第11章「王者の力」
鶫は爆風に乗って空を飛んでいた。瞬時の判断で上に逃げたのは正解だった。
『傲慢狩りの合成獣』にはさまざまな身体強化能力があるが、その最大の特徴というか、見た目がもっとも変わるのは間違いなくこれだろうと思う。
――翼が生えるのだ。
そもそもグリフォンとは、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ伝説の生き物だ。
……相変わらず自分の力ながら、とんでもない組み合わせだな。
鳥の王・獣の王の合体とは、かなり反則的だ。鶫は昔、この力が嫌いだった。見た目の変化が気持ち悪く、力は強すぎて扱えず居場所がない。そんな鶫はよく適当に飛び回っていた。
そして――
……千鶴に会った。
最初は変な奴だと思った。何よりも会って第一声が、
「おや、天使が降りて来るとは。今日の私はツイているな」
……だったもんな。
でも、気が付けば副会長にされ、隣にいるのが当たり前になっていて……
そこで鶫は、下を見た。どんな力かは分からないが、あのメイド――十和が傷一つなくそこに立っていた。しかし、鶫は動揺することも、臆することもなく、攻撃に移る。
「そう。私は今、こうして全力で力を使える場がある!」
鶫は叫びに合わせて急降下と共に拳を叩き込んだ。加速した拳は、強烈な威力を持つ。
……私は、千鶴を守るために力を使えるのが嬉しい。
と、拳が直撃したはずの十和がナイフを抜き放ち、再びこちらに襲い掛かってくる。
……死にはしなくても、気絶くらいはしているはずだが。
その攻撃をあっさりと捌いた鶫は、『傲慢狩りの合成獣』の力を再び発動する。基本的に翼以外に見た目が変化するものはない。今度は爪を展開したが、現実に爪が出るわけではなく、爪があるかのように切り裂く力の付与が行われた。言わば『幻影の爪』だ。
「はぁッ!」
鋭利な爪が相手の体に爪痕を刻む。だが、その傷をも無視して十和は突撃を継続する。
……それは予想済みだ。
遠慮なく二撃目の蹴りを叩き込む。『傲慢狩りの合成獣』の力が付与されている以上、常人の蹴りではない。蹴られた十和は一瞬で壁に叩きつけられた。
「まいったな、壁を壊してしまっ……」
壁の一部にひびが入ったのを見て鶫は呟いたが、それは途中で止まった。
……傷が回復している!?
それも驚異的なスピードだった。十和はまるで時間を逆戻しにするように、爪痕も服も元通りに治ってしまった。おそらく、蹴りのダメージからもすぐに回復するだろう。
……こいつは厄介だな。
鶫はすぐに判断を下した。羽ばたいて飛び上がり、倒れている十和を上空から強襲する。
だが、急降下に合わせた拳は予想外にも避けられた。相手も勘だったのだろうが、動けるようになったと同時に横に転がったのだ。正確な狙いが逆に仇となった。
「……っ!」
どちらが息をのんだのか。あるいはお互いだったのかもしれない。一瞬の緊張の中で、十和の攻撃手段は拳銃だった。しかし銃弾が放たれる前に、それは爪によってスライスされていた。
「なっ……!?」
今度は十和の声だ。鶫は戸惑う必要などない。冷静に相手の体の中央を、まとめた爪の一撃によって刺し貫く。そして、十和の体を掴むと翼を広げて飛び立った。
「終わりだ」
最終的に、鶫は十和を木の枝に放った。そのまま、百舌のはやにえのように突き刺さる。
「これで、とりあえずは動けないだろう」
……誰かに見つからないといいんだがな。
そう思いながら、鶫はひとまず千鶴の元へと向かった。
● ●
銃声が鳴り響き、千鶴は頭を撃ち抜かれた――ように見えた。しかし銃弾は、届くことなく地面へと落ちた。
「全く、殺す気か」
「そのつもりですが」
九恩と名乗ったメイドが答える。
「メイド相手だろうと、私は殺されるつもりはないよ」
……フッ、私は美しいもの、可愛いものでなければ、別に揺らがないのだ。
「そう、キミのようなメイド、所詮出来損ないだよ。美しくない」
……決まった。
だが、千鶴は気が付いた。後ろから来る疑惑の視線に。その視線の元は、水月だった。
「あれ?私ってひょっとして信用ない?」
後ろでコクコクと水月が頷いている。彼女がこんなオーバーリアクションをするのは珍しい。
「これでも私は、好みの子は選んでいるんだが……」
……何より――私の本命は決まっている!
メイドが流れるように射撃してくるのを、千鶴は全て叩き落とした。
「何なのですか、その力は」
続けて、九恩の手から拳銃が吹き飛ぶ。
「おや、私の力も知らずに私を殺そうとする輩がいたとはね」
そして、無手となった九恩自身が打撃され、いきなり吹き飛ばされた。
「とんだ無策、無謀、無知だと笑ってあげよう!」
さらに空中にいる九恩に、連続で打撃が入る。しかし、千鶴はその知覚で感じていた。
……ダメージが回復している……!
千鶴は確かめるために、メイドを地面へと叩きつけた。
だが、異常なスピードで回復が始まる。ダメージが回復すること自体、正常ではないのだが。
……医療の神の加護を受けるとか、そういうものではあるまい。
「ふむ……」
中にはそういうものもいる。が、ここまで反則的な回復となると、
……後輩に一人いるか。ま、あれは例外だな。
千鶴はさらなる追撃として、地面に叩きつけた九恩の手足の骨を押し潰すように粉砕した。
しかし、相手はすぐに再生を始める。
……これでは物理的に殺すことは出来ないか。
「死なない力とは……面白い」
……本当に面白い。しかしそうでなければ私を相手に戦いにもならないだろう。
「私にぶつけるには最適な人形だ」
そこで千鶴はフッと笑みを作った。
……一体誰が、これをぶつけて来たのか。やはり『統治機関』か。
「そう、この私――『念動力』にぶつけるには、ね」