第10章「夜の武闘会」
水月は離れた場所に跳躍し、引き続き小春と連絡を取っていた。
『思わぬ邪魔が入ったので、仕事は失敗してしまいましたが……』
『問題ない。俺の方で処理しておいた。それより早く戻れ。もう暗くなる』
『分かりました』
……私は、小春さんの期待通りに動けたのでしょうか?
水月はそう思いつつも、一刻も早く戻らねばと思い直した。しかし……
……体が――動かない?
腕や足どころか、指の一本まで。それはまるで見えない何かに押さえつけられるようだった。
「ふっふっふっ……捕まえたぞ!『情報屋』!」
「千鶴。それは悪役の台詞だ」
「いいじゃないか悪役!世界を守るために我々は悪にもなろう!」
「では言い直してやる――それは小物の台詞だ」
「それは困るな。私は力と合わせて常に大物でなくては」
「お前の大物っぷりにはちょっと関心するよ」
……なんでしょう。あの妙に息の合っているけれど、こっちが入りにくい空気……
人見知りで小春以外の人は話も出来ない自分としては、あまり関わりたくないと思う。
「おい。相手の子が嫌そうな顔しているぞ、早く話を進めろ」
「うむ。まあ単刀直入に言おう。君は――人質だ」
……えっ?
その瞬間、水月の表情が怯えたものに変わると同時に、跳躍してその場からいなくなった。
「おいおい。単刀直入すぎるから逃げちゃったぞ」
「大丈夫だ、鶫。捕捉している」
しばらく二人が歩いていくと、物陰で動けなくなっている水月がいた。
「ふっふっふっ……」
「そこからはやらなくていい」
……やはり息が合っていますね。
「とまあ、こんな風にキミが逃げられる範囲など、私が余裕で捕捉できる。逃げるのは無駄だ」
「ということで、ちょっと生徒会に協力してほしい。まあ乱暴な手であったのは認めるが、君たちが強引な手を使ってまで尻尾を掴ませなかったからこそ、こうした強硬手段に踏み切らざるをえなくなったことは理解してほしい」
「……」
……この人たちのいうことも、一理あります。
変な人たちなので本当は小春に相談したいが、話は道理にかなっているから大丈夫だろう。
……それに――小春さん以外の世界も、もっと私は知るべきです。
「返事は?」
「――はぃ」
「うむ、とても可愛くていい」
「お前、それでいいのか?」
「ああ、可愛い、美しい、素晴らしいじゃないか!」
鶫はいつものように呆れた顔をしていた。
……大丈夫ですよね?
「さて、ここからは危ないので下がっていたまえ」
「……?」
水月は首をかしげた。
「一応、安全のために拘束は解いてある。身の危険を感じたら逃げること。それまでは――」
そこまで言うと、フッと笑みを浮かべた千鶴が一歩前に出た。
「私の後ろで丸くなってでもいるといい」
● ●
水月の前に、千鶴と鶫が出る。すでに暗くなった校舎前から、校庭までに暗闇が発生していた。どうやら襲撃者が、身を隠すために何らかの力を使って不可視にしているようだ。
鶫はスッと千鶴の前に出ると共に、戦いのために自分の中でのスイッチを静かに切り替えた。
……ここからはいつもの襲撃者との戦いという訳だ。ただ……
「さて、夜の舞踏会という訳だが、招待状はお持ちかな?」
千鶴はいつも通り大げさに手を振り、暗闇に潜む影に質問していた。
「持っているわけないだろ、招かれざる客なんだから」
……そう、招かれざる客だが……いつものお遊びじゃない。たぶんな。
「なるほど。そんなジョークの利いた返しをするなんて、鶫もなかなかノッているね?」
「これから戦いだからな、私も少しはノリもするさ」
「ふむ、鶫にノッてもらえるとは、私は戦いにさえ嫉妬した方がいいのかな?」
「安心しろ、一番は常にお前だ」
「おや」
……そう、相手が何であっても、千鶴を守り抜くだけだ。
そこまで言うと、鶫は猛スピードで暗闇に突撃した。
……私の力――『傲慢狩りの合成獣』!
暗闇に潜んでいたのはまず女が一人だった。
……それもメイド服――!?
「十和と申します。以後、お見知りおきを」
直後、辺りを包み込むように大爆発が起こった。
● ●
千鶴は鶫が突撃した後も、その場から一歩も動いていなかった。
「あの……」
水月が後ろから、小さい声で心配そうに話しかけてくる。
「ああ、問題はないよ、私の力は知ってるだろう?」
水月はコクリと頷いた。
と、そこに銃弾が飛んでくる。が千鶴に当たる直前に壁に阻まれるように止まった。
「ほらね」
水月は実際に銃弾が止まるのを見て驚いていた。それを見た千鶴は……
……驚いた表情も可愛いな。
と思った。この世の美しいもの、可愛いものは私に愛でられるべきなのだ。最近定義が広がった気がしたが、些細なことだと千鶴は思った。
……なぜなら私は大物なのだから。
そして振り返って前を向いた。そこには敵がいるからだ。
……先ほど可愛い少女との会話を阻んだという、許しがたい敵が。
そして暗闇から、影がやってくる。銃を持った影――それは、
「私は九恩と申します。では、よろしくお願いします」
……メイドだった。
銃声が、その場に響いた。