罪人たちの出会い
新入生たちの『選別』が終わり、どの生徒も契約相手と話しながら帰っていく。
「は~」
ただ一人。いままさにため息をつきながら歩いている九重雄里をのぞいて。
あのあと、皆が契約相手を決めるなかで彼だけが残った。
双方の人数が一人だけ違う。という時点で嫌な予感はしていたのだが、いざ現実になってみると想像以上に堪えるものだ。
別段運が悪いとか人相が悪いとかそういう理由でのこったわけではない。
問題は、彼のことを誰一人としても知らなかったことだ。
「嘘でもいいからなんか書いとけばよかった……」
もう遅いとおもいがらも、後悔せずにはいられない。
一月ほど前、身分証明書とともに提出した入学願い。
記入事項は普通の学校とそんなに変わらないが、普通じゃない点が二つある。
ひとつめは理由、ここで書く理由とは入学動機のことではない。
どうやってこの力を手に入れたのか、だ。
この理由とも手段ともとれる項目を見たとき、彼は目を疑った。あんな過去を他人にさらすのか、と。
これが『選別』のさい、参考資料として配られることは知っていた。だからこそ、これは書いてはならないと、そう思った。
契約相手ないざしらず赤の他人にまで知られるワケにはいかない。
これに関しては書かなかったことを後悔してはいない。もっとも嘘でも書いておけばよかったとは思うが。
そしてもうひとつは実績、なんのかといえばもちろんこれまで戦ってきたエクセルの人数だ。
実は学園に通うエクセルなど全体のほんの一握りで、残りは独学またはエクセルの知り合いから教えてもらうことが多い。
学園で学ぶことが義務でない以上、そういう人間がいるのは仕方がないことだ。
問題は『ヴァイス』を悪用する輩がいることだ。
強大過ぎるが故に一人では扱えない異能。 しかし二人そろって敵にまわれば、やっかいさは単純に倍になる。いや、本人たちの相性によっては、それ以上にも。
そのため、かれらに対抗する組織が結成されたのは当然のことだったのかもしれない。
『エイジス』。そう呼ばれる組織ができたのは二八年前。エクセルの捕獲、場合によっては討伐も行う『ヴァイス』戦闘のエキスパート。
もっとも今のエイジスはギルドの意味合いがつよく、優秀な『クライマー』。つまり優秀な『ヴァイス』使いを育てる事を主としている。
目的からも分かるとおり、戦闘訓練が主な活動だ。
エイジスは年齢制限がなく、本人が希望すればたいていの人は入ることができるため、いまではほとんどのエクセルが所属している。
最大の利点は、やはり本物の戦闘ができることだろう。訓練施設で行う作業的なものではない。現場に行き明確な敵と戦うことは、何者にもかえがたい経験となる。
そして、そこで得た戦果は実績として自分の強さを表す単位にもなりえる。
皆が躍起になるのも当然だった。
しかしここでの問題は、雄里がエイジスに所属していないことだ。
ほとんどのエクセルが所属しているということは、エクセルのほとんどは大小問わず何らかの実績があるということだ。
さらにいうなら、今年の入学生のうちエイジスに所属していないのは彼だけだ。というか総数一二八五人をほこる白鞘学園でも、エイジスに所属していない生徒はわずか九二人しかいない。
「まあ、後悔してもしょうがないか……」
普段は脳天気と笑われる性格もこういうときは役に立つ。
「とりあえず帰って寝るか。どうするかは明日考えればいいしな」
脳天気というよりはただの現実逃避なのでは、と思わせるような勢いで歩き出す雄里。
その漆黒の瞳に何かが映った。
「ん?」
疑問符を浮かべる彼の視線の先には、一人で歩く少女の姿があった。
「おかしいな……、新入生は俺以外みんな『契約』したんじゃ……」
常識的に考えるなら、契約相手がちょっと外しているだけ。そう思うかもしれない。
だが彼の頭にあったのはもしかしたら、というわずかな期待だった。
相手が女子であることに若干の抵抗を感じながらも、雄里は心を決めた。
十メートルほど前を歩く少女に駆け寄り、そのまま声をかける。
「ちょっといいか?」
ビクッ! そんな音が聞こえてもおかしくないほど驚きながら、少女がおそるおそる振り返る。
「えっ、あ、わたし……ですか?」
可愛かった。
後ろ姿だけしか見ていなかったから分からなかったが、その大きな瞳を前にして思わずかたまってしまった。
優雅さと清楚さをあわせもつ長い黒髪。同じく漆黒の光をたたえた瞳。そして均整のとれた顔立ち。それだけではない。制服を押し上げ、激しく自己主張する胸元、髪と同じ黒のニーソックスを履いた長い足。
この学園は美少女が多いと聞いていたが、目の前の少女とわたりあえる生徒は数人しかいないだろう。
「あのぉ……」
少女の声に、ハッとする。
「悪い、ちょっと考えごとしてた」
「あっ、そうだんですか。すみません、途中で声なんかかけてしまって……」
雄里のこたえに少女がうつむく。
「いや、気にしなくていい」
さすがに、君のことを考えていた。とも言えず話を濁しながら本題にはいる。
「それより、なんでひとりなんだ?」
「……?」
少女は一瞬首をかしげていたが、自分の状況をみて納得したようだ。
「あっ、待ってるだけですよ。わたしは入学前から相手がいましたから。もう待ち合わせの時間をすぎてるんですけど……」
返ってきた言葉は予想通りのものだった。
だが、落胆しながら聞いていた雄里の耳がわずかな違和感をおぼえた。
「待ち合わせ?」
てっきりトイレかなんかに行っていたと思っていただけに、その言葉は意外だった。
「はい。さすがに心配です……。それより、あなたは『クライマー』なんですよね?」
「そうだけど、どうかしたか?」
契約相手の事はあまり話したくないのか、少女が話題をかえてきた。
どうやら、興味は雄里のほうににむいたようだった。
「いえ、『クライマー』のかたたちって皆さん敬語で話されますから……」
彼女がどちらなのかは、今の問いでおおよそ理解できた。
彼女の言ったとおりだ。
『契約』をはじめとしたエクセルの上下関係は、『マイスター』が上位に立つことが多い。
そのため『クライマー』は『マイスター』に敬意をはらう。という妙なしきたりができてしまったのだ。
もっとも、気にしない人間も多く、雄里もそのひとりだ。
「悪い。敬語のほうがよかったか?」
しかし、いくら気にしていなくても相手が望むなら仕方がない。そう思い聞いてみる。
「だ、大丈夫です! それに、そっちのほうが親しみやすいですし!」
「あ、ああ。そうか、たすかる」
こんな大声を出すとは思っていなかっただけに雄里は驚いた。
と同時に、さっきよぎった違和感の正体を思い出す。
「驚かせてしまってすみません……。実は契約相手にいつも言ってるんですが、なかなか聞いてくれないんです……。」
「まあ、そういう奴もいるだろう。それより契約相手って学園の生徒なのか?」
言ったままのことを考えながら、少女に質問をしてみる。
「違いますよ。歳は同じですけど、学園の生徒じゃありません。」
違和感が確信にかわった。
というのも、白鞘学園は生徒以外の人間の立ち入りを厳しく制限しているのだ。ここはまだ学園の中。待ち人が来られないのは当然だ。
雄里は自分の至った結論をそのまま伝えることにした。
「あのさ、この学園って―――」
そこまで言って言葉をとめた。
校門で何かあったのか、ひとだかりができている。
エクセルの総本山であるこの場所で、そうそう何かおこるとも思えないが……。
そう思いながらも校門に視線をむける。
「? なにかあったんでしょうか……」
となりの少女も心配そうにみている。
そのとき、通りがかった生徒の声が聞こえてきた。
「にしても、学園に入れないってさすがに不便だよねー」
「うん、さっきの人もそれで揉めてたんでしょ?」
「そうみたい。契約相手を部外者扱いは、ちょっとひどいなー」
そしてその内容は、奇しくも雄里の言葉を代弁してくれるものだった。
「…………」
少女の顔がどんどん青くなっていく。
「あー、大丈夫……、か?」
さすがに心配になり声をかける。
すると、軽く涙目になった顔が雄里のほうをむいた。
「あの……。やっぱり、わたし……、でしょうか……?」
「たぶんな。待ち合わせの時間はすぎてるんだろ?」
どうやら認めたくないらしい少女に、雄里は言葉をかえした。
「ぐすっ……わかりました。ではわたしはこれで……」
もうほとんど泣いている。
「一緒に行こうか?」
「いえ……、大丈夫です……」
雄里の提案を断って歩き出した少女が、ふとあしをとめた。
「? どうかしたか?」
やはり一緒に行ったほうが……。
そう思いながら、雄里は問いかけた。
「えっと……。いきなりで悪いんですが、お名前を教えてもらっても……」
だんだんと尻すぼみになっていく声を聞きながら納得する。
「そうか……。そういやまだ、お互い名乗ってもいなかったな。俺は九重雄里だ。おまえは?」
「あっ……、わたしは御神楽紅葉っていいます」
いつの間に泣き止んだのか、少女がニコニコしながら自らの名をつげる。
「ん。覚えとく。それより行かなくていいのか?」
「そうでした。心結にもいいお土産話ができましたし、ありがとうございました。」
「えっ……」
紅葉のはなったその言葉に、雄里の心臓は一瞬とまった。
記憶がフラッシュバックする。
雨の音。ずぶ濡れの体。冷たい夜風。そして、二人の子供。
お前たちは誰だ?
知っている。これは俺だ。
もう一人は……?
知っている。こいつは……。
やめろっ! やめてくれっ!
何をしてるんだ?
その血は……誰のものだ?
「くっ!」
そこまで考えたところで、雄里の頭を激しい頭痛がおそう。
しかし、そのおかげで意識がハッキリする。
雄里はあたりを見回すと、今まさに帰り出そうとする紅葉を見つけた。
「ちょっと、待っ―――」
「遅いです。紅葉」
そのとき、聞き慣れた、それでいて絶対に聞こえないはずの声がした。
いや、絶対に聞いてはいけない声、だ。
「ごめんなさい、心結。すみません、ではまたご縁がありましたら」
そういって紅葉は走っていった。
「くそっ!」
反射的に追いかけようとした足を止め、口汚くののしる。
「そんなワケないだろ!」
周りの生徒が向ける怪訝な視線にも気づかないほど、雄里は動揺していた。
「心結……、なのか?」
それでも、自分が彼女の声を聞き間違えるはずがない。と、彼は確信していた。
追いかければ確かめられる。そうしないのはなぜなのか。本人でさえ、そのこたえは持ち合わせていなかった。
「心結……」
かすれた声でつぶやきながら、雄里もまた帰路についた。