表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

千匣誄歌の学校事情






 気だるさと眠気が交じり合う早朝。

 珍しく俺を起こしたのは目覚まし時計のサイレン音ではなく、耳元で鳴り響く携帯の着信音で俺は目を覚ました。

目を擦り、頭が働かないまま枕の横に置いてある充電ケーブル付属の携帯を手に取り、欠伸を一つ置く。

 しかし、どうも着信音がおかしい。

 おかしいというのはテンポがズレているとか、微妙にノイズが入っているとかそういう事ではない。電話とメール着信は同じ着信音に設定しているはずなのに、今流れている着信音は『エリーゼのために』。

 昨日の寝惚けてやってしまったというわけではない。あの拷……――、いや何でもない。

 朝から壮大にリバースしてしまう起爆剤に点火するところだった。略して朝リバ。笑えねぇって。

「誰だよ、こんな朝早くから……」

 ベッドの横にある勉強机に乗っている時計を見ると、針が六時を指していた。

 朝から連絡をよこす奴など、片手で数えるぐらいしかいない。それは谷内と凛子のみだ。ましてや、こんな朝早くから連絡を入れるなど一度もなかったが。

 再び欠伸を一つ置き、青い点灯がぴかぴかと光る携帯を開くとそこには、


 FROM:☆るいちゃん☆


 何ともビッチ臭が漂う差出人の名前が記されていた。

 それを確認した脳は昨日の忌まわしき記憶を掘り起こした。徐々に血の気が引く感覚と吐き気に見舞われた俺は手で口を塞ぎ、深呼吸を施す。

 何度か繰り返す内に吐き気は収まったが、そんなことよりも、どうしてあいつは俺のメアド知っているのか、という点が気掛かりである。

 俺のメアドを知っている人間なんて片手で数える程で十分だ。まあ、それが谷内と凛子なわけだが。俺ってもしかして友達少ないほうなの? モテるのに?

 あいつらが勝手に俺のメアドを教えるわけがない。ということは、あいつは昨日監禁した上で俺のポケットに入っていただろう携帯を勝手に手に取り、俺が目を覚ます前にメアドを盗んだという線が一番妥当か。

 再び起爆剤に点火してしまう発言をやってしまい、口を抑え朝リバを制する。

 そして、届けられたメールを確認すると、


『私千匣誄歌ちゃん、今あなたの後ろにいるの』


 思考が五秒停止。

 そろりそろりと後方確認……木の壁。

 再び思考を三秒停止。

 戸締りのチェックに五秒掛ける。

 そして、

「……な、なんだただの嫌がらせメールか」

 安堵の息を吐き、どっと額に滲んだ汗を袖で拭う。

 ただでさえ暑い季節だというのに、何なんだこいつは。あ、夏だから怖い話を持ってきたのか。やるなあいつ、男だったら間違いなく目と目が合った瞬間ぶん殴っている所だった。

 気味が悪い中、二度寝という行動ができるはずもなく、いつもなら七時過ぎから作り始める朝食を今から作る事にした。

 ベッドから降り、体を伸ばす。背骨がコキッと良い音を奏で、一歩前へ進んだ所で何かに躓き、俺の体は床へと重力に従うように落下。そして、顔面を思いっきり床に叩きつけられる。

「ぐっ! あたた……」

 どんっ! という重い音を鳴らし、激痛が走る鼻を摩りながら立ち上がろうとした時、足に妙な感覚がある事に気づいた。

 ゆっくりと自分の足を見るとそこにはベッドの下から伸びる白い何か。それは俺の足首を掴み、ぎりぎりと言わんばかりに力強く握られていた。

「グ、ッモーニ、ング、マイスイート、フィアン、セ」

 重々しく感じる声はベッドの下、伸びる白い何かより奥のほうから聞こえた。

 俺は目を細め、ベッドの下を凝視するとそこには、獲物を狙う獣のように蒼い瞳がぎらりと光り、口は中途半端な笑いを形成し、首はぎこちなく動いていた。

「う、……あああああああぁぁぁあ!」

 足をばたばたと上下に激しく振り、足首を握っているものを無理矢理外す。外れた所で俺は四つん這いになりながらベッドとは反対方向へ全力で動き、壁へ辿り着き振り返る。

「どうし、て逃げるんで、すか? 朝からモーニ、ングコールしたのに」

 這うように手と足を動かすその姿は、まさにリアル貞○と呼んでもあながち間違いではないほど、俺の目の前にいる千匣誄歌はおぞましい生物へと進化を遂げていた。

「お、おい! お前何処から入ってきたんだよ! しっかり戸締りやってたぞ、こっちは!」

 怒涛の声を張り上げ、ぺたんぺたんと地を這う赤ちゃんのように近づいてくる千匣さんの肩を手で押さえ、静止させる。

 昨日と同じ黒いワンピースは重力に従うように襟は垂れ、首元の鎖骨がくっきりと見える。更に上の下着の色さえも確認できるほど彼女の体勢は露骨だった。もし、彼女の胸元を照らす光があれば下の下着の色までも確認できただろう。

 目の行き場を失った俺は地面へと目を逸らした。言っておくが、別に嬉しいと思ってなんかいないぞ!

「あそ、こから入、りました」

 彼女の淡々とした声に俺は顔を上げる。

 千匣さんの白く細い腕は床から宙へ動き、指先はある方向に指した。その示された方向を見ると、入梅したのか黒い雲が空を覆い雨がぱらぱらと降っていた。しかし、本当に注目する点は外ではなく内。つまり窓である。

 クレセント錠の周りに綺麗なC型に張られたガムテープ。その内側は見事なまでに割られ、床には硝子の破片が散乱していた。

 空き巣泥棒らしさが滲み出る光景が俺の目に映った。

「念のために聞くけど……不法侵入って言葉、知ってる?」

 唖然としていた俺は、何の色も無い声でそう質問した。

「当た、り前じゃないで、すか。誰だっ、て不法侵入ぐらい、知ってますよ。芦流川はもしかして、私のこ、とバカにしてますか?」 

 当たり前の言葉を言い放つ千匣さん。

 しかしながら彼女の言葉に謎が生まれる。知っている、ということはこの状況がどういうものか説明がつくはずだ。仮に、仮にだ。これが不法侵入という言葉以外で表せと神がそう告げるのなら俺はこう答えよう。

「……うん、千匣さんがやった事は不法侵入だから」

 手を額に当て、俺はガッカリした。

 どうでもいい事だが、俺は無宗教である。

「そん、な事ありません。だって、私、はちゃんとノック、しました。それで起きない芦流川、が悪いのではないですか? 困ります、私。責任転、嫁されたようで」

 何処の口がそう物語るのか、俺は苛立ちを覚えながら腰を上げ、千匣さんを見下ろすように体を垂直にする。

 それを見ていた千匣さんは徐々に視線を上に上げ、上目遣いになる。

 やはり彼女の顔立ちといい、蔓のように撓る手足は容姿端麗である事を再確認させられる。依然として、胸元は見えたままというのがネックだが……。

 眉をぽりぽりと掻き、この状況から逃げ出す算段を考える。いや、考える、というよりも俺にはこの状況から逃げ出す算段は初めからあった、と言えば正しいのかもしれない。

 しかし、俺が叫び声を発してから時間が経ち過ぎている。

 俺が持っている算段は時間を要する。等価交換の法則ばりに引っかかってくれると信じ、俺は口を開く。

「千匣さん、そろそろ帰ったほうがいいよ。さっきの俺の叫び声で親が起きたのかもしれない。誤解を招く前にそこの窓からでいいから屋根で隠れててくれないかな?」

 これは嘘である。

 俺の両親は宝くじで六億円もの大金を手にし、今は世界旅行を満喫しているころだろう。この事はご近所付き合いの良い人にも教えていないし、適当に仕事上の都合で海外に行っていると説明している。

 そんな両親にちょっとした苛立ちさえ覚えるのだが、自分達だけで円満しているというのに俺には何もくれなかった。

 六億円ものの大金を手にしたというのに、息子に何も施しをしてくれないということは、単純に好かれていない、という結論まで出せそうな気がする。そこの所どうなのお父さん、お母さん。

 閑話休題及び、息子は今、大変危険な状況です。

 千匣さんの顔がゆっくり傾き、人差し指を薄いピンク色の唇に当てる。

 もしかしたら、この嘘がバレたのかもしれない、と思った瞬間、その嫌な予感を的中するかのように、彼女の口からこう漏れた。

「両親、は今世界旅行中で、した、よね? だから、今い、るのは芦流、川と私だけ。誰か、らも邪魔されない二人だけの、空間。どうして私、に嘘をつ、くのですか?」

 にっ、と口だけが笑い、相変わらず目は死んでいるかのようだった。

 俺のとっておきの算段は一瞬にして打ち砕かれた。誰にも知らないはずの情報を彼女は持っていた。ただそれだけの事ではあるが、やはり腑に落ちない。

 何処から調べたのか、という疑問だけが脳に渦巻く。

 俺はただぽかりと口を開け、唖然とするしかなかった。

「も、しかして、なぜお、前がその事を、知っている、という驚きの、顔ですね。ふふ、芦流川暦……○○県生まれで小学校低学年の時にここに引っ越す。血液型B、身長一八二センチで体重は七十一。趣味は漫画を読むこと。学生服の中にミルクキャンディを常時している……他に、も色んな事、知ってますよ?」

「ど、どうして……?」

「決、まっているじゃ、ないですか」

 まるで詰問され、心臓を鷲掴みされたように苦しくなる。

 すっと立ち上がる千匣さんは俺の顔へ近づけ、少しだけ俺を見上げる形をとった。俺の心臓の鼓動音が聞こえてしまうように、俺と彼女の距離はそれほど近かった。

 割れた窓から風が一室に吹き込んでくる。

 彼女の黒から白でグラデーションする質のある長い髪は靡き、かすかにシャンプーの香りを漂わせ、おもむろに俺の頬を手で摩るように触り、女性特有の指の柔らかさを感じた。

「だって、私はあなたの事を――」

 その言葉は何処か冷たく、昨日約束した"友達から"という事さえも忘れたような言葉を俺に向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ