第07章「名乗りの挨拶」
生徒会室から出た翼を待っていたのは、昨日の少女だった。
会った瞬間、翼は冷静に襲撃された。
「殺す気か!」
「違うわ」
……言い切りやがった。
少女が手にした刃は、翼の頬を掠めて壁に突き刺さっていた。
「この状況で、言い逃れができると思ってるのか!」
「ええ。ただし必要なのは言い逃れではなく、状況説明ね。私はあなたが本当に不死なのか確かめようとしたのよ。以上、状況説明終了」
「そんな乱暴な確かめ方があるか!」
「この前のように瞬時に回復はしないのね」
少女は勝手に翼の傷の観察を始めていた。
「あー、何でこう俺の周りには話の通じない人ばかりなんだ?」
「あなたも十分話が通じていないから大丈夫よ。私は冷静に、合理的な話をしているのに、それを無視しているんだもの」
「あんたの勝手な理屈に付き合うつもりはない」
「随分とわがままね」
「あんたに言われたくない……と言いたいとこだが、このままじゃ堂々巡りだ。妥協しよう」
「そうやって延々と妥協する人生を生きて行くといいわ」
「いちいち揚げ足を取るな!」
「あなたがそうやって面白い反応をしてくれるから、ついやってしまうのよ。あの会長がからかってしまうのも分かるわ」
「分からなくていい。いや、分からないでくれ、頼むから」
……俺は昨日会った時に、この子を心配していたはずだが……
これは夢か何かだろうか。むしろそうであって欲しいと翼は思う。
「で、現実逃避は済んだかしら?」
「勝手に人の心を読むなと言っている!」
「そう。じゃあ、これからどうするの?それは私には読めないわ」
「ふむ……って読んでたのかよ」
「表情をね。そこから表面的な感情や思考を推測していただけよ。あなたは表に出やすいの」
「まあ……それよりこれからどうするか、だ」
「強引に話題を戻したわね。まあいいわ、どうするの?」
翼は一瞬だけ考えを巡らせたが、答えはすぐに出た。
「うん。ここでひとまず、話し合おうか」
「……えっ?」
● ●
一樹は帰り支度をしていると、妙に急いでいる小春に気付いた。
「小春。そんなに慌ててどうした?」
「ああ、緊急で仕事が入ってな」
……仕事、というからには『情報屋』の依頼があったという事なのだろう。
「そうか、まあ頑張れよ」
「ああ。まあ仕事だから、きっちりこなすだけだが……」
その時、小春が珍しく小さい溜息を吐いた。
「どうした?乗り気じゃないのか?」
「いや、なんか胡散臭くてな」
「なんだそりゃ?何か根拠があるのか?」
小春は大げさに考えるように、ややわざとらしく額に手を当てた。
「このタイミングで緊急で仕事が入るのは、不自然だ」
「不自然?」
「もっと早く依頼してきてもいいってことだ。それに仕事の内容も、緊急で頼むようなものじゃなかった。どうもこちらに探りを入れるのが、狙いのような気がする」
「だが、お前の実力を図った上で、もっと大きい依頼を頼む気かもしれないだろ?」
「ああ。だから今回はこっちがそういう風に思ってくれるように、依頼が来ている気がする」
「思考を誘導されてるってことか?」
「この仕事をやってると、いろいろと疑り深くもなるんだ。その分、鼻も利くようになる」
小春はフッと鼻で笑いながら答えた。だが、その後に頭を掻きながら、一言付け加えた。
「まあ、最終的にはそんな気がする、以外の明確な根拠はないがな」
……最終的な根拠は勘か……
「それだけで十分な根拠とは……」
だがその言葉の途中で、小春は今まで見たことない楽しそうな笑みを見せた。
「しかし、仮に罠だとして、それに飛び込んでいくのも面白いかもしれん」
その一言に一樹は大いに驚く。
「さっきの言動といい、仕事といい、慎重な奴だと思ってたけど、意外と冒険家なのか?」
「ふん。予想外が一切無い人生なんて、面白くもない。それに、冒険家だからこそ情報を集めるって所もあるな」
「まだまだ僕も、お前のことを知らないんだな……」
「俺だってお前のことは全然知らないさ。俺たちが出会ってからどのくらいだと思ってる?」
そこで二人そろって息を吐き、そして微笑んだ。
「そうだな……なんだか昔からの、幼馴染のような気分で話してたよ」
「それは光栄だな。さて、そろそろ行かないとか……とりあえず、明日にはあの塔にいるお姫様の話でも教えてくれ」
「お前!なんでそのこと!?」
慌てて問う一樹に対して、小春は素早く補足した。
「話していた内容までは知らん。ただ、お前たちが塔に居たって情報を掴んだんでな」
「そうか……」
「じゃ、また明日な」
「おう。仕事、頑張れよ」
黙って片手を上げると、小春は急ぎ足で教室から出て行った。
● ●
「さて、お名前は?」
「鷺崎 飛鳥」
「俺は鷹月 翼、よろしく」
「よろしく」
そう言って微笑む飛鳥だが、先ほどの会話で千鶴と印象が被っていた。
……なんか、どことなく黒い笑みに見えるな。
「何か質問は?」
「それなら昨日の件について……」
「あ、それは待ってくれ」
そこで、翼は飛鳥の話を止めた。
「何?」
「ここには、いろんな能力者が居過ぎる。近くに誰も居なくても、感覚だけを強化すれば盗み聞きも可能だ」
「つまり、場所を移したいってこと?」
「そうなんだが、先にこいつを何とかしたい」
そう言って、翼は先ほど千鶴から預かった紙を見せた。
「ああ、その件なら私も依頼されたから、内容は把握しているわ」
「なら、時間の指定もある以上、先にこいつを片付けよう」
「そう。でも、そうしたらまた逃げるのかしら?」
「この状況で逃げるのは賢明じゃない。はっきり言って、もう逃げ切れないからな」
その言葉に、飛鳥は翼を疑う……を通り越し、半ば呆れるような目で見ていた。
「あの時点では逃げ切れると思っていたの?」
……そうじゃなきゃ逃げないけどな。
何も考えてないように見えるのかと、翼は心配になった。ふぅとため息を吐き、話を続ける。
「たまたま出会っただけだと思っていたし、追われても俺の生活圏内にいなければ、どうにでもする手はあったのさ。ただ、ちょっと近すぎた。逃げるより説明して、説得した方が早い」
「じゃあその説明とやら、楽しみにしておくわ」
あっさりと引き下がったので、意外にこちらを信用してくれているのだと翼は驚く。
「ま、実を言うと俺も、君の能力が何なのかは気になってる」
「今ここで教えても、私は構わないわよ」
「そういうのは公平じゃない。俺は貸しを作るのは、出来る限り避けて生きていきたいんでね」
翼は、わざとらしくヒラヒラと手を振った。
「面倒な生き方ね」
飛鳥は完全に翼を呆れた目で見ていた。しかし、翼は一転して真剣な表情になる。
「誰だってそれぞれの価値観があって、それぞれ大事なものがあるんだ、面倒じゃない生き方なんてあるもんか」
……そんなこと、当たり前だよな。
翼は千鶴に言われたことを思い出し、今の自分の言葉に少し空しさを感じていた。
「勝手な屁理屈をこねていないで、さっさと行くわよ」
「はいはい」
あっさりと受け流された翼は、大人しく飛鳥に従った。
と、この辺で登場人物一覧を。
・鷹月 翼……死なない?少年で主人公。生徒会長ともいろいろ関わってるけど一般生徒。
・鷺崎 飛鳥…翼をいきなり戦闘に巻き込んだちょっと危ない子。
・高宮 千鶴…生徒会長。自信家で実力がある手におえない人。女だけど女好き。
・白羽 鶫………副会長。仕事をさぼって騒いでばかりの会長に頭を悩ませる苦労人。
・白羽 秋時…生徒会の一員。あんまり前に出ない裏方。
・雉本 一樹…弱い力しかない少年で、もう一人の主人公。
・塔の少女=アリス………………謎の少女。塔で一樹と出会う。
・雲雀 小春……一樹の友人で情報屋。いろいろ調べて知っている。
・鷲津 水月……小春のパートナーで情報屋。人見知りが激しい。
何でこんな中途半端なところに?と思ったなら、副題をもう一度読み返してください……というのはジョークとして、1話にこの紹介書くと、いろいろネタバレになっちゃうからですね。それでもこの時点でまだ水月さん出てないよ!というツッコミは野暮ですよ。