第03章「出会いの夜道」
夜。
その闇にそびえ立つ塔は、天に向かってどこまでも伸びているとも言われる高さで、この町ではかなり高い場所として知られていた。
……昔は灯台か何かだったらしいけど。
今は何にも使われずあまり人も近寄らない塔だが、実際に登るのにはあまり高さはない。扉を開くと階段があるだけで、実は簡単に出入りできる場所だった。だが明かりはなく、真っ暗であるという問題がある。
「よっ……と」
少年は手の平に光を灯した。この少年は光を操れるというのが能力だったが、別に争いに使ったり出来るほど強い力ではない。
……段数を数えてもいいんだけど、そういうのも飽きたな。
少年は足元を照らしながら、階段を登っていった。いつまでも続くような、それでいてすぐ終わってしまいそうな階段に、少し不安を覚える。
……そろそろか?
だが、それにもやがて終わりが訪れる。だんだんと四角い光が迫り、少年は光の扉に手を掛けて開いた。かすかに風を感じると目の前にあったのは星空で、少年はただ一人その世界を見ていた――はずだった。
「あなたは、誰?」
声のした方に振り向くと、少年の光と月明かりに照らされて姿が浮かび上がる。
少年と少女はそこで、初めて出会った。
● ●
少年にとって塔の上に来ることは、珍しい事ではなかった。
……特に目的があった訳じゃない、ただ何となく落ち着くってだけだ。
しかしその日はいつもと違い、先客がいた。
「あなたは、誰?」
……誰って言われてもな……?
突然そう聞かれて、何と答えればいいのか悩む。加えて少年は目の前にいる少女が儚いような、あるいはまるで存在していないような、不思議な印象を感じていた。
……夢か幻じゃないのか?
悩んだ末に少年は名乗った。
「僕は雉本 一樹。君は?」
「イツキ?」
「そう。それで、君は?」
「……私?」
……何だか反応が薄い、というより鈍いって感じだ。
「君の名前は?」
「私、は……」
それから少女はしばらく黙りこんでしまった。ときどき悩むように首を傾げたりして、延々と悩んだ末にようやく答えをだした。
「……ア、リス」
「は?」
……偽名のような名前だな。
本名を教えたくないのだろうかと思ったが、追求するのも面倒なので気にしないことにする。
「分かった。えっと、アリス。君はここに何をしに来たの?」
「空を見に」
……ますます変わっている。
一樹は最初そう思ったが、考えてみると自分も似たようなものだったので、
「僕も同じ」
と答えると、
「そう」
という返事が返ってきた。その時、一樹にはアリスが微笑んだような気がした。彼女の長い黒髪が夜風になびく。
……今日も、ここは静かだ。
● ●
「イツキ」
急に名前を呼ばれて、一樹は我に返った。
……少しボーっとしていたか。
「そろそろ時間だから、帰るね」
「ああ」
一樹は曖昧にしか返事が出来ないまま、アリスの方を見る。
「またね」
そう言うと、アリスは急に夜空へと身を翻した。
……え?
咄嗟に動こうと思ったが、一樹の足は一歩も前に動かなかった。思考が反応できないまま、時間だけが流れていく。そして、静寂が訪れた。
「……はぁ」
一樹はため息を一つ付いて、鼓動を落ち着かせてから一歩ずつ前に出た。そして縁から慎重に下を照らして見る。が、少女の痕跡は何もなかった。
「どうなってるんだ?」
塔の縁から一気に壁まで下がると、それを背に尻餅をつく。一気に緊張が解けていった。
「本当に幻だったってことはないよな……」
……そんなはずはない。と、頭の中で自分自身が否定する。
それに、少女は「またね」と言った。
「またここに来れば、会えるのかな……」
そんなことを呟きながら、一樹はゆっくりと塔の扉を開いた。