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第18章「弁明の時間」

 時間は少し遡って夕方。翼は、先を急ぐ飛鳥を追いかけていた。

「そんなに急いでいかなくても……」

「聞こえてるわよ。急いでるんじゃなくて、怒っているの。あなたの曖昧な態度にね」

 またそれか、と翼は思ったが、口には出さないでおいた。

 やがて、飛鳥は大きな門の前で足を止めた。

 ……ここに何か用があるのか?

 と、飛鳥はいきなり門をくぐると、中に入ってしまった。

「ええっ!」

「何?」

「勝手に入ったら怒られるだろう……?」

 翼は辺りを見回した。しかし、何も起こらない。

「怒られるわけないわ」

 何故か飛鳥は自信満々だった。

「勝手な侵入者がいたら、警報が鳴るわ。そもそも侵入者はこの門をくぐれないわよ」

「そう……で、なんでそんな詳しいんだ?」

「だってここ、私の家だもの」

「えええええっ!」

「そんなに驚くことないじゃない」

 いつも戦闘ばかりしてる奴が、こんな武家屋敷の様なでかい屋敷に住んでいれば、誰でも驚くだろうと翼は思った。

「そんなにすごいものかしら。まあ、当主のおばあ様の趣味よ」

「そうか……」

 そう言われても門だけでも見上げるような屋敷では、流石にすごいとしか言いようがない。しかも暗くなっているので分からないが、実は明るくても屋敷の広さが把握できない気がする。

「まあいいわ。なんだか納得いかないけど、とりあえず先に適当な部屋に案内してもらっていて。私は荷物を置いてくるわ」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「まだ何か?」

 少し不機嫌そうな顔で振り返る飛鳥に、翼は尋ねた。

「君の家で大丈夫なのか?人に聞かれたくない話だって言っただろう?」

「ああ、それなら心配ないわ」

 そう答え、飛鳥はクスッと軽く笑う。

「むしろ、ここより安全な場所なんて、この都市には存在しないくらいだから」

「どういう意味だ?」

「いずれ分かるわ。あなたもここに立てているのだから、認められているのでしょうし」

 そんな意味深なことを言って、飛鳥は先に入って行ってしまった。

 ……しかし、やっぱりすごい所だな。

 翼は、門をくぐるときに思わず笑ってしまった。


                    ●          ●


 飛鳥は翼の居る部屋の戸を開けた。と、翼が何かを隠そうとしているのが見えた。

「何をしているの?」

「あ、いや。なんでもないんだ。本当に」

 ……この慌てぶり、何かあるわね。

「隠しても無駄よ。私はあなたが死なないことは知っているの。いざとなれば殺してでも確かめるわ。諦めなさい」

「確かめられるために死ぬって、対価が間違ってないか!?あと、人を勝手に不死身にするな!」

「なら、私はあなたが殺せるの?」

 その問いに対して、翼は少し目を伏せた。

「その答えは分からない、だ。俺が死んだとき必ず生き返るなんて、誰も保証してくれない」

「あらそう。私は死んだときに生き返らないって確実に保証されているわ。確かにその方が安心かもしれないわね。――随分とぶっ飛んだ安心だけれども」

 はっきりと言いかえしながらも、飛鳥は内心で苦笑していた。

 ……本当に、私はなんの話をしているのかしら。

 だが、次にきた翼からの言葉は、意外と言えるものであり、また予想通りでもあった。

「だから、俺は自分から死ぬような真似をしたいわけじゃない」

「それが戦いを避ける理由?随分と利己的ね」

 ……正直、気に入らないけれど、まだ許せる理由ね。

「いや、それもあるが……それが全てじゃない。ちゃんと話はする」

 ふむ、と飛鳥は頷くと、改めて尋ねる。

「で、その後ろに隠しているのは何なのか、いい加減教えて貰えるかしら」

「あ、これは……」

 と、翼の後ろからそれが出てきた。半透明になった。少女。

「あー……」

 翼は、困った顔をしたまま、固まっていた。だが、飛鳥はすぐに反応した。

京花(きょうか)お姉様!」

 飛鳥はその半透明の少女に抱きつこうとした。しかし、それは空を切った。

「え?」

「……っと」

 そして、翼に冷静に抱き留められた。しかし、飛鳥はそれに動じる様子もなく話を続ける。

「どういうこと?」

「何が?というかそれはこっちの台詞じゃないのか?」

「どうして死んだはずの京花お姉様が、ここに居るのかって聞いてるのよ。それもまるで、幽霊みたいな姿で!」

 ……さあ、きっちり説明してもらうわ!

 しかし、翼は何事も無いかのように答えた。

「ああ、どうやら京花は俺に憑いているらしい」

「は?」

 流石の飛鳥もそこで固まった。

 ……憑いてる、憑いてるって?

 やっぱりお姉様は死んでいる。それは間違いない。死人は生き返らない。目の前の人間は死人にならないだけだ。と、そこまで考えて飛鳥は尋ねることにした。

「あなたとお姉様はどんな関係で、今どういう状態になっているのか詳しく説明しなさい」

「慌てるな、言われなくてもちゃんとする」

 翼は片手を顔の前に差し出して、今にも掴みかからんとする飛鳥を止めた。

「俺と京花が出会ったのは、小さい頃だ」

「それはそうよ。お姉様は幼少の頃に亡くなっているもの」

 ……そうよ。

 あの時、まだ小さかった日に起きた喪失で、この世の意味を全て失った――気がしたのだ。

「いちいちツッコむな。まあそれで、要は子供の頃からの友達だったって訳だ」

「思い切り省いたわね」

 飛鳥はやや不機嫌な顔になってみせたが、翼は完全に無視した。

「何言っても文句が来るようだから、もう反応しないぞ。で、京花の能力は覚えてるな?」

「ええ。『強化能力者(ブースター)』。他者の能力を強化できるという、非常に稀な能力だったわ」

 ……ああ、あんなに賢く、優しく、そして心強かったお姉様。

 飛鳥は少し天井を仰ぎ、微かな感傷に浸る。だが、すぐに現実の話へと意識を戻した。

「そして、京花自身も凄まじい才能の持ち主だった。京花の手にかかれば、誰でもこの都市を支配する能力者になれるだろうと言われるほどに」

「それゆえに、もし元からこの都市を支配する実力のある――例えば今の生徒会長なんかと、お姉様が組んだら、世界が滅びるという予測がなされたのね」

 ……世界が滅びるという、予測くらいで。

「結果として、京花は殺された。世界を守るためにな」

「誰が殺したのかは不明――。ふざけた話だわ」

 ……本当に、ふざけた話。

 飛鳥は、フッと息を吐いた。翼も、一度息を吐いてから、言葉を続けた。

「だが、その京花殺害の現場にもう一人、人間がいたのはほとんど知られていない」

 ……え?

 それは飛鳥にとって、予想外の事実だった。

「目撃者がいたの!?でも、そんなの消されるはずじゃ――」

「俺だ。だから俺は、一度消されている」

 慌てる飛鳥の言葉に被せる様に、翼が話を続けた。そして、身を乗り出しかけていた飛鳥は、力の抜けたようにへたり込んだ。

「納得したわ。死なない人間なんて例外って訳ね」

「子供だったから、相手も確認なんてしていなかったしな」

 ……本当に、とんでもない例外だわ。

「そう、で。なんでお姉様はあなたに憑いているの?」

「それはよく分からん。最後に一緒に居たからじゃないだろうか」

「いい加減だけど、その方が納得できるわ。想ってる人なら、私の所に来てくれるはずだもの」

「本気で言っ……いや、なんでもない。そういう事で、霊みたいな京花がたまに出てくる」

 一瞬飛鳥に睨まれ、翼はすぐに言葉を訂正した。

 ……たまにということは、四六時中ではないのね。

 と、漂っている京花と目が合った。優しく微笑んでいる顔は記憶にある京花そのものだ。飛鳥は軽く笑みを返し、翼との会話に意識を戻す。

「それで、結局あなたはお姉様を殺した犯人を知っているの?」

「いや、その時の記憶は曖昧になっているんだ。京花が殺されたことがショックだったのか、それとも犯人の能力なのか。実を言うと、京花のこと自体、最近になるまで思い出せなかった」

 ……思い出せなかった?

「興味深い話ね」

「おや、罵らないんだな」

「罵ってほしいならそうするわ。でも今は犯人の手掛かりの方が重要。それに、犯人を見つけたら罵るぐらいじゃすまないことをするから、別にあなたを罵る必要性を感じないわ」

 ……そう、ついに見つけた手がかりが目の前にあるのよ。

「何をする気だよ。話を戻すが、結局俺が京花を思い出したのは、霊の京花を見たからだった」

「実際にお姉様を見るまで……それじゃあ手詰まりかしら」

 飛鳥はわざとらしく肩をすくめてみせる。だが、翼はしばらく考えこんだ後に答えた。

「……あとは、実際に犯人に会うことがあれば思い出すんじゃないかと思う」

 ……それが答えね。

 確かに言いづらい事だ。相手はお姉様を殺した。並みの相手ではないだろう、と飛鳥も思う。

「手がかりはあるの?」

「世界の平和のために殺されたんだ。おそらく犯人は『統治機関』に居る」

 ……随分はっきりと言い切るわね。

 これが自分の身の振り方に悩んでいる人の言動なのか、と飛鳥は思ってしまう。相変わらず変な人だ。その結論に至るには、いろいろ調べる事もあっただろうに。

「この都市の管理機関が、随分と胡散臭い事までやっていると考えているのね」

「中で戦争やってるような監獄の看守が、まともな奴だと思うのか?」

 ……以前言った事の仕返しかしら?

 そう思うと、最初に会った時のことが思い出されて、少し笑いそうになった。

「いいえ。私も犯人はあそこ以外にはいないとは思うけれど、規模が大きすぎるわ」

「そうだな。『統治機関』直属の暗殺部隊がいるってのは昔から都市伝説であるが」

「何?『統治機関』だから都市伝説って、それは笑えないジョークかしら?」

 ……本当に、笑えないジョークだったらよかったのに。

「いや、真面目な話なんだがな」

「まあ、実は私もそこの所属なのよね」

「え?」

 翼が信じられないというような表情をしている。

 ……そんな人間がいるなんて、初めて聞いたのね。

「正確には、残党だわ。私の居た部署は数か月前に消滅……いえ、壊滅したの」

「どういう事だ?」

 翼はまだ疑いの表情をしていた。本当のことだと思っていないようだ。

「私は学園生であると同時に、逸脱能力者警戒連盟、通称『逸能連』の所属でもあったのよ」

「それは……」

「つまり、私は極端な目的を持ってしまった能力者を裁く権利を持って行動をしていたの。あなたと初めて会った時の戦闘はそういうこと」

 だが、翼は疑うことを止めていた。だが、少し考えた後、意外な言葉を言った。

「それって、京花を殺した奴らと同じ……」

「違うわ」

 しかし、はっきりと、飛鳥は言い放った。

「言ったでしょう、私は『極端な目的を持ってしまった能力者』と。つまり、頭がおかしくなってしまった連中を相手にしているだけよ。それに私は裁く。殺すんじゃなくて、捕まえるの」

「それって、上手くいってるのか?」

「ええ。この前の奴もちゃんと捕まえたのよ?お姉様だって、ちゃんと話し合っていれば、殺されずに済んでいたはずよ」

 ……あんなに頭が良くて、争いなんて好まない人だったんですもの。

 飛鳥はふと、京花の優しい笑顔を思い出していた。と、目の前にまた京花が漂って来ていた。

「ちょっといきなり別の話で悪いんだけど、今のお姉様は特に意志はないの?」

「う……それは分からない。会話が出来ないからな」

 ……役立たずね。

 こう、アイコンタクトとかで何とかならないかと思ったが、京花が漂ってしまってなかなかこちらと目が合わなかった。と、翼が話を再開したので、後で試すことにした。

「で、なんの話をしていたんだっけ。そう、結局のところ、そんな仕事についてるのは……」

「ええ。お姉様の無念を晴らすため。それから、能力者殺しを担当している人がいるという噂を探って、なんとかお姉様を殺した犯人を捜していたのだけど、無理だったわ」

「で、部署が壊滅したとか言ってなかったか?」

 ……そうね。

「数か月前にね。クーデターがあったのよ。何に不満があったのか、どうやっていろんな人を説得したのかは分からないわ。話した通り、私の部署は比較的穏健派だったのだけど、今度はそうはいかない、急進派とでも言えば良いのかしら?そういう人たちが一番上になった」

 ……どうして、あんなことになったのかしら。

 自分のやってきた事は無駄だったのだろうか。京花を失ったのが人生最大の喪失なら、あの日は人生で二番目の喪失だろう。

「それで、どうなったんだ?」

「邪魔者を全て排除するようになったわ。内でも外でもね。私の部署も邪魔者扱いされて、危うく殺されるところだったわ。おかげで今の『統治機関』は滅茶苦茶よ」

 ……私はなんでこんな、外向けの事実だけ説明できるのかしらね。

 本当の体感した事実は、こんなものじゃない。一緒に仕事を頑張ってきた仲間の多くが、あっさりと命を奪われた。言い様のない理不尽に怒っている暇さえ与えてもらえず、生き延びることで必死だったのだ。気付けば全てが終わって、生き残りはわずかだった。

「それで、先輩が大変だって言ってたのか……」

「生徒会長、ね。あの人はおそらくこの都市で最も警戒されてるでしょう。彼女の『念動力(サイコキネシス)』は強力過ぎるわ。お姉様と同じように、相手は殺しに来るわ」

「まあ、先輩ならあんまり心配はいらない。簡単には殺せないからな」

「そう……ね。ただ、いくら強力な能力でも、過信はしない方がいいわ」

 ……正直、お姉様が殺されるなんて、私は考えてもいなかったわ。

 京花の能力は自身には何も与えない。しかし、ある程度の能力者から離れなければ、殺されることはないのだ。だが、それでも相手が本気で殺しに来るなら、巻き添えを出すことになる。それは千鶴も同様だ。本気で戦えば、周りを大きく傷つける。

「あの人は自分の能力の弱点くらい把握はしているさ。それに、強力な護衛も居るしな。能力といえば、君の能力は一体何なんだ?」

 と、その翼のいきなりの問いに対し、飛鳥も問い返した。

「それならば、私はあなたの能力の秘密をまだ聞いていないのだけれど」

「む、どっちから話す?」

「面倒だから、私から話すわ。でもその前に……」

 そこで、飛鳥は言葉を切ると腰を上げ、振り返った。

「その前に?」

「のどが渇いたわ。少し休憩しましょう」

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