第02章「行き止まりの終着点」
少女は檻が砕けてようやく自由を得たが、今度は怒りに囚われていた。
「お前!!」
少女が相手に向けて怒りの声を放つ。だが、それも笑って受け流された。
「戦いの場に居たらこいうこともある。ま、こいつの運がなかったのさ」
……ならばこの事態は私のミス――私が、私があいつをすぐに始末できなかったから!
少女の溢れる怒りは相手と自分、両方への怒りだったが、今は目の前の男に集中しようとした。意識を研ぎ澄まし感覚が鋭くなるのを感じると、手にした異形の刃を構える。
「行くわ……!」
だが男は手についた血を舐めると、ニヤリと笑った。
「これで終わりだ。そら、行けッ!」
男の腕の周りから、先ほどとは比べものにならない数の杭が一斉に放たれた。
「フン」
だが、少女はそれを鼻で笑った。
……くだらない、その程度で私に勝とうというの?
そして、血に塗れた杭が一本残らずピタリと止まる。
「な……?」
……馬鹿な奴ね、まったく出来が悪いわ。
実際、相手は何が起こったのかさえ理解すら出来ていないと少女は思った。
「う……?動けよ、おい、動けッ!クソッ!」
「まったく、あなたたちはあきれるほど低能だわ。血を使うのなら、私が何者で、何が出来るのかくらい知ってからかかってきなさい」
……本当に、くだらない戦いだわ。
その直後、大量の杭が一斉に砕け散って粉々になった。気圧され、一歩も動けなくなった男に対して、少女は両手の刃を合わせて一つにし、正眼に構える。
大きな三角形となった武器のくり抜きは、クローバー型となっていた。その三角形の先端が、少しずつ光を蓄えていく。
「さて、これで終わりよ」
その瞬間、目の前の男の顔が少し引きつった。が、少女はそんなことは気にせず一気に力を解き放つ。鉄の咆哮は一瞬にして目の前を光に染め、空間を喰らい尽した。
● ●
「しかし、どうしたものかしら……」
目の前には翼が横たえられていた。先ほど胸を貫かれ、当然のように今は脈もない。
……死体の処分となるとちょっと面倒ね。
しかしこうなったのは自分のミスのせいでもあると思っている少女は、その場で悩んでいた。
……とりあえずはなんとか後始末をしなくちゃ、ね。
「ん……」
……ん?
声が聞こえたような気がしたので、少女は周囲を確認する。ここには人が寄らないようになっていたが、実際に翼が来てしまった事を考えながら辺りを見回した。
……これ以上、誰かに見られるのは避けたいわね。
気のせいでないか、少女は慎重に周囲を確かめる。だがその時、
「あああああ!びっくりしたぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
いきなり声を上げ、背後で倒れていた翼が起き上がった。突然の事に、二人の視線が交錯する。時が凍りついたように、二人ともその場で固まった。だが、
「あー、えっと。大丈夫?」
「くっ……」
「えっ?」
「あはははははははっ!何かしらそれ?何かの冗談?」
……大丈夫、ね。
それは少女が問いかけるはずのものだ。
……胸を貫かれて無事な能力なんて、今まで見たことないわ。
「いや、さっきは変な奴がいたし、どうなったのかな、と」
「あなたはつくづく変わっているわね。大丈夫。さっきの人なら片付けたわ」
そう言って指差した後ろには、男と共に抉り取られた空間があった。
「これはすごい、な……」
「私たちはこういうことが出来る。それくらい分かっているんじゃない?」
「そうだな」
そう答える翼の目は、どこか悲しそうだった。そして二人でため息を付く。
「さて、あなたのことだけど……」
と、少女が話を切り出そうとした時だった。
「じゃあ、俺はこれで」
そんなことを言うのが早いか、翼は一気に曲がり角まで駆け出す。
「待ちなさい!」
少女の制止の言葉は届かず、翼は袋小路から唯一の出口となる道を走り抜けた。
……そんなもので逃げ切れるはずが……!
だが、少女が曲がり角に辿り着くと、
「いない……!?」
すでに翼の姿はそこになく、まるで忽然と消えるようにいなくなっていた。少女は振り返って確認するが、そこには抉られた床と壁と翼の血だまりが残っているだけだった。
「……ふぅ」
……逃げられたものは仕方ないわ。たとえ、どこに逃げたって――
少女は翼の血だまりに目を止め、もう一度元の場所へと戻った。
手をかざすと、まるで生きているかのように血がそこに吸い寄せられ集まっていく。さらに血は一つの球体へと変化し、最後にはワイングラスのようになった。それを掴むと、少女は血の杯に口を付ける。
「……美味いわ」
微笑みを浮かべ、翼が走り去った曲がり角を見つめる。
「必ず……見つけ出して見せるから」
曲がり角をもう一度だけ見つめ直すと、少女は口元に笑みの表情を作った。
● ●
全力で走っていた翼は、立ち止まると確認のために振り向いた。
「もう、追ってきてはいないか」
一旦壁に体を預け、周囲を警戒する。
……しかし、何だったんだ?
そこで自分が道に迷っていたことを思い出す。だが、
「あれ、ここは俺の家か……」
滅茶苦茶に走り回っているうちに、翼はいつの間にか家に着いていた。
「とりあえず、今日はもう休もう……」
疲れを感じ、翼は一人で中に入っていった。