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第09章「跳躍の交差点」

 飛鳥は、突然空中から人間が現れたことに混乱した。

 ……何らかの能力だってのは分かるわ。

「……」

 だが、唐突な出現よりさらに奇妙なその姿に、その場の全員が動けなくなっていた。無言のまま降りてきたのは、狐面をして顔を隠した人だった。

 ……何を考えているの?

 素顔さえわからないが、体格から女であることは分かる。

「あ……え?」

 当然のことながら、調査対象の少女も混乱していた。

 ……この少女が『情報屋』なの?

 飛鳥は何とか思考を巡らせ、隣を見る。が、翼も混乱しているようだった。

「……」

 しかし、狐面の少女は無言のまま対象の少女に、何かを見せた。携帯端末のようだが、このまま一言もしゃべらず仕事を達成する気らしい。

 そこで飛鳥は翼と一度、視線を合わせて頷く。そのまま、言葉も無く一歩を踏み出した。だが、先行する飛鳥が一歩目を踏んだ瞬間だった。

「……」

 狐面の少女は、再びその場から姿を消した。しかし、同時に現れてもいた。

 瞬間移動――一瞬にして空間を跳躍したのだ。そして彼女の体は今、飛鳥の目の前にあった。

「な……っ!」

 ……でも、二度目となれば驚いてばかりじゃないわ!

 しかし、直後に飛んできた蹴りに対しては、上手い対処など出来るはずもなかった。

「――っ!」

 それでも形だけであったが、防御は間に合った。飛鳥は何とか顔を上げる。

 しかし、狐面の少女は動きを止めてはいなかった。流れるような動作で小さな十字架の飾りを宙に放ると、両刃の長剣に変わる。

「く……っ!」

 一方の飛鳥はまだ体勢を立て直せていなかった。そして、眼前に刃が突きつけられる。

「――っ!」

 その瞬間、時が止まるように静まりかえった中で、飛鳥の息を飲む音だけが響いた。

 ……殺される。

 脳裏に死がちらついて、恐怖が体を支配しようとした。

 すると、狐面の少女は急に刃を引いてしまった。

「はぁっ……」

 ……警告のつもり、だった?

 そのまま、狐面の少女は背を向けて行こうとしていた。だが……

 ……ふざけるんじゃないわ!

 それは怒りだった。飛鳥自身が制御できないほどの怒りが、全身に駆け巡る。

 そして瞬時に両手に刃を呼び出すと、斬りかかっていた。

「あああああッ!」

「…………!」

 一瞬の交錯で攻撃がぶつかり合い、見えない視線と見つめる殺気が交差した。そして、狐面の少女が再び長剣を構え、互いの呼吸が二度目の交錯へと向かう。

「おおおおおおおッ!」

 飛鳥は自分が叫んでいることも、なぜ戦っているかすらもはや理解していなかった。ただ、闘争に支配され尽くしていた。

「はああああッ!」

 気迫の声と共に飛鳥が突撃するが、狐面の少女はもうその場にいない。跳躍によって回避されてしまう。

 ……まだよッ!

 だが、研ぎ澄まされた感覚は一瞬で跳躍した相手を捉えていた。側面から襲いくる剣戟に即座に対応すると、一つの剣と二つの刃が空中で竜巻のようにぶつかり合った。

「あぁぁッ!」

「……!」

 しかし、一瞬の激突で数え切れぬほどの刃を交し合ったにも関わらず、互いに掠めるほどの斬撃しか入れられていない。

 両者とも、一度弾かれるように一歩下がったものの、すぐに再び刃を交え合う。

 その中で、飛鳥は徐々に理性を取り戻していた。

 ……これは、決定打に欠けるわね……。

「はあああぁぁぁッ!!」

「……!!」

 連続跳躍で四方から攻撃する狐面の少女に対し、飛鳥は踏みとどまったまま斬り合う。乱れるように斬撃の嵐が飛び交い、互いに傷つけあう踊りが続いていた。

 しかし、その踊りもやがて終焉へと至った。飛鳥の大振りと、狐面の少女の長剣が激突し、互いに弾き合って、一度大きく後ろへと後退した。

「はッ……はッ……はッ……」

「ッ……」

 ……少し熱くなり過ぎたわね。

 しかし、飛鳥は内心で相手の出来を褒められるほどだと思った。加えて、ここまで相手が出来るならば、もっと戦えると確信する。狐面の少女は顔を隠しているが、互いに視線がぶつかるように威圧し合った。

「はああッ!」

「……ッ!」

 ……来るわね。

 と、狐面の少女が消えた。跳躍だと思う間もなく斬撃が横から飛んでくるが、飛鳥は刃で受ける。もう一本の刃で反撃をするが、今度は背中側に回られた。しかし、初撃を受けた刃をそのまま背中に回す。そうして再び二人の斬撃の踊りが始まった。

 ……でも、いつまでも付き合う気はないわ。

 覚悟を決めると、体が反応した。今度は自分から一度、後ろへと下がる。そして刃を構えなおすと、突撃に合わせて振り下ろした。すると、腕の動き――刃に合わせて、赤い斬撃が乱れ飛ぶ。だが、相手の反応も見事だった。ここまでの戦いからこちらの一撃を感じ取り、直前で跳躍すると数歩分後ろへと退いていた。しかし、飛鳥は避けられることも予想はしていた。

 ……ここからが、勝負よッ!

 赤い斬撃が暴れ狂うように続けざまに飛んでいく。相手は連続跳躍で必死に躱しているが、完全に一方的な攻撃となっていた。左右の斬撃を繰り返すように振り下ろす。

「おおおぉぉぉぉぉッ!!」

 ……このまま、押し切るわ!!

 飛鳥はいつまでこの攻撃が維持できるのかはっきりと分からなかったが、今こそが勝機であり、これを逃せば次はないと感じていた。短調な繰り返しではなく、左右どちらが動くか読ませないようにしつつ、全力で振り続ける。

「……ッ!!」

 狐面の少女が、かすかに声を漏らす。暴風のような赤い斬撃は、一瞬にして辺りのものを切り刻んだ。しかし、それすらも跳躍によってギリギリで避けられ、避けきれぬところを長剣で防がれる。あと一歩ながら、その一歩がとどかない。

「――ッ――あぁッ――はあああぁぁッ!」

 続く異能のぶつかり合い。連続する攻撃の中、再び飛鳥が刃を振りかぶる。しかし、その時だった。突然、目の前から相手の姿が消えた。

 ……え?

 ごく僅かな間隙を突いた反撃が来た。そして、飛鳥の手元から刃が弾かれる。

 ……飛び越された!?

 飛鳥は振り向くと、自分の刃が飛んでいることを認識した。相手は振りかぶった瞬間にこちらの後ろへと跳躍し、刃を打ち上げたのだ。空中を回転する刃が飛鳥の目に映る。

「……」

 そして、再びの跳躍によって相手が前方に現れる。飛鳥は、残る一本の刃で防御することも忘れたかのように、茫然と立っていた。だが、直後に彼女は横から突き飛ばされた。

「くっ……」

 割り込んできたのは、翼だった。手にしていたのは鉄パイプ。その辺りに転がっていた古い机や椅子の脚だ。そして、相手が振りかぶるより先に突撃をかけていた。長剣の刃に鉄パイプがぶつかる。だが、その程度で怯ませたところで、状況が打開するとも思えなかった。しかし、

「どきなさい!」

 突然の飛鳥の声に、翼は半歩ほど下がった。と、そこに刃が落ちてきて突き刺さる。翼と狐面の少女は、刃に仕切られるようにして互いが見えなくなったことと、何より突然の落下物によって固まってしまっていた。

 ……さっきのお返しが、まだだったわ。

 だが、飛鳥は違った。その一瞬で距離を詰め、狐面の少女の眼前に刃を突きつけた。

「これで、お相子よ」

「……」

 すると、狐面の少女は後ろへ退いた。さらに、素早く武器をしまう。

「どうやら、向こうはもうやる気はないみたいだな」

「……ええ」

 ……始まりもふざけていたけれど、結末も酷いものね。

 飛鳥はその場にあった刃もう一本の刃を引き抜くと両方とも仕舞った。

「あれ?手元にあったのを投げたんじゃんなかったのか?」

「違うわ。あれは打ち上げられた方を、あそこに落としたの」

 狐面の少女は先ほどの携帯端末を操作して、誰かに連絡を取っているようだった。

「そのまま帰るつもりかしら」

「いいのか?」

「まあこれ以上はお互い面倒だし、いいんじゃない?どうせ追えないでしょ?」

「……なんかもう、すっかり関心が無くなったな」

 と、狐面の少女はその場から消えてしまった。

「これだもの、ね。騒いでもしかたないわ……それより」

 と、そこで急に飛鳥が翼に詰め寄った。

「さっきは何故、あんなところで加勢したの?」

「え?」

 飛鳥がいつもより強い声を出す。

「というより、なぜ最初から加勢しなかったの?」

 普段からはっきりと通る声が強くなっているので、すごい威圧感を放っていた。

「何をそんな大声を……怒ってるのか?」

「怒ってるわ。ええ、怒っているわよ!戦えない人間が、戦場に出るんじゃないわ!」

 気が付けば、飛鳥は翼の胸倉を掴んでいた。

「戦えないって、別に俺は……」

「覚悟がないの?同じでしょう?あなたを庇って死ぬ人もいるかもしれないのに……」

「何も知らないのに勝手な事を言うな!」

「ええ。あなたの事情なんて知らないわ。でも、さっきみたいなことをしているなら、部屋に閉じこもっているべきよ。そうでないなら戦う覚悟をしなさい」

 飛鳥の手が、ゆっくりと翼の胸倉から離れた。

「な……」

「そうでないなら。あなたはまた死んで、あなたの周りの人も死ぬわ」

 そこまで言うと、飛鳥は振り返って歩き出していた。

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