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第06章「説明の時間」

 一樹は朝の騒がしい教室の中、一人静かに席に付いて考え事をしていた。

 ……なんだか、また生徒会長が朝から騒いでいたみたいだけど。

 登校途中に見た風景は奇妙だった。逃げ惑う女の子を追い回す生徒会長を、副会長が力づくで抑えて連れて行くというものだった。

 ……一年経っても、この学園の騒ぎにはなかなか慣れないな。

「会長も、変わってる人だよな……まあ、この学園に変わってない人なんていないか」

 ふと呟いただけだったが、それでも生徒会長というのは、一樹にとって雲の上のような人だ。

 この学園では強い力を持っている人はもうあまりいない。昔はそれぞれ強力だったらしいのだが、今ではごく一部がそれを保っているのみだ。だが、それゆえに持っている人は強い。そしてそれを全て抑える必要があるのが生徒会長だ。

 ……改めて考えてみると、凄まじいな。

 もちろん学園は都市の一部なので、都市を管理する『統治機関』に助けを求めてもいい。実際、実力の足りなかった生徒会長はそういった手も使ったそうだ。

 しかし、現生徒会長は一年生の時に前生徒会長を実力で倒し、その後の信任投票で過半数を得て以来、不動の地位だ。まさに完全実力主義の完璧な生徒会長。将来の仕事に関しても、統治機関から話が来ているという噂もある。

 ……力が弱い生徒からみると、もはや憧れるを通り越して恐ろしいな。

「どうした一樹?難しい顔をしているな?」

 思考に横やりが入ったので一樹は一旦考えるのを止めると、声がした方に振り向く。

「ああ、小春(こはる)。おはよう」

 そこには一樹のクラスメイトにして親友の小春がいた。だが、小春はその挨拶にわずかに顔をしかめ、頭を掻く。

「ああ、おはよう。……そうあっさりと自分の名前に馴染まれてしまうのも、慣れないな」

「そうか?だったら苗字の雲雀(ひばり)で呼んだ方がいいか?」

「いや、結局女っぽくて好きじゃない」

 小春は苦笑いをしていた。

 ……やはりいろいろと苦労してきた事なんだろう。

「僕はそうは思わないがな」

「みんなお前みたいな考えなら、いいんだがな」

「だったら、何か適当なあだ名でも考えてやるさ」

「そうだな……ところで、何をしていた?」

「ああ……この前、お前にいろいろと情報をもらったから、それについて考えてたのさ」

 そう、小春も強い能力の持ち主であり、それを使って自称『情報屋』をやっている。中学の時からパートナーが一人いるという話だが、

 ……そっちにはまだ会ってないから、どんな人なのかは知らないんだよな。

 一樹の考え事の情報源は、先日小春が教えてくれたものだった。

「あれか……まあ大したことじゃない。調べれば誰でもすぐに分かることだ」

「いや、調べようと思わなかった僕は、いかに物を知らなかったのか思い知らされたよ」

「そんなものか?あんな情報は、全体から見たらほんの一部に過ぎないんだが」

 小春はそんなことを、やや自嘲気味な口調で言った。

「目の前の事しか見てないと、気付かないものがあるって分かっただけで十分だ」

「ふん、あんまり見えない事まで追い過ぎるなよ。人の手に負えるものには限度がある」

 そんな芝居じみた台詞を言い合うと、二人で視線を合わせて笑いあった。


                    ●          ●


 放課後になって、翼は生徒会室に来ていた。

 正面には椅子に座った会長が紅茶を飲み、横では副会長が仕事をこなしていた。

「それで、昨日の出来事というのは何なんだい?翼くん」

「はあ、少し長い話になりますが、構いませんか?」

「構わないよ。幸いなことに、私も暇を持て余している」

「嘘を吐くな」

 副会長が言葉を挟む。というより、思いっきり睨んでいた。どうやら忙しいようだ。

「ふぅ、鶫は真面目だなぁ……」

「それこそが、私がお前から目を離せない理由の大半だからな。残念なことに」

「反論できないのが悲しいよ。さて、そろそろ真面目に仕事をしなきゃなので、出来る限り簡潔に話をまとめてくれるかい?」

 翼はため息を吐きながらも頷くと、数分考えてから答えた。その間も会長たちは猛烈に仕事をこなしていたが、翼が話し始めるとピタリと手を止めた。

「えっと、昨日は道に迷ってたら、戦闘中の彼女と出会って、巻き込まれて俺が死んじゃったって所ですね」

 ……我ながら、凄まじい説明だな。

「なるほど」

「えっと、今の説明で大丈夫ですか?」

「ああ、まあ大体の所は分かった。というか、それだと追い回されるのも当然だな」

「確かにそうですね」

 答えながら、翼は逃げたことを半分後悔していた。まさか同じ学園の生徒だとは思わなかったのだ。しかし、今でも他に選択肢があったとは思えない。

「それと、巻き込まれて殺された、と言っていたが……キミは一切抵抗しなかったのか?」

「……一応、逃げるくらいはしましたよ」

 翼は歯切れの悪い答えを返した。だが、それに反応した会長は椅子から腰を上げ、不満そうな顔を見せた。

「もし本気で抵抗すれば、その辺にいる奴がキミを殺すことなど不可能だ」

「俺に切り札を出せというんですか?」

「殺されるのは避けたかったんだろう?それに、キミが私に向かってきた時は容赦なく使ったじゃないか」

「先輩を相手にするのとは訳が違いますよ。それに、死ぬのは極力避けたいけど、だからってあれをすぐに使うのも……」

 だが、その言葉を口にした時だった。一瞬の内に千鶴が距離を詰め、目の前に現れると眼前を指差してはっきりと言った。

「そこだ。その半端な覚悟こそがキミに死を呼び寄せる。キミの周りに死を招く。キミは何が一番大事なんだい?」

「俺の……大事なもの?」

「私に向かってきた時のキミは、もっと美しかったよ。相手も、自分も、全て失うかもしれないと覚悟した上で挑んできていた。その儚さは美しかったよ」

「……そんなものが、美しい?」

 ……冗談じゃない、あの時みたいなことが日常になってたまるものか――

 否定しようとした翼だったが、眼前にあった指が口元に動き、言葉を封じられる。そして会長は言葉を続けた。

「今のキミは何でも欲しいと言いながら、自分では何もしない、わがままな子供のようだよ」

「……っ!」

 言い返す言葉を探したが、翼はあえて何も言わなかった。

「さて、そんな翼くんには動いてもらうのが一番いい。一つ仕事を頼もう」

「仕事?」

「ああ、ちょっと調査をして欲しくてね」

 翼の前に素早く紙が差し出される。翼はふっと息を吐くと、意識を切り替えるように集中しなおす。いつもの調子が戻ってくるのを感じた。

「最近、この学園に『情報屋』が入ってきたって言うんだけど、なかなか接触がとれなくてね」

「生徒会長は、全生徒を抑えてるんじゃなかったんですか?」

「ふふっ、流石は翼くん。立ち直りも早いな。で、まあ所詮は『情報屋』だからな、実害の大きい方を優先して片付けてると、どうしても後回しになるんだ。困ったことに」

「なんだかんだ言って、生徒会も万年人手不足ですもんね」

「まあ、信頼できない奴は周囲に置いておけないからな。とはいえ、私と鶫と秋時だけでは回るはずがない」

「え?結局三人でやってるんですか?」

「いや、予備人員も入れてはいる。だが、三人で処理しなければならない重要事項もあるし、この学園には荒事がある。それは直接出向かねばならんし、もはや分身でもしないと無理だな」

 翼は改めて、この生徒会長のすごさを見た気がした。だが、疑問も湧いた。

「一つ聞いていいですか」

「ああ」

「なんで俺をもっと早く使わなかったんです?そうしたら仕事だって……」

「あまり侮らないでくれるかな。私を誰だと思ってる」

 ……こう言い切れるのが、この人の一番すごいところだな。

「そうですね。そんな心配は無用でした。じゃあ、今回はちょっとお手伝いってことで」

「ああ、もうすぐ別の手伝いの子が外に来るから、合流して向かってくれ」

 そこで、二人そろってクスリと笑う。

「了解です」

「じゃ、頑張って」

「先輩も」

 そう言い残して、翼は部屋を後にした。

「千鶴」

「なんだい?鶫」

「なんだかんだ言って、面倒な仕事を押し付けたな」

「おや、話はちゃんと本気だったけれど?」

「ああ、だからお前は最後まで本気で話をして、本気で仕事を押し付けただろ」

「ま、そのおかげでちょっと休憩できるんじゃないか♪」

 千鶴は椅子に座って伸びをした。しかし、その目の前に書類の山が置かれる。

「そんな暇があると思ったか?追加の仕事だ」

「はあ、鶫は真面目だな……」

「お前が不真面目すぎるだけだ」

 と、外から何か突き刺さる音と共にどん、と振動が伝わってきた。

「なんだ?あれ」

「ああ、ちょっとしたサプライズさ」

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