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プロローグではなく、ただのトラウマ映像です






 我輩は犬である。

 かの有名な小説家であり評論家でもある夏目漱石が残した『我輩は猫である』から真似た、今この状況を説明するにはうってつけの言葉だ。


 俺はある女性と共に市内のショッピングモールに来ている。

 日曜という事もあり、ショッピングモール内では親子連れの姿が結構目についた。俺達の目の前に一組の親子連れは子供の手を引っ張り、宙に浮く子供は無邪気に笑い、そんな円満な風景に俺はくすっと笑う。

親子連れの他にカップルらしき人達が目に映る。割合的に言えば、前者が5割で後者が3割と言った所だろうか (あと2割は一人で来ている)。そのカップル達は和気藹々(わきあいあい)と会話を弾ませているように見え、手を繋ぎながら歩いている。

 その手を繋いでいる事に、俺たちが浮いた存在に感じてしまう。やはり手を繋ぐべきなのか、と緊張してしまう。なんて、そんな事微塵足りとも思ってないけど。

 黒いワンピースの袖から伸びる白く透き通る細い腕の先にある指先をなぞるように握ると、彼女の顔はリモコンで操作されたような勢いでこちらを振り向いた。

 彼女は驚きを表現する単語は口から漏れ出す事はなく、身体で、主に顔で表現していた。

 意表を突かれたような見開いた目。そして、煙草を咥える程度に開いた唇。

 その数秒後、彼女は俯きだす。

 恥ずかしかったのだろうな、とそんな悠長な感慨(かんがい)に浸りながら彼女の顔を伺う。長い髪は彼女の顔を隠しているが、それは万遍に隠しているというわけではなく、途切れ途切れに隠れているに過ぎない。その途切れ途切れになっている隙間から彼女の顔を覗くと、少し頬を赤く染めていた。

 可愛いなこいつ。

 なんて、そんな事を微塵足りとも思ってなんかいない。

 握った手は俺の汗なのか彼女の汗なのかわからない。ほんのりと暖かい手の平と汗が滲ませていた。その握った手を前後に動かさず、ただ重力に従うようにぶらりと垂れ下げる。

「……ねぇ、○○君。今日は何処に行こうか」

 ふいに彼女は消え入りそうな声で、この後のプランについて聞いてきた。

 デートなのだから別にプランなど立てず、ぶらぶらすればいいじゃないか、と俺はそう思った。だから、素朴で平凡な……いや、遠回しに返答する。

「そうだね、とりあえず喫茶店に行こう」

 この後の事なんて歩きながら、談話(だんわ)しながら決めればいいのだ。

 繋がれた手を離さず、俺達は一階にある喫茶店へと足を運ぶ。店内に入ると、休日という落とし穴のせいなのか、満席状態。見渡す限り人、人、人。どうやら入れそうにもない。俺は彼女の手を引っ張り、店内から出ようとした時、喫茶店の店員に声を掛けられ足を止める。

 礼儀作法と営業スマイル満点の店員の話を聞くと、どうやらまだ満席ではなかったようだ。俺の目は節穴かと思ってしまう程、空いている席は目と鼻の先にある窓側の席が空いていた。

 気恥ずかしさを感じつつ、店員にエスコートされながら席まで行き、椅子に重心を掛けるように腰掛ける。彼女もまた男のようにどっしりと座るわけもなく、綺麗にゆっくりと座り髪を弄くりだした。

「さて、どうしたもんかな」

 本当にどうしよう。この後の事なんて家を出る前から考えていなかった。むしろ、プランというものを一つも考えていない。行ける所まで行って駄目なら引き返せ、という変な持論に基づいて動いていたに過ぎない。

 誘ったのは俺のほうなのに、何だか申し訳ない。本当に。

「○○君、この後にね、映画……見に行かない?」

「映画? どんなやつ?」

「うん……ラブストーリー物だけど…………」

 恥ずかしかったのだろうか、彼女の身体全体はもじもじと小刻みに震わせている。しかも、また顔を赤く染めている。

 やっぱりこいつ可愛いな。

 なんて、また思っても無い事をまた思う。

 ふむ、と肘をテーブルに置き握り拳で顎を支える。

 ラブストーリーか。ぶっちゃけ、この後の事を考えるよりも映画を見に行って、その合間に次の事を考えればいいや、と安易な考えで軽く頷く事にした。

 その頷きに彼女の顔は満面の笑みを浮かばせた。それほど嬉しいのかと思わせるほど、彼女は妙にそわそわしているように見えるのは、身体の挙動や会話がそう物語っているせいだろう。

 俺は注文したホットコーヒーを口につけ、彼女もまた注文したオレンジジュースを口につける。コーヒーカップを皿に置いた瞬間、彼女は学校での不満などを呟く。毎日のように聞く愚痴ではあったが、今回の彼女の愚痴はいつものとは違う。口を尖らせているのではなく、終始笑顔のまま愚痴を零す。

 この後の映画がそれほど楽しみなのだろう。いつもなら眉間に皺を寄せ話を聞くが、今回は眉間に皺を寄せることもなく、彼女同様笑顔のまま聞いた。

 


 なんて、こんな事が現実でありうるなら妄想なんてしませんよ。



 先述通り、我輩は犬である。三回回ってワンとは言わないけど。

 眼球は熱を帯び必死に涙を流さないように堪える。そんな事を気にする様子も悪びれる様子も無く、目の前の彼女は俺の首元を隠すぐらい大きな首輪から伸びるリードをぐいぐいと引っ張る。その光景に親子連れ、カップルは冷たい視線が俺に突き刺さる。とてもじゃないが耐えられる物ではない。

「何を。している、のですか? 早く喫茶店へ、行きま。しょう」

 区切りの悪い言葉を並べ、彼女は俺のほうを振り向きそう言った。

 膝辺りまで伸びる黒から白へグラデーションしている長い髪は腰の回転で(なびき)き、海のような青色の瞳の女性は怪訝(けげん)な眼差しを俺に向ける。

「なあ……逃げないからこれ外してもいいだろ」

 リードを擦るように触りながらそう言うと、怪訝な目は一際細くなる。

「この間の。放課後、あなたが何をし。たのか覚えていますか? あれ、物凄くショックだったんですよ。私の体を貪るように。触って、挙句の果てにはあれを私の……。これ以上リアリティ感溢れる。言葉で言うつもりはありませんが、責任の取り方ぐらい知ってます、よね? ずっと私と一緒にいる、それが責任の取り方。というものではないですか?」

 背筋が凍るような低い声で返答。俺はあまりの区切りの悪さに返答するまで二十秒も掛かってしまった。

「おい、勝手に脳内で捏造してんじゃねぇぞ! 何が体を貪るだ! そんな事一度たりともやった事がないし、この間のは単に一緒に帰らなかっただけだろ!」

 彼女の肩を手で掴み揺さぶりながら、声を大にして言う。

 すると、その声に周りにいた人達はびっくりしたのか、また一段と注目を浴びる形になってしまい、苦笑いをしながら両手を左右に振って何もないですよ、とアピールするも、依然として冷たい視線を突きつけている。

 それもそうだ、俺が大声を出すとか関係なく、首輪を見ればみんなそういう視線になるのだから。

「そう。でしたね、私の勘違いのようです。でも、私の誘いを蹴る程、大事な用事でも。あったんですか? 信じられませんね、あなたという人は。微生物ですか? いえ、こんな事を言ってしまっては微生物さんが可哀想ですね。微生物さん……さしずめ、ゾウリムシさんより、価値の無い人間なのですから。拒否権なんてありません」

「お前はひどいな! むしろ、微生物さんに謝れよ!」

「でも」

 彼女は両手で頬に触り、うっとりした表情を浮かべると

「そんなあなたでも私は愛せます」

 そう付け加えた彼女の顔は徐々に林檎のように赤く染めだした。

 そんな彼女をジト目で見ながら大きな溜息を漏らす。

 俺と彼女は付き合っていない。ましてや友達かどうかさえ怪しい所なのだが、敢えて友達という設定にしておこう。謎過ぎるけど。

 そして、彼女がここまで愛情表現?する理由も、どうして二人っきりでデートらしきもの (デートとは言えないものだが) をやっている経緯についてだが。

「うっ!」

「どうし。ました微生物以下の価値の人間?」

 あからさまな屈辱的言葉を向ける彼女を無視し、手で口を抑える。

 いかん、こいつとの出会いを思い出しただけでリバースしかけた。胃が気持ち悪いし、風邪を引いた時に感じる体のだるさも襲ってくる。

 彼女との出会いは狂気的でトラウマを植えつけられる程、恐ろしくおぞましいものである。

 ――彼女、千匣誄歌(せんばこるいか)は狂気的に一人の人間を壊すほど愛する性格の持ち主。漫画やライトノベルで言うヤンデレというものだ。むしろ、ヤンデレという単語意外でこいつの性格を表す言葉があるのか知らないけど。

 ちなみに壊す程というのは比喩ではなく、実際に俺は精神的に肉体的に何度か壊されそうになった (あれは本気で走馬灯が走った)。確かにヤンデレらしいんじゃないかな、俺にして欲しくはないんだけど。

 そんな一人の人間を壊すまで愛す人間に選ばれたのは、残念ながら俺である。

 必然か偶然か……、どっちが救いのある言葉かわからないけど、たぶん前者を選んだ方がまだ救いがあるかもしれない。

「顔が真っ青。ですね。もしかして、ポ○モン。のように進化でもするんですか? こんな公衆の面前で、恥ずかしくはないんですか? しょうがないです、ね。Bボタン押しますから進化止めてくだ、さい」

 そう言うと、彼女は肩に担いでいた学校の鞄におもむろに手を突っ込み、ガサガサと何かを探している。そして、目当ての物を握れたのか、勢いよく引き抜かれた手にはゲームポーイ (しかも初代 <ごつくて、単三電池四本使う奴>、どうしてそれが鞄にあるのかは知らない) が握られていた。

「ほら、Bボタン連打してる、ので進化止めてください」

 と付け加え、カチカチとボタンを連打し始めた。

 子供の頃、そのゲームをやった事があるからBボタンを押せば進化を止められるシステムの事は知っている。でも、進化を止めた所で何か得をするのか、子供の頃はそう思っていた (今もだけど)。……閑話だ。

 これは進化ではなくただの吐き気だ。そんな事に努力を注ぐぐらいなら、お前の区切りの悪さをどうにかしろ。

 人の脳はよくできている。嫌な記憶はずっと残って、喜んだ記憶なんて数年経てば忘れるのだから。と言っても、彼女と出会ったのは一週間前の事で記憶としては相当新しいものだけど。

 俺と彼女の出会いは――うっ…………やばい、本気でリバースしそうだ。だから簡潔に、要領よく言うならこうだ。


 告白させられ、拉致監禁され、今に至る。


 突如、胃が暴走し始める。これはあれか、前兆というものか。

 胃から嫌な物が込み上げる。食道に信号機なんて画期的なものなんて無いし、交通違反も無い。それをいいことに嫌な物はアクセルをベタ踏みし食道を駆け抜ける。もはや、アイキャンフライとまで言いそうな勢いである。彼の勢いを止めるネゴシエイター術なんて持ってない俺にはどうすることもできない。

 それはさておき、そんな悠長な事を考える暇などない、このままだと羞恥プレイの極みまでいってしまう。

 目の前にあるトイレへ猛ダッシュ。彼女が握っていたリードは力強く握られていたのか、一瞬だけ首が嫌な方向に曲がり、食道を通る異物は拍車を掛けるように登りつめる。そして、

 

 中略 (誰も男の細かい××なんて見たくないと思ったので)。

 

 リバースした。

 口の中に残った嫌な匂いは鼻をつき、脳内で拉致監禁された映像が勝手に再生される。しかも、その映像は鮮明に映し出され、地獄絵図そのもの。

 結局、彼女がここに (男子トイレに) 来るまでに四回リバースしてしまった。

 これは俺と彼女……そして、数人の友人によるラブコメ展開してしまう物語であり、決して俺が望んだ展開では無い事を言っておく。この出来事の中心人物である俺から物語を語るなら、リバース物語と言っても過言ではないだろう。


 ――残念な事に、不運な事に。

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