に諦めた。誰も許してはくれないのだろう、と。

 嬉しかった。

 偽りの真実とはいえ、自分を認めてくれたことが。

 何の為かは分からないが自分を必要としてくれたことが。

言ってみると、すっきりとした気持ちになった。今まで背負ってきた重しが少しだけ軽くなったようなそんな気がした。

雄里はそのままティナを見る。そして言葉を紡ぐ。

 まだ条件を言っていない。

 この条件を受け入れてもらえなければ、自分はまた一人になる。

 それが分かっていながら、いや、だからこそ雄里はただ彼女に任せたいと思った。

 「まずひとつめ、まだ『契約』はしない。仮契約にしておいてくれ」

雄里の言った条件にティナは少し悩む。

 あたり前だ。雄里には言っていないが、彼女は『契約』をするためにここに来たのだから。仮契約では今までと何ら変わらない。 

 しかし、ティナはそれでもいいと思った。 理由なんて分からない。

 でも、自分は雄里といたい。と、そう思ったから。 

だから彼女はうなずく。

「ありがとう。もうひとつは、今はまだいい。そのときになったら言う。だからそのとき聞いてくれないか?」

「?」

ティナの頭に疑問が浮かぶ。

 無理もない。雄里自身なぜこんな回りくどい言い方をしたのか知りたいぐらいだ。

 でも時がくれば話そうと思った。自分が力を手にした真実を。あの雨の日にあったすべてを。

「それは大切なことなの?」

 「ああ」

ティナの問いに雄里がこたえる。

その短い返事を聞いて、ティナは悠然と微笑んだ。なにか言いたげな、それでいて迷っているようなそんな微笑み。

「条件はそれだけ?」

「ああ。これだけだ」

雄里が言い切るとその笑みはますます広がっていく。しかし今度の微笑みはは雄里にも理解できた。 

その笑顔を見てしまったから、雄里は思わず言ってしまった。

「可愛いな」

「えっ」

「……」

「……」

 ティナの顔が赤く染まる。

「あー、その、なんていうか……」

 雄里は弁解を試みるが、ティナが真っ赤になっているのを見てどんどん尻すぼみになっていく。

 「……」

 「……」

 唐突に訪れた沈黙を振り払うように、ティナが声を張り上げた。

 「え、と、私は十六よ。仮にも年上の女性に向かって、可愛い、だなんて!あ、でも別にうれくないワケじゃないのよ……、ただいきなり言われると照れるというかキレイって言われることはたくさんあるのだけれどあんなに自然体で可愛いなんて言われたのは初めてで……えっと、えっと」

張り上げようとしたのだが、いかんせん彼女も相当テンパっているようでいまいち説得力がない。

しかし相手が慌てていると自分は案外落ち着くものだ。 

息継ぎができずに半ば必死に深呼吸を繰り返すティナの傍らで、雄里は必死に笑いをこらえていた。

 「くくっ」

耐えきれず声を出す雄里。

 それをみたティナが、「あっ!」と声をもらす。ようやく自分の痴態に気がついたようだ。と同時に羞恥に震えながら立ち上がり言った。

「笑わないでよ!、恥ずかしかったんだから……。ともかく、ああいうことは今後軽々しく口にしないこと! わかったわね?」

「ああ、わかった」

目の端に涙を浮かべながら、雄里が返事をする。未だに雄里は「はあはあ」言ってた。 それに若干の疑念を抱きながら、ティナは渋々といった様子で腰を下ろす。

 「それで、これからどうするんだ?」

息が落ち着くと今度は雄里が問いかけた。 「どうって……。とりあえずお父様とお母様には事情を伝えないといけなもの。私はこのまま屋敷に戻るつもりだけど、どうする?あなたもくる?」

「いや、今日はやめとく。実はちょっと用事があるんだ」

ティナの誘いにしかし雄里は首を振る。

 『契約』云々で忘れかかってはいたもののやはり心結の事を調べたい。

 「そうなの?まあいいわ、でもいつか挨拶に来てもらうわよ。いくら私に一任されてるっていっても、けじめぐらいはきちんとつけたいもの」

「あ、ああ」

挨拶のところを妙に強調して言うティナに若干の違和感を感じる。それでも挨拶に行く事は確かなので、雄里は肯定の返事をかえした。

「それじゃあね。私はこれで」

「ん、また明日」

「ええ。あ、そうだわ携帯の番号教えてくれる? あとアドレスも交換しておきましょうか。なにがあるか分からないし、連絡先ぐらい教えておいて損はないでしょう」

「それもそうだな」

ティナの番号とアドレスを登録し今度こそ別れを告げる。

「じゃあな」

「ええ。また明日」

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