第15章「暗闇の罠」
鶫は空を駆け抜けていく。その眼下には暗闇があった。どうやら、こちらの知覚を完全に遮断しているようだ。あの千鶴でさえ中が分からないのだ。
……ここは、飛び込むしかないか。
覚悟を決めると、降下した。視界を闇が黒く染めていく。
……これは――
鶫は突然、視覚がおかしくなるのを感じた。とっさに下がることも出来ず、出来たのはその場に着地することだけだった。
「なんだ、これは!?」
闇に包まれた鶫は混乱していた。右、左、上、下。全ての方向が認識できなくなっていた。
頭では、後ろに下がればこの闇から出られると理解している。しかし、後ろという方向が認識できないために、一歩も動けずにいた。
……落ち着け。後ろに下がるだけならば……
まず、目を閉じた。今、視覚で認識できるものは混乱を招くだけだ。そのまま、摺り足で後ろに下がって行く。ゆっくりとした速度ではあったが、確実に脱出に近づいてはいた。
……このまま行けば……!
だが、当然それを邪魔する者がいた。
……殺気!?
どの方向から来るか分からない攻撃に備えた。時間がゆっくり流れるような気がする。
「そこかッ――!」
鶫の防御は、何とか間に合った。攻撃は爆発だったのは言わずもがなだが、吹き飛ばされたことで、完全に方向が分からなくなっていた。
「くっ……」
どこに動けばいいのか分からない。それは恐怖だ。言い様のない恐怖が体を支配した。目は開いているのだが、そこから入ってくる情報は脳で処理できないものになっている。
……マズいな
このままでは立っていることさえ出来なくなる。上下さえ視覚では認識出来ない状態で、なお立っていられるのは、かろうじて足の裏に地面の感覚があるからだ。
次の攻撃が来れば危ないのは十分分かっている。早くここから脱出したいところだが……
……ん?
その時だった。唐突に、何かが通り過ぎる音が聞こえた。
「音……?」
そして鶫はこの闇の中でも、自分の聴覚がまだ使えることに気が付いた。普段通りとはいかないが、微かに音は聞こえる。完全に使えないのは視覚だけのようだ。
……だからさっきの爆発を躱せたのか。
そしてこの音はおそらく――
「秋時の弾丸か!」
そう結論付け、音のする方へと自分の耳を頼りに飛んだ。
途中で弾丸が一発、体を掠めた。が、それで自分の推測が間違いでなかったことを知ると、一気に羽ばたく。そして――鶫は光の元へと脱出した。
● ●
秋時は鶫を信じて射撃を続けていたが、その姿が見えたので少し安心した。
「一時はどうなるかと思ったな」
鶫が暗闇に入った後は、その存在まで知覚出来なくなっていたが――
……そのせいで能力まで使えなくなったときは、流石に焦った。
いや、あの時のことを言うなら、使えはするが、役に立たなくなったと言う方が正しい。たとえ弾道を操れる『魔法の弾丸』とて、的が知覚できなれば無用の長物だ。
……最終的に射撃を続けることで、姉さんを外へと誘導した訳だが。
しかし、目の前の状況はあまり安心出来るものではなくなっていた。
「ここで奇襲か!」
思わず声を荒げる。暗闇から十和と九恩が鶫に襲いかかろうとしていた。
「くッ!」
言葉にしない形で銃の名前を呼ぶ。と、手元の拳銃『アルテミス』が素早く虚空に消え、別の銃が現れた。短機関銃『ルナ』だ。
……いくぞ!
引き金を引くと同時に大量の弾がばら撒かれる。しかし、『魔法の弾丸』が発動した。
「――っ!」
たとえ全ての弾丸の軌道を操れるとしても、連射しているならば全てを当てるのは困難だ。故に、大きく外れた弾丸のみを操るのだが、それでも尋常ではない集中が必要となる。
「「……!」」
それでも、集中しただけの価値はあった。集められた弾丸は一瞬で十和を撃ち抜く。
……次!
左右に敵がいる以上、中央の鶫は上手くすり抜けなければならない、弾を当てないように全て逸らしつつ、しかし連射を持続させた。
……おおおおお!
最後の一瞬に極限の集中を叩き込み、九恩を蜂の巣にした。
「はぁ……はぁ……」
一瞬に全力を注いだ分、秋時は息を切らせて倒れる寸前のような状態だった。
「これで、つまらん奇襲は防いだぞ!」
しかし、力の限り叫んだ。と、その声に答えるものがあった。
「どうかな」
その一声と共に、次なる罠が展開したのだった。