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ぺたんぺたんと千匣さんが歩く音が渡り廊下を響かせる。
ずるずると俺の襟を引っ張りながら先行する千匣さんに応援する気持ちが沸くはずもなく、俺はされるがまま地面に尻を擦られ徐々に熱が帯び始め、湿った空気が顔に纏わりつき気持ち悪さも浮上する。
「芦流が、わ」
凛とした声が渡り廊下に行き渡る。
俺を呼んでおいて振り向かないとは不届き物め! とは思わないけど、いい加減この獲物を取ってきたような光景で徘徊するのはやめてほしいわけです。
「昨日思った、んですが、北谷内と邑緒栗凛子。どう、してあの二人に、は呼び捨てで呼んで私、にはさん付けなんですか? 妻よりも友、達のほうが順位的に上って納得、できません。つまり、私が言い、たいのはさん付けを、止めて、るいちゃんと呼んでくだ――」「嫌だ」
間一髪入れず一蹴する。
襟を掴んでいた手に力が入ったのか、ミシという軋む音に冷や汗が出現させる。そもそも、どうしてこいつが二人の名前を知っているのか、はどうでもいいか。俺が連れ去られる所笑ってたしな、あいつら。友情という言葉で語られない友達か。ルビにライバルといれておこう。そう考えたほうが殴りやすそうだ。
それよりもこいつ、千匣誄歌。
昨日俺は友達からって言ったのにもう忘れてるのか? キスから始まるABCじゃなくて、恋人から始まるABCに飛躍しすぎだ。友達の定義は知らないけど、まあいきなり恋人から始まる関係は無いだろ。あったとしてもそれは間違いなくラノベの世界に違いない。
「ど、うしてちゃん付、けは駄目な、んですか?」
少し冷めたような口調で千匣さんが問いかける。にしてもだ、引き摺るのやめてくんね? 尻が熱いんだけど。
「なんでって、そりゃお前。恥ずかしいからに決まってるだろ」
「発情期で、すか?」
「は、ははは発情期ちゃうわ!」
顔が一気に上気する。水を掛ければ湯気が出るほど、たぶんそれぐらい赤くなっていると思う。そのせいか、咄嗟に関西弁で反論したのは。
「でしたら、私、の事も呼び捨て、で呼んでくれませんか? 劣等感を感じ、ますし、何より妻を呼び捨て、で呼ぶのは普通だと思い、ますので」
だからなんでいきなり妻設定なってるんだよ、とツッコミを喉で止め、冷静に対応することにした。
「別にそれだったらいいけど」
「決、まりですね。ほら、早く、呼びなさい蛆虫」
促されるその言葉はどうも棘付きだった。主に後半の蛆虫という単語には。
「千匣」
「…………」
ぐいっとさっきよりも力を入れ、襟を引っ張られ歩幅が大きくなったのか、歩く速度がさっきの倍ほど急激に増す。恥ずかしかったのか、彼女の今の心境を知る術を知らない俺はただ摩擦で尻の熱さを我慢するので精一杯。そろそろズボンから火出るんじゃね? ちょっと焦げ臭いし。
結局そのまま運ばれた場所はあの忌まわしき、昨日告白された (させられた、が正しいのかもしれない) 場所の理科室だった。
ガラガラー、と素っ気無さが醸し出されドアを開けると鼻に埃っぽさのざらざら感が纏わりつく。
千匣は掴んでいた襟を離し、俺は床に頭を叩きつけられる。「あいたた……」とじんじんと痛む頭を摩りながら起き上がると丁度中央、机の上に青くデコレーションされ林檎のような形をしたキャンドルが理科室を照らしていた。あれがいくつも並んでいたら魔術の研究をしている場所に変貌していたのかもしれない。あまり魔術には興味はないのだけれど、千匣の思考なら魔術研究所ではなく、処刑術研究所になり得てしまう事に恐怖が込み上げてくる。
そんな処刑術研究所の中央に歩く千匣は俺に手招きをしてきた。
それに後押しされるように俺も中央へと歩み寄ると、千匣が持っていた黒と白の斑模様が入った風呂敷を机の上に置くと、やや重い音が発生する。大きさは重箱サイズだろうか、そういえば昼食と千匣が言ってたから風呂敷の中身は弁当なのかもしれない。間違っても人間の××ではない事を祈る。おっと、昼食前にこんな事を考えると食欲が失せるな。もう手遅れだけど。
「さて、昼しょ、くにしましょう」
床に置かれた椅子に座り、淑やかな声音でそう言い、俺も対極する位置に椅子を置き座る。
授業を途中退場した上での少し早い昼食タイム。どうしてあの時教師は千匣の行動に何も言わなかったんだろうか。凛子が朝言っていた"理事長の娘"だから、とそう考えれば、教師が承諾したのも納得できる。間違っても千匣の行動に何かを刺せば自分の首が危ういのだろう。保身のためにそう答えるしかできなかったというわけか。はは、今度から千匣の名前を出して授業サボろうかな。
締め切ったカーテンの外から雨音が理科室に浸入してくる。微風に煽られ揺らめくキャンドルの灯火、まるで誕生日パーティーを思い出させるような光景に俺は心が躍る。その言葉の最後には ( ) の中に『嘘』という言葉を付け加えておこう。
千匣は肩から露出している白く細い腕を風呂敷に手を掛け、丁寧に結び目を解いていく。一つ、二つと風呂敷の中身が露になり、そこから現れたのは如何にも高級そうな三重箱。蓋の上には二つの箸が供えられていた。
その箸を俺の方へ差し出し、眉をひそめながら手に取る。もう一つの箸を自分の膝に置き、一連の行動をし終えた千匣は心なしか、唇が嬉しそうに緩んでいた。
彼女、千匣からしてみれば嬉しいイベントの一つなのかもしれない。好きな人と一緒に食を摂る。まさにリア充の光景、まさに爆発しろな光景。どっちとも賛否できない俺はこの状況をどう楽しめばいいのかわからないけど。
「芦流川が好き、な食べ物がわからなかっ、たので、て、き当な料理を入れておきまし、た。今後のため、不満があれば言、ってください」
そう言うと、千匣は両手で三重箱の一番上を開けた。丁寧に蓋は置かれ、俺は重箱の中身を確認すると、顔が硬直した。もしくは歪んでいたのかもしれない。
唇がひくついているのがわかる。
目の前の中身が単色で、どう見ても弁当ではないのがわかる。あ、よく見れば白も交じってるな。どうでもいいけど、単色として扱ったほうが賢明だ。そうだろ? ワトソン君、と心のワトソンに問いかける。もちろん、その問いに返答は無かった。
千匣は重箱の上で手の平を天井に向け、早く食べなさい、と促す。
そんな後押しされても俺としては手を付け難い。
重箱の中はアスレチックパークと想像してもらうとそれが正解だ。
額に指を付き思考を張り巡らせる。そして、
「これは弁当ですか?」
重箱の中身は緑単色のレタスがぎっしりと入り、弁当なのか動物の餌なのか判断に迷った結果、千匣に聞くことにした。
「弁当です」
千匣はきっぱりと言い切る。表情は若干憤りを感じるような目を細め俺を凝視する。
そうか、と溜息混じりに言葉が漏れる。本人曰く弁当と言われたら弁当として認識しなければいけないようだ。困ったな……あ、三重ということは二段目は何が入っているんだろう。
「二段目は何が入ってるんだ?」
「こ、れです」
一段目を退け、二段目の中身を確認すると、またしてもアスレチックパークが広がっていた。言うまでもなく、レタスである。
「千匣。せっかくこうして手料理を振舞ってくれたのは嬉しいんだけどな、これ弁当じゃなくて動物の餌だろ」
目を瞑り淡々とした声で弁当? の事を指差しで指摘する。すると、椅子が引く音と眉間に違和感を覚えた。目を開くと、前のめりになりそうな姿勢を左手で支えながら千匣の体が傾き、右手にはナイフのように握られていた箸の先は俺の眉間を捉えていた。怒り奮闘した形相な顔つき、満開した淀んだ青い瞳から力強さを感じる千匣が俺を睨んでいた。
それもそうだ、先述通りこれは彼女なりに頑張って振舞った料理。否定するような事を言ってはいけない。
この問題は次のテストで出すから覚えておくようにリア充のみんな、と俺は教師でもないのに悠長に浸る、わけがない。顔全体に汗がふつふつと沸き、恐怖が全身を蝕んでいく。
「蛆、虫の分際で私の手料、理を食べれない、と言いた、いのですか? さっきも、言いましたけど、私は芦流川、の好きな食べ物、を知りませんし、何ならあなたがポ、ケットに常備されて、いるミル、クキャンディーを口一杯に入れましょ、うか?」
体勢も瞳の形状も何一つ微動だにせず、千匣の突き刺さるような冷たい言葉が走る。未来の旦那に蛆虫とか言うの止めなさい、と考える余裕が無い俺は無言を徹する。
背筋に戦慄が走り、全身の肌にぞわっと鳥肌までもが駆け巡る。開ききった瞳は徐々に潤いが無くなり乾いていく。
「……た、食べます」
これ以上タブーを言ったら命の危険性が伴うと判断し、作戦"いのちをだいじに"を実行。俺がそう言うと千匣は眉間を捉えていた箸先を解き、背筋をぴんと垂直な姿勢で椅子に着席する。表情は打って変わって普通で少なくとも怒のオーラは出ていないように感じた。
「いただきます」と薄氷を踏む思いで言い、手の平を合わせて合掌。
箸を三重箱のアスレチックパークへ伸ばし、一枚のレタスを掴む。自分の口に運ぶ時、水切れを怠っていたのか、葉先から水が滴り落ちる。それを口の中に入れ歯を上下に動かし粗食。うむ、味一つない野菜そのものの味だ。
しかしながらこれが大変な課題を与えてくれる。食べ終わった後においしかった? とか聞かれたら返答に苦悩するほど何の変哲も無い味レベルである。一見マヨネーズを所持してそうには見えないから粗食している間に感想を考えていたほうがいいな。うーん、……瑞々しくておいしかった、これだな。他にはないのかと聞かれたら逃走しよう。
そんな事を目論見ながら俺が食べている様子を千匣は両手で頬杖を突きながら首を左右に振り、嬉しそうな表情を形成している。喜怒哀楽の激しい奴だ、と思ったが哀が無かったのでデリートした。それにしても最初会った時よりも感情が豊かになってきているような気がする。どうでもいいので目の前のアスレチックパークと奮闘しよう。
一枚が食べ終わり二枚目、三枚目と箸で掴んだレタスを口に運ぶ。そして、またしても大変な課題を突きつけられた事に気づいてしまった。三枚目を食べ終えた時にはこの瑞々しいレタスの味に飽きた。
たかが昼食如きでここまで苦悩を強いられるハメになるとは誰が想像しただろうか、当事者の俺からしたら予測不能の領域だ。
レタスを掴んだ箸が小刻みに震える。幸いな事に千匣は目を瞑って暢気に顔を振り子し、こちらの様子を伺っていない。
三重箱の一番下の段を見据える。
重苦しいオーラを放つあれは天国と地獄どちらに転ぶのだろうか。二度あることは三度ある、という言葉通りならあれは地獄になるわけだけど、こちらの願望としては天国であってほしい気持ちでいっぱいだ。
シャクシャク、レタス飽きた。
「千匣、一番下の段は……?」
「ああ、これ、は食後の後、のお口直しです」
手の平にぽん、と小さな小槌を打つかのような仕草を見せる千匣。
天国へと繋がる扉が目の前に現れた、ような幻視が見えた。
心の庭師は歓喜の雄叫びを上げ、上空からの天使達が織り成されるスポットライトに庭師は照らされキラキラと輝きを放っていた。さすが俺専属の心の庭師、お前もここまで嬉しさを強調するなんて波長合いすぎだ。スタンド使いになれるんじゃね?
千匣は二段目を退け、横一列に重箱を並べる。俺は一番下の中身を身を乗り出し確認。……どうやら天国の扉は存在していなかったらしい。
一瞬、杏仁豆腐かと心を躍らせたがどうも粒が大きすぎる。目を細め凝視、うん……これはあれだ、日本の食卓によく並ぶアレですな。はは、なんでこんなのがお口直しって言ったんだろうこいつは。がっかりメーターは限界点を突破して笑いメーターに到達しそうだよ。
「念のために聞くけど、これなんだ?」
「? 見たま、まですよ」
首を傾げた千匣は素っ気無い返答だった。
まあ、千匣の言う通りこれは見たままのアレだけどさ、お前ん家はお口直しに米食ってんの? 意味わかんないんだけど。あ、もしかして逆おはぎって言う奴か? 米の中にあんこが入ってる奴。一度もそんなもの見たことないけど、ちょっと俺なりのポジティブな考え方。
敷き詰められたご飯の中に箸を入れ弄る。
箸をご飯の中へ入れ開閉しながら掘り進む。しかしいくら掘っても白い断層から変わる事はなく、ついに重箱の底へぶつかった。行儀が悪いと言われそうだけど今はどうでもいい。何か、この米以外で何か無いか必死に探す。
「芦流川、行儀、が悪いです。もしかし、て、掴め、ないんですか? 言ってくれれば私がし、てあげますよ」
千匣はそう言うと、箸でご飯を掴み俺の口元までゆっくりと運んできた。透き通る頬は朱色に染まり、にっこりとした表情とリア充感溢れる光景に俺は照れくささを感じた。……こんな事よくできるよね女子って。ある意味、ゾンビゲームの主人公並みに度胸がありそうだ。
大丈夫だ、と手の平を千匣の方へ向け、一言だけ断りを入れながら自分の箸でご飯を掴み口の中に放り込む。
塩気も何もない味。レタスよりかは飽きないだろうけど徐々に飽きる味ではある。ふむ、困ったな。さすがにポケットに入れてあるミルクキャンディーと一緒に食べる猛者ではないので行き場を失ってしまうな。さてはて、この地獄の状況をどうしましょうか。
ちらりと千匣の顔を伺うと俯くように顔を下げ若干目が悲しそうにしていた。理由は――女心を悟るつもりはないし、悟るほどの考えも持っていない俺だけど、たぶん彼女はご飯を上げたかったのだろう。ちょっと傷心……と思うわけが無いけれど。万が一、俺の心の声が校内スピーカーを伝って流れる事件が起きたなら女子は怒るんだろうなぁ。AKBの奴らも怒りそうだけど。草食系ってこんなものじゃないのか? 少なくとも肉食系ではないのは間違いない。
あれ? そういえば、千匣は何一つ食べてない気がする。気がするという曖昧な事を思ったけど、絶対食べてないよな。俺の記憶が正しければ。
「千匣、お前は食べないのか?」
「え? ええ、私は芦流、川が口の中で噛み、砕いたものを私の口、の中に入れてくれると信じてま、すから。心配は無用ですよ」
「ぶふぉっ!」
勢いよく口からご飯が噴出した。
幸い噴出する前に口を手で押さえ最小限にまで被害を抑えたが、手にべったりとした感触と気恥ずかしさが蔓延する。二三回ほど俯きながら咳き込んで酸素を取り入れ二酸化炭素を吐き出す動作を繰り返した。ようやく落ち着いた所で千匣の顔を伺うとあからさまに冷めた、いや馬鹿にした表情だった。
目を細め、唇はきゅっと締まった何とも仏頂面。そして、細めた瞳からは「何やってんのこいつ」みたいな、そんな意を唱えるテレパシーを受け取ってしまった。
「あ、あの……」
俺は再び顔を俯き肩を狭め、両手を膝に添える。もちろん、ご飯付属している手の平は天井に向けている。
「せっかく作ってくださった料理を吹いてしまってすみませんでした……」
目の前にいる平成の和○ア○子は、ドス黒いオーラを纏っているような恐怖感が体にキシキシと伝わってくる。体全体は小刻みに震え始め、顔を上げることすら満足にできないほど俺は彼女に臆している。
それでも、やはり顔を上げて千匣の表情を見ないといけない。義務ではないけれど、いつまでも俯いた状態だと何されるかわかったもんじゃない。理科室で起きたバットによる殺人未遂事件 (仮) の件もあるわけだし。やべぇ……思い浮かんだらガクガクと体が震えだしたぞ。中学校の時にいた頭が禿げた体育教師と同じぐらい怖いわ。あの先生、いつも竹刀か木刀持ってたから余計に怖いんだよな。
別にその中学校の時の体育教師に何かをされたわけではないぞ。そう思わせるのは俺の友人が何かをやらかしてめっちゃ怒られてる光景を見てしまったからだ。正座をさせられマジ泣きしている友人に対して、問答無用で怒るあの教師は文字通り『鬼』という言葉がぴったりなぐらい形相していた。あんな風に怒られたくないな、と心に誓ってからは今まで普通に授業を励んでいたのにその一件以降、俺は内心びくびくしながら授業を受けていたもんだ。
閑話休題。
俺は恐る恐る顔を上げ、千匣の顔を上目遣いで見る。
何かを悟ったのか、千匣の表情が徐々に和らいでいく。細めた目は少しずつ開き、きゅっと締めていた唇は力を緩みだした。
安堵の息を心の庭に吐き出す。
「芦流川、私は別、に怒ってはい、ませんよ。そうです、ね、償いがした、いというなら今か、ら私が言う事を実、施しなさい。まず、は土下座して『るいちゃんの事が好き』と、言います。そして、芦流川は自、分の腹部を切り裂いて臓も――」「ダウト」
「……芦流川はど、うしてそこまで我儘な、んですか?」「お前にだけは言われたくない言葉だよ!」
俺は机をばんばんと二回叩き反論した。重箱は少しだけ揺れ、その様子を静かに見ていた千匣は顔を少し傾かせ大きな溜息をしていた。どんだけ自己中なの? 自己中選手権があるのならぶっちぎりだぞ。あと区切り何とかしろよ。これが小説の中だったら読者は混乱するし、何より字数稼ぎと思われるだろ。
俺はふぅと息を吐き、椅子に重心を加えるとギシギシと何とも卑猥な音が漏れる。嘘だよ、こんな状況で卑猥とか言ってられないぞ☆
「では、どうし、ましょうか?」
エヴ○ン○リオンに出てくるゲ○ド○の物真似でもしているのだろうか、手と手を組んでその上に顎を乗せ何やら質問してきた。毎回思うけどさ、お前いつも上から目線だよな。そんなに総司令官なりたいの?
「さっき言った事以外で要望は無いのか?」
「そうで、すね、でしたら……芦流川家の、一員として認めてくれません、か?」
「何でもストレートな事を言うんだな。お前は嘘がつけないタイプか」
「もちろんです。好きな人には嘘をつく意味がありません」
依然と組んだ手の上に顎を乗せ、唇は三日月のように笑いを作る千匣は発言する。何とも言えない気味悪さを感じる表情は薄暗い理科室をバックにその姿はマッチしているような気がした。
それにしても、『好きな人には』という言葉にはちょっと難があるように思える。好きな人以外の人には平気で嘘をつく、と聞こえてくるからだ。
さてはて、どうしましょう。本日二度目のウルトラC問題。レタスの次は償いと来ましたが彼女は俺が受け入れられる要望を出してくれるようでしょうか? 結構内心ぶるってます。
「千匣、少しは俺に出来る要望を出したらどうだ?」
「わか、りました芦流川。要望ではな、いですけど、協りょ、くしてもらいた、い事があるんです。あなた、にとって悪い話で、はないと思いますよ」
「協力?」
はい、と短い返事の後、千匣は手櫛で髪を流す。ある程度纏まったのか再びゲ○ド○みたいに組んだ手の上に顎を乗せた。
「あなたは今がっ、校の生徒から敵視され、ているようですね。なんでもモテな、いのを芦流川のせいにし、ているとか、悲し、い人達ですね。私にはか、ん係無い――と言いたい所で、すが私達の愛のラビリンスに浸入してくる可の、う性を考えると、邪魔でしかありませんから。そこでその首謀者で、ある興田允也をぶっ潰すた、めの協力してもらいたい、んです」
千匣は言い終えると息を一つ置いた。
表情は至って普通 (氷のような顔) でまんざら冗談ではないように伺える。
外の雨がまた一段と強さを増し、理科室に雨音がこだました。
内心ぶるってた俺は千匣の言葉に驚き、というよりも若干の喜びが芽生えていた。それもそのはずだ、普通というスクールライフを望んでいた俺にとってそれは朗報でしかないのだ。顔だけで判断する女の神経が信じられない、自分がモテないのを人のせいにする神経が信じられない。こんな顔に生まれたくなかった、とネガティブ発言は今までしたことないけれど心境としては同じのような気がする。一部、千匣の言葉に引っかかる部分はあったけれど無視しよう。
とは言え、ぶっ潰すと発言された千匣は何をするのか検討がつかないわけである。こいつの性格を考えるととことんやりかねない。やだ怖い。
「ちなみにどうやってぶっ潰すんだ? まさか、親のコネを使って!?」
「芦流川、私はそ、こまで低俗な人間がしそう、な事はしません。潰すと言っ、ても正々堂々と勝負し、引導を渡してもら、うだけで、す。勝負方法は、まだ何をするかまでは決めてい、ませんが、今日の放課、後ここにもう一度来てもらえませんか? その時に詳しい事をお話します」
言い終えたと同時に四限目終了のチャイムが鳴り響いた。
どうして千匣がAKB創立者で首謀者である事を知っていたのか、それを問う前に重箱を綺麗に片付け一礼した後、理科室から出て行ってしまった。短かったようで長く感じた十五分間の愛のラビリンス地獄 (仮称) はこうして興田允也をぶっ潰す事が決定事項として定められた。
あ……すっげー腹減ったわ。安定の海苔弁当購入してこよう。
決して山田悠介『自殺プロデュース』を読んでいたとか、渡航『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』を腹を抱えながら読んでいたとか、西尾維新『悲鳴伝』を熟読していた件で執筆が遅れたわけではございません。……決して上記の理由で遅れたわけではございません。強いて言うなら遅筆の才能を持つ私が原因であることです。
「ビブリアまだかなーはまちまだかなー」とぼやきながら今日も頑張って執筆作業です。