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第19章「明日願う翼」

 翼は飛鳥によって人が呼ばれ、部屋にお茶が届けられるのを見ていた。

「今のは?」

「この屋敷のお手伝いさん、というところかしら。流石にいろいろと手伝ってもらわないと、この屋敷もやっていられないのよ」

 ……なんとも感覚の違う話だ。

 翼はそう思いつつも、お茶をすする。飛鳥ものどを潤しているようだった。

「さて、私の能力の話だったわね……」

「ああ」

 と、そこで飛鳥は少し俯くように目線を下げた。

「どうかしたのか?」

「いいえ、なんでもないわ」

 飛鳥は答えると、まるで決意をするように、翼へと真っ直ぐに視線を向けた。

「私の能力は『吸血主』っていうの」

「吸血……主?」

 ……なんだ?

 聞いたこともない単語に一瞬戸惑う。しかし、考えるより続きを聞くことにした。

「吸血の衝動に従って暴れる鬼ではなく、自ら望んで血を吸って従えるものよ。血を吸う鬼ではなく、血を吸う主。吸血鬼の先に居るものよ。吸血の種族という意味もあるわ」

「しかし、伝承とか何もないだろう?名前から能力が想像できないんだが?」

 ……珍しいタイプだな。

 伝承があるというのは、それだけ昔からあったということであり、強い能力者は多くが代々受け継いでいるからだ。もっとも、吸血鬼から変化したのかも知れないのだが……

「そうね。実際に見せた方が早いわね――ああ、これでいいわ」

 飛鳥は翼の顔に手を伸ばした。そして、昼間傷を付けた所に手を近づける。すると、空中に血の玉が浮かんだ。

「何だこれ!?」

「これが私の能力『血液操作』よ。ただし、体内に流れているものは操作できないの」

 そう言うと、その血の玉を口に含んでしまう。

「ああ、本当に美味しいわ――納得いかないけど」

「それは褒めたいのか、貶したいのか、はっきりしてくれ」

 ……なんだかだんだん付いていけなくなる気がするな……

 と、翼がふぅと息を吐いたのに対して、飛鳥がはっきりと言った。

「私の吸血には、一種の運命判断があるの」

「え?」

「鷺崎の能力は名に縛られる、というものがあるの」

 驚いていたところに加えられたその言葉に、翼は一瞬固まってしまった。

 ……能力が縛られる?

「どういう事だ?」

「鷺崎の一族は、能力の決定の仕方が他の人と違うの。なんでも、名前によって能力が左右されるとか。能力によって名前が勝手に決まるとか……詳しいことは私も知らないわ」

 ……そんなの全く聞いたことがないぞ?

 混乱しながらも、とにかく考えを巡らせた。しかし吸血鬼からの変化である、という予想が外れたぐらいしか理解できなかった。

 とりあえず落ち着きを取り戻すために、翼はお茶を一口飲み、それから話を続けた。

「それで、そんな厄介な能力が生まれたのか?」

「厄介と思うかは考え方次第ね」

「しかし、名に縛られる――か。飛鳥の苗字が鷺崎だって聞いた時、珍しいとは思ったが、京花と能力が全然違うから、姉妹だとは思わなかった。京花も珍しい能力だったしな」

 ……こんなに違う力で姉妹、か。

 通常の人の能力の継承は、いわゆる血液型のようなもの、と言われている。また、性別が能力の継承に影響を及ぼすとも言われ、同性の血縁者で違う能力の方が珍しいと言われている。ただ、能力の遺伝に関しては実際にはまだ解っていない事の方が多い。

「話を戻すわ。鷺崎の縛りの関係もあって、私の能力で血を吸うと運命が判断されるの。それで、過酷な運命を辿る人の血ほど美味しく感じるのよ」

「血を吸うって、さっきのか?」

「あら、何か不満なのかしら?」

 眉を寄せた翼に、飛鳥は少し不機嫌に言葉を返す。

「いや、さっきのは血を飲んだって言うんじゃないか?」

「つまり、わざわざ牙を立てて血を吸えってことかしら?嫌よ、そんな時代遅れな吸血法は」

 ……嫌とかで済むような問題か?

「で、話を戻すが……さっきの話だと俺の運命はとてつもなく過酷ってことか?」

 翼は眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をした。だが、その態度に飛鳥は動じることなく答える。

「ええ。一応……ね」

「なんか引っかかる言い方だな

「それは……過酷な運命というのは運命に打ち勝ち続け、明日を求める人こそが振り返った時にこそ、過酷であったと思うものでしょう?」

「そういうものか?」

「何にしても、今のあなたは何もしていないわ」

 飛鳥は翼に睨むような視線を向ける。だが、翼は負けずに言葉を返した。

「ぐ……しかし、幼い頃に殺されて、記憶も奪われたという話はさっきしただろ?」

「その程度で過酷だと語ろうというなら、私はその頃にお姉様を失っているのよ?」

「なんでそんな自信満々なのか分からんが、俺はこれからキツイ人生のようだな」

「そうね」

 ……人の人生だからって、サラッと言いやがる!

 『これからあなたは過酷な人生を送りますよ』と言われたら、頭がおかしい奴でもなければ喜びはしないだろう。嫌がらせか、と翼は思う。

「……後で先輩の血でも吸って比べてみてくれ」

「美味しさで負けたときに、あなたがどんな言い訳をするか楽しみにしておくわ」

 ……本当に口が減らないな。

 翼はやや渋い顔をして、少し話を変える事にした。

「で、他の能力はないのか?」

「そうね。吸血鬼とは全く違う存在だから、いわゆる吸血鬼の弱点はないわ」

「つまり、光も十字架もニンニクも効かない訳か」

「その分、吸血鬼の能力は一切ないわ。不死でもないわよ」

 そこで、飛鳥は翼を見つめて笑った。

 ……先輩みたいなのが増えるのは、本当に勘弁してほしいんだが。

 翼は短く息を吐くと、そのまま話を続けることにした。

「なんだか含みのある言い方とかしていたが、反応してはいけない気がするので無視するぞ。で、さっきの戦闘の時の赤い斬撃は何だったんだ?」

「ああ、見えてたのね。あれも血よ。ウォーターカッターと同じ原理ね。高速で血を飛ばすの」

「……あっさり言ってるが、それってかなりヤバい武器じゃないか?」

「ええ、ヤバいわ。当たるとズタズタよ。全部避けられるとは思わなかったわ」

「思わなかったってことは殺す気マンマンだな!なんかさっきまでいい話してなかったか!?」

「気のせいよ」

 そう答える飛鳥は表情を変えないどころか、むしろ少し笑みの表情になっていた。

 ……うわあ。

 うわあとしか感想が出てこないのも嫌なものだが、この場は他に思いつかないような表情だった。まあ、底が知れないとか、そんな風に言ってもいいのかも知れないが。

「あ、えっと、あの武器……えっと刀じゃないな。刃って言っていいのか?何なんだ?どこかから呼び出すってことは、あれも何か特殊な武器なんだろ?」

「ああ『血まみれのメアリー(ブラッディ・メアリー)』のこと?」

「なんともコメントしづらい名前だな」

「コメントしづらいなんて言ってるなら、歴史をちゃんと勉強しておく事ね」

「む……」

「ちなみに私は『マリー』って愛称を付けてるわ。ちょっと呼びにくいから」

「お前は歴史を大事にする気があるのかないのか、どっちだよ」

 翼がツッコミを入れる。が、すぐに返された。

「歴史は歴史、武器は武器よ。戦場で呼び名噛んで死んだなんて、笑いものにもならないわ」

「お前は屁理屈こねさせたら一級品だな。先輩にも負けていない」

「そういうの、面と向かって言うものかしら」

 ……さっきから我慢はしてたんだがな。

「……言わないと聞かないからな」

「そうね。私たちは言葉でしか分かり合えないわ」

「じゃあ、少しは理解してくれるのか?」

「私は少し人に言われたくらいで、生き方を変えたりはしないわ」

 ……だとは思った。

 翼は半眼になって飛鳥を見つめたが、その視線もあっさり流されてしまう。

「この不毛なやり取りにもそろそろ飽きてきた。なのでさっさと話を進めるが、『血まみれのメアリー』にはどんな能力があるんだ?」

「とりあえず『血液操作』で操れるわ」

「え?血液なのか?」

「そういう能力なの。一応『血を吸い過ぎた武器』って加護が付いてるみたいだけど、他に役に立つこともないから、私の能力に合わせた武器ね」

 ……待てよ?

 翼は少し考えると、慎重に尋ねた。

「それって遠距離でも使えて回収可能で、手持ちしなくても近距離で使えるんじゃないか?」

「そんな便利な物じゃないわ。言い忘れたけど、血液ほど精密に制御できないのよ。質量が大きすぎるのが悪いのかしら?とにかく、手元に持ってくるとか、そのくらいに使える程度ね」

「質量が大きすぎるって……そんなものよくあんなに振り回せるな」

「基本的に自分専用の武器というは、手持ちすると加護で体感的な質量に軽減作用が掛かるのよ?つまり、手で持ってる限り、重さはほとんど感じないの」

「そうなのか。でも質量自体は存在するんだから……」

 翼の疑問に対して、飛鳥はクスリと笑った。

「慣れてないと武器に振り回されるわね。だから専用の武器は長く使って修練を積むのよ」

「そうか……」

「でも、あなたは専用の武器は持ってないのね?」

「あ、いや」

「今のは基礎知識なんだから、持っているなら知っているでしょう?」

「あー、そうだな」

「……まあいいわ。で、私が教えられるのはこのくらいなんだけど、そろそろあなたの能力の話に移っていいかしら?」

「ああ。別にかまわない」

 そう言って翼は一度目を閉じると息を吸って、吐いた。そして目を開く。

「俺の能力……能力と言っていいのか分からないが、俺の力は『不死の呪い』という」

「呪い……?」

「ああ、呪いなんだ。ここに俺が戦わない訳がある」

「いいわ。説明を続けて」

「俺の力は元々、先祖が永遠の命を求めたことから始まったものなんだ。そして、そのためには、恐ろしいほどの対価が必要だった」

 翼は一度視線を下げだ。まるで、話をすることが恐怖と戦うように、強く拳を握りこんだが、直後に顔を上げると、決意したように真っ直ぐな視線になっていた。

「恐ろしいほど、ね。何かしら?」

「対価は……たぶん『争いを招く』だった」

「あら、随分と自信なさそうなのね」

「ハッキリとした記録なんか残っちゃいない。それに、俺の能力に関して誰も研究なんてしてないし、理解できる人間なんていないんだよ。さっきの不死に関する話と同じだ」

「でも自分の能力なんて、手足を扱うように理解できるものでしょう?」

「だから『呪い』なんだよ」

「なるほどね。でも、あまり恐ろしい対価に感じられなかったのだけれど?」

 ……最初はみんな、そんな風に感じるんだろうな。

「この呪いは、一度争いを始めると終わらなくなる。争いを解決するために争いを招き、その争いを解決するために……と、永遠に続くんだ」

「自分は死なないのでしょう?問題は何もないわ」

 ……そう、だからこの呪いは恐ろしい。

 問題ないと思えなければ、誰もこんなもの始めなかったはずだ、と翼は考える。

「だが、周りの人は死ぬ。この呪いは死を招くんだ。つまり、要求された対価は『周りの人間の命』だった」

「……っ!」

 飛鳥は『呪い』の恐ろしさを感じ取り、僅かに言葉に詰まる。

「周囲の人間を短命にして、自分だけ不死になるなんて出来るか?たとえそれを選んでも、最後に残るのは屍の山だけだ。実際にこれを始めた始祖も、受け継いできた先祖たちも、周りの人の死から逃れられずに孤独になっていった」

 しかし、飛鳥もすぐに反論を再開する。

「……でも、たとえ争いの中でも生きていける人もいるわ」

「ただ、うちの家族は違った」

「家族……?」

「父さんと母さんと、弟。皆、戦闘に巻き込んだ。この呪いは隔世遺伝で、先代は祖父。家族で『呪い』があるのは俺だけだった。でも、戦闘に巻き込んでしまった」

「それで、どうなったの?」

 飛鳥はおそらく無意識に身を乗り出し、まるで何かと戦うようでもあると思えた。

「幸い、生活に影響が出る怪我は負わなかった。けど、俺は自分しか守れなくて、家族ですら守りきれなかったのに――それなのに『また一緒に住もう』って言われたのが一番辛かった」

「え?どうして?」

「家族だから、信頼してくれていることも、大事にしてくれていることも分かっていた。でも、俺だって大切に思っていたんだ。なのに、あと一歩で殺してしまったかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった」

「それはあなたのせいじゃないわ」

「そんな風に割り切れる訳ないさ。まして、この世で唯一の自分の家族の事を、な」

「でも、そんな風に言うのなら、今はその家族と離れているんでしょう?」

「だけど、家族だけが大切な訳じゃない、生きていれば誰かと繋がっている。他に誰か巻き込むのかもしれないのに、自分の家族が守れればそれでいい、なんて言える訳ないだろう」

「そんな事は出来ない?甘えるんじゃないわ。そんなの自己満足でしょう!」

 飛鳥の鋭い声に、思わず何も言い返すことが出来なくなった。

「あなたが誰を巻き込もうと、知ったことではないわ。それでどれだけ苦しもうともね」

「戦場に立てば、必ず大切な人が傷つくと分かっているのにか?」

 何とか言葉を返す、だが飛鳥はそれにもすぐに対応する。

「それなら、戦場に立たずに大切な人が傷ついたら、あなたはどうするの?」

「それは……」

「それにね、戦場で他人の心配のフリをしてるなんて、腹が立つだけだわ。どうせ悩むなら最初の理由の方がマシよ。あなたは復活の保証がない、だから死を恐れる。その方が分かりやすくてよっぽどいいわ」

「いや、そんなことなんて……」

 と、翼の言葉に飛鳥が再び鋭い声を飛ばした。

「そんなこと?あなたの命でしょう?それをそんなことなんて言うの?」

「だけど、人は慣れてしまうんだよ」

 ……普通に考えれば恐ろしい言葉だ。

 死に慣れる。思わず自分の口から出た言葉が、結局自分の運命を表している気がした。

 だが、飛鳥の反応は違った。

「そう、それが――慣れてしまう自分というのが怖かったのね」

「――っ」

 ……その通りだ。

 結局、呪いからは逃れられなかった。言い訳をしても、だんだんと死なない自分を受け入れてしまうことが逆に怖かった。

「やっとあなたの本音が少しだけ聞けたわ」

 その言葉に、翼は思わず息を飲んだ。だが、

「……家族が大事だっていうのは本音だぞ」

「そう。それは私じゃなくあなたの家族に言うべき言葉ね」

 ……本当に何の話がしたいんだ。

 やたらと自信満々に言われると正しい気がするが、全然関係ない話をいきなりしているので恐ろしい、と思うと同時に納得しかけた自分にため息を吐いた。

「しかし、一つ聞かせてくれないか……俺たちは人間なのか?」

「人間……ね。あなたも唐突な話をするわね。一応、理由を聞こうかしら?」

「俺たちは能力を持っている。考え、意志を持ってはいるが、地球上のどの生物よりも、遥かに強くなり、監獄に放り込まれた。それでも人間なのか?」

「そんなことで悩んでいたの?それなら私は簡単に答えが出せるわ。私たちは人間よ」

 飛鳥は何の迷いもなく、はっきりと言い切った。

「どうして言い切れる?」

「だって、どんなに戦いに強くなっても、私たちは一人で生きていけないもの」

「そんなことで?」

「大事なことよ。それに、強さとか弱さとか知ったことじゃないのよ。私たちは一人では生きていけない。それは確かなこと、それで充分だわ」

「でも例えば獣だったとしても。群れも家族もあるだろ?」

 納得いかない翼は疑問を重ねるが、飛鳥は自信満々に答え続ける。

「ええ。そういうものもいるわ。だから人間だけが持っているわけじゃない。それは思い上がりよ。ただ、人間に繋がりは不可欠ってだけよ。さっきあなたも自分で言っていたでしょう?」

「繋がりは不可欠……ね」

「家族、親友、あるいは他人。繋がりを完全に切って一人になったら、私たちは生きていけないわ。だから、私たちはまだ人間なのよ」

「……なるほど」

「で、この話は一体何の意味があったのかしら?」

「そう焦るな。まあ昔、弟に言われたんだ。『全く死なないなんて、化け物みたいだ』ってな」

「なるほどね……」

「一度言われただけで、本当にそんなこと思ってる訳じゃないってのは分かっている。でも、感じたままの心なんだろう。だからこそ思うんだ。『俺は一体何者なのか』ってな……」

 ……そう、呪いから逃れられない俺はどんどん人間から離れていく。

 でも、さっきの飛鳥の言葉は、少なくともまだ自分は化け物ではないと思わせてくれた。

「そう。一言でそんなに心揺らぐとは、確かに家族が重要というのは嘘ではないようね?」

「ああ、俺の能力はあまり他人に教えられないから、知り合いも少ないんだ。それに、もしもの時にまた巻き込みたくないしな」

「そう。またそれなのね」

 飛鳥は少し呆れるように息を吐いた。だが、翼は鋭い視線を返す。

「俺は、自分の力を使えばどうなるかくらいは、分かってるつもりだ」

「それは、自分は死なない場所に居たくて、誰も傷つけたくなくて、誰も失いたくないってことじゃないのかしら?」

「……違う。俺は、自分から大切なものを傷つけたりはしたくない、それだけだ」

 翼の否定にも、飛鳥は疑問を続ける。

「それで死から逃れて、争いから逃れて、あなたは何を得るの?」

「俺は――」

「死を恐れてでも、大切な物をその手で守り抜いて、生き抜くために、利己的にならないの?」

 答えるより早く強い言葉が来る。だんだんと、飛鳥の声も強くなっていた。

「この手は、守るべきものまで傷つけてしまうから――」

「それは、楽に生きるための言い訳だわ」

 そして、飛鳥ははっきりと言い切った。

「あなたには楽をして生きる、なんてないのよ。生き抜いて苦しむのよ」

「それはそっちの勝手な決めつけだろう?」

 言い返す言葉にも耳を貸さず、飛鳥は言葉を繋ぐ。

「でも、実際に一つ決まっていることだわ。生きて、生きて、生き抜いて。そして、最後には死ぬ。それは、誰であろうと同じであるはずよ。そして、あなたはそれをしていない」

「――っ」

 翼が言葉に詰まったその時、

「一人の人間として生きたいなら、もっとどうするのか考えなさい」

 飛鳥はこれまでにない強い口調ではっきりと、

「大体、巻き込みたくないとか、傷付けたくないとか、そんなもの全て、利己的な思いの塊よ」

 続けざまに言葉を重ね、

「どうせ利己的な自己満足なら、誰かを守るために力を使う覚悟を決めたらどうかしら?」

 大げさな手振りも合わせると、

「そして、決めるのなら――死ぬまでに守れるもの、守り抜いて見せなさい」

 その声で貫き、

「たとえわずかでも、守り抜いたらあなたの勝ちよ。簡単でしょう?」

 最後にフッと笑みを加えた。

 ……くそ、本当に簡単そうに言いやがる。

「でも、それがどれだけ大変か。俺がどれだけ失うか、分かってるのか」

「私は分からないわ」

 ……何?

「だって、私はあなたじゃないもの。分かるはずがないわ」

「これまで散々人のこと分かってるような話をしておいて、何なんだ?」

「でも、あなたと私は、似ているところがあるでしょう?」

「似ている?」

「失うことの怖さを知っている、ということよ」

「……知っているから、こうしてためらっているんだろ?」

「それはいいことなのだと思うわ。絶望を知っているものが悩んで答えを出すことには意味がある。それは本人だけじゃない、他者の希望にもなるのだと私は信じているの」

「随分君としては楽観的だな」

「あなたほど悲観していないだけよ。だから必ず、答えを出して」

 その言葉には、強い意志があったと感じた。なので、

「……分かったよ」

 と答えた。

「覚悟を決めるのはあなたよ。他の誰にも、あなたの覚悟は決められないのだから」

「今まで散々口を出したのは?」

「これはただの助言。決断するのはあなたよ。決めるのも、責任を取るのもあなた」

 ……それは随分と都合のいい言い方だな。

 そう思いながら、翼は少し疲れた頭で苦笑する。

「はぁ……相変わらずの物言いだな」

「あら、忘れているようだけど、私もあなたと繋がりがある人間なのよ?」

「む」

「そして、私は簡単に失われるつもりはないわ」

 ……つまり、自分はずっと隣にいてやるって言いたいのか?

「同じことを言ってくれる人、他にもいるでしょうね。つまり、今のあなたが勝手に一人になろうなんて、おこがましい考えなのよ。分かった?」

 ……あなたは一人じゃない、ってか。

「一人になろうとするなら、追いかけてでも捕まえてみせる。だってあなたは、お姉様と繋がっているのだから」

 ……最後はそこなのか。

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