第20章「星闇の再会」
飛鳥は部屋を出ようとした翼を呼び止めた。
「帰ってしまう前に一つ、つまらないことを聞いておくわ」
「なんだ?」
翼の表情が訝しむようなものに変わる。
「あなたは戦場に出て、敵が殺せないとかそういう甘い理由で戦えない訳ではないのね?」
「それが甘いのかは知らんが、戦いの場にそういうものは不要だと覚悟はしている。まあ俺は積極的に人殺しがしたいわけでもない――そんなの綺麗事だけどな」
……そうね、確かに今までの話からその予想は付いていたわ。
だからつまらない質問だと思ったのだが、まだ話は終わっていない。
「でも、そこまでの覚悟があるのに、ためらわせる力って……いえ、これは無粋ね」
「というより堂々巡りになる。さっきの話をもう一度、最初からしたいなら構わないが?」
だが飛鳥はそこで、予定通りに本題へと切り込んだ。
「それは遠慮しておくわ。ただ、それならなぜ初めて会ったときに私を止めたの?」
「あれは戦闘に見えなかったからだ。それこそ、普段は戦わない人を一方的に殺そうとしてるように見えた」
「それは随分と酷い見方だわ。そういう輩を捕まえていたのが私だったのに」
あっけない返しに飛鳥は満足していた。不満を口にしつつも表情では笑みを浮かべるのを抑えらない自分がいる。
「武器の見た目と、戦闘法に問題があると思うんだが。あの時も能力を生かすために、出来るだけ血を浴びて戦ってたろう?」
「まあそうね。見た目にこだわって負けるなんて勘弁だわ」
……私を随分とよく見ているのね。
自分以外の他人の視点。それは自分の存在にとって大事なものだと思う。人間は一人では生きられないと散々言ったばかりだ。
「……はぁ、もうそれでいいよ」
「結局、誤解なんてすぐ解けるからいいのよ」
「俺が逃げようとした事と同レベルだな」
「同じではないわ。私は立ち向かって誤解を解くもの」
「相変わらず自信満々だな」
翼の相変わらずと言う言葉が、急に可笑しく感じた飛鳥は少し笑った。
……だって、まだ出会ってから二日目なのに。
先ほども言っていたはずだ。おそらく無意識に出ているのだろうと思う。
「急に笑ったりしてどうした。本格的におかしくなったか?」
「なんでもないわ。しかし、あなたと私は本当によく似ているのね」
「えっ?」
「境遇、立場、居場所?何と言えばいいか分からないけれど、そういうものが似ているわね」
急な話題の転換に少し翼は戸惑ったようで、しばらく考えてから答えた。
「……小さいころに京花を失った、って話か?」
「それだけじゃないわ。『逸能連』の事を隠さなきゃで、私も学園に知り合いは多くないの」
……そう、私とあなたは似た者同士ってことよ。
「なるほど。それの話もそうだな。君は仲間を、俺は家族を失いかけたわけだ」
「それから能力の方も、お互い変な縛りが代々続いてる家みたいね」
「そう聞くと少しは親近感が湧いたよ」
……それは良かったわ、今のところお姉様への唯一の手がかりだし、ね。
「さて、そろそろ時間も遅くなってしまったし、門まで送っていくわよ」
● ●
飛鳥は翼を見送ると、門に佇んでいた人影が話しかけてきた。
「さて、翼くんの覚悟は決まったのかな?」
不敵な笑みを浮かべるその人物は、隠れることもなくそこに立っていた。
「盗み聞きとは、あまりいい趣味ではないですね。会長さん?」
「ふむ、盗み聞きとは随分な言いぐさだな。私はこんなに堂々としているのに。それに、これでもか弱い生徒の安全を守るために送った帰りだよ?」
だが、飛鳥は千鶴の言葉を無視して話を進めた。
……そうしないと相手のペースに飲まれる。
「それで、なぜ私たちの会話を盗み聞きする必要があるんです?あなたはもう知っているでしょう?私の能力も昼間にお話ししましたよね?」
「つれないね。綺麗な女の子に会うのに理由が必要とは」
……いい加減にして欲しいわ……!
熱を込めてまくし立てる言葉でさえ、涼風のように受け流されることに飛鳥は苛立ちを感じる。が、ここは相手をしてはいけないとすぐに判断した。
「本気で帰っていいですかね。そういうのは副会長とやってください」
……こんなのに負けていないとか、冗談じゃないわ。
翼の考えも時々分からないところがある。戦闘で簡単に後れを取るつもりはないが、口先の勝負は別の話で、そもそも自分の担当ではない。
「もう少しいい反応が欲しいところだね。まあいい。一つだけ言っておこうか」
そこで、不意に千鶴の表情が真面目なものに変わる。
「なんですか?」
「君の能力は――嘘だ」
「――っ」
……やられたわ。
話題の間隙を突くような一言に、反応してしまった。その言葉で心を動かされたことが何より悔しかった。だが、これ以上失態を晒すわけにはいかない。
「動揺したかね?ただの鎌掛けだよ。明確な根拠はない、おおむね勘だ」
……そのはずよ、そんなに情報を与えてないもの。
しかし、改めて千鶴の恐ろしさを実感する。思えば直前の会話も油断を誘う囮だったのだろう。だが、その会話につられたのも自分だ。もっと警戒すべきだった。
「何故そんなことをする必要があるんですかね?」
「私としても、出来るだけ足元は信用したいのだよ。ま、キミはその類ではないだろうがね」
飛鳥の疑いの言葉さえ、用意されたような反論によって口をつぐむ羽目になる。だが、それでも飛鳥は口を開く。
「戯れで妙な事はなさらない方がよろしいですよ」
「全くだな。今日はこれで退散するとしよう」
千鶴が行ったのを確認し、飛鳥は門の中に入っていく。そして、空を仰いで一人呟いた。
「お姉様……私はやはり嘘つきなのでしょうか?」
● ●
一樹は、再び塔へとやって来ていた。
……今日も居るだろうか?
正直なところ半信半疑だった。本当は小春にでも居るか尋ねたいところだが、ここで会っていることが知られていると分かっても、自分から言い出すのは気が引けていた。
「行ってみれば分かるだろう……」
一樹はいつも通りに扉を開き、光を灯して階段を登っていく。そして一番上へと辿り着き、光の扉に手をかけた。
……いつも開けている扉を開けるだけなのに、いつもよりも少し重いような気がした。
扉の向こうから、星明かりが差しこむ。
「また、会えたね」
……その言葉をどちらが発したのだろうか。
その光に照らされていたのは、昨日と変わらぬ少女の姿だった。