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第01章「黄昏の交差点」

 夕暮れ。追う魔が時。黄昏時。

 照らされるコンクリートはみな夕日の色に染まり、日暮れの時間を知らせていた。

 そんな時間帯に空を見上げ、少年は空が赤くなるのを見ていた。

 ……まるで燃え上がっていくようで、世界が黄昏るのが感じられる気がするな――

「なんて、くだらないこと考えてる場合じゃない、か」

 自分に言い聞かせるように呟き、少年は歩き出す。

 ……見事に迷ったな。

 といっても、別に迷宮にいるわけではない。家の近くで迷っているだけだった。しかし、今の正確な時間も分からないまま、かなり長い時間歩き続けている。

「こっちで合ってた気がするんだけどなー」

 ……そろそろ着かないか?

 引っ越してきたばかりで道も知らないのに、近所をぶらつこうと思ったのが間違いだったと少年は痛感していた。そこで『鷹月 翼 様』と書かれた小さな封筒を取り出す。

 ……地図とか入ってなかったかな……?

 鍵の入っていた封筒を取り出して調べるが、地図があったところで現在位置が分からないので役に立たない。そう分かっていながらしばらく調べたが、結局何も見つからなかった。

「まったく、自分の家にも帰れないってのは笑い物にされちまうな」

 自嘲気味に笑いながら、何度目か分からない曲がり角を曲がった。と、

「袋小路……これじゃいつまでたっても帰れないぞ」

 壁に手を付いて軽くため息を吐くと、翼は来た道を引き返そうとした。その時、何かの液体が、頬にかかる。反射的に頬を拭った。

「なんだ……雨?」

 拭った手に目を落とすと、翼の手のひらは赤く染まっていた。その液体の出どころを確かめるため、空を見上げる。と、その翼の目に映ったのは落ちてくる人だった。

「何っ……!」

 落ちてきた男は、そのまま地面に叩き叩きつけられる。その腕には真新しい傷を負っていた。

 ……この傷から落ちた血が、さっき降ってきたのか。

 男は意識も無く、翼には誰かに襲われたように見えた。

 ……だが、一体誰が――

 手を伸ばそうとして、刺すような視線を感じて振り返った。

 ……殺気!?

 建物の縁に、夕日を背にして少女が立っている。腰の辺りまで伸びる長い黒髪に、返り血に濡れた制服。赤く染まった異形の武器を両手に持って、こちらを睨んでいた。鈍角三角形に円のくり抜きがあるそれは、刀や剣というよりも刃と呼んだ方がいい形状だ。

 そして少女は両手に武器を持っていると感じさせないくらいに軽々と跳ぶと、気絶している男の前へと静かに降り立った。そして刃を向ける。

 ……駄目だ!

 翼は咄嗟に、少女の前へと両手を広げて立ちふさがった。

「何の真似?」

「誰だか知らないが、目の前で人が人を殺すってのを黙って見てもいられないんでね」

「この人たちがただの人だというの?」

 少女は鋭い眼で翼を睨みつけた。

「少なくとも、この『アイリスの花びら』では同じ人間だ」

「ふん」

 翼の理屈が気に入らないのか、少女は不機嫌な表情のままだったが、刃を一度収めた。

 ……まあ気に入るはずがないよな。

 この天空要塞都市『アイリスの花びら』では人間法という法律によって、そこに住む全ての「人から派生したもの」を区分せず、人間として扱っている。その分、ただの人間などほとんど住んでいないのが現状だった。

 ……つまりここは厄介者のための牢屋、だよな。

 翼は、今の無茶苦茶な屁理屈でよく止まったと、少し関心した。

 ……ひょっとして、本当は争う気なんてないのか?

 だがそんな翼の予想とは裏腹に、鋭い言葉が少女から飛んできた。

「監獄の鍵を盾にして平和主義を唱えるとは、恐れ入るわ」

「だったらどうする?」

「どうもしないわ。私はその人を片付けるだけ……っ!」

 しかし少女の言葉は途中で止まり、翼は突き飛ばされていた。

 ……なんだ!?

 杭のようなものが、翼のいた場所に突き刺さっていた。気絶していたはずの男が、腕をこちらに掲げているのが翼の目にも見える。

 ……もし突き飛ばされなかったら?

 そう思うと、背中に少しだけ嫌な汗が流れた。

「これを見ても、まだ平和主義を唱える?」

 少女の問いが響くと同時に、倒れていた男がゆらりと立ち上がった。少女の両手にはもう刃が握られていた。


                    ●          ●


「はッ――!」

 少女は一歩踏み出すと、一気に加速する。

 ……私は、私の使命を果たすまで――

 そこからは刃と杭の応酬だった。斬撃と刺突が飛び交い、しかしその中で止まることなく、舞い踊るように突き進む。

 弾き、切り裂き、踏み越え、斬り下ろし、回って、防御し、回り斬り、潜り抜ける。そうして少女はどんどん距離を詰めていく。

 ……その邪魔は誰にもさせないわ。

 男は腕の周りの空間から杭を出す。最初は片腕だったが、今は両腕だ。杭の本数も増えていたが、特に少女は気にせずに進んでいく。

「はああッ――!」

 そして、気合いを込めると、迫りくる攻撃を一気に断ち切った。少女はさらに距離を詰め、相手の目の前に降り立つ。

「これで終わりよ」

 刃を突き付けられた男は、しかし笑っていた。

「どうかな」

 待っていたと言わんばかりに、男の周囲の地面から一斉に罠が顔を出した。

「――っ!!」

 ……無数の杭!?

 下からいきなり突き上がってきた杭を、少女はとっさに回避した。しかし、避けきった杭が上で向きを変えて降り注ぎ、それが檻を作り上げる。少女は二段構えの奇襲を受け、檻に囚われた。だが更なる攻撃に身構える少女に対し、男は素早く背を向ける。

「待ちなさい!逃げる気!?」

 その言葉に、男は笑みを浮かべながら答えた。

「待てと言われて待つヤツはいないだろ、だが……もう少し確実に逃げたいんでな」

 男は真っ直ぐに、翼の方へと向かって行く。


                    ●          ●


 翼は男の反撃を見ていた。大量の杭が地面から飛び出すと、少女を追尾する動きをする。

 ……あの少女は大丈夫なのか?

 上手く避けたようだったが、しかし最初の杭は躱されることが前提で、その後に捕えるのが本命だったようだ。しかし男は背を向けた。どうやら逃げる気らしい。

 ……だが、これでいいのか?

 翼は少し悩んだが、無用な争いが起きるよりはマシだと思う。その時、少女の叫びが聞こえたが、何を言っていたのかは分からなかった。だが、とっさに体が反応する。

 翼は先程の男が襲いかかって来るのを見た。ギリギリで躱した杭は、翼の後ろへと突き刺さる。そして、その壁にあっさり穴が開いた。

……こいつはマズイな。

 そして、翼の前に男が立ちはだかる。

「初撃を避けられるとはな……」

 翼は対峙するが、このままでは勝ち目がないことは分かっていた。

 ……今は戦う気なんてないしな。

 とにかく逃げるだけならばと思い、身構える。二撃目も躱した。だが、その先のことを考えてしまった。自分が避けた物が伸びていく。その先には少女がいた。

「っ……!」

 ……争いを避けても、結局は何も守れないだけなのか。

 だが、それすらも囮だった。少女の周囲の檻が砕ける音が聞こえると同時に、男はこちらの後ろに回り込む。

「くッ……!」

「へっ、これでもらったぜッ!」

 ……これ、は。

 翼は驚くより先に、自分の胸に人の腕が生えている現実を認識させられた。男の腕が、背中から胸へと貫通しているのが見え、

「か……は……」

 言葉にならない声を発すると、腕が引きぬかれるのを感じる。そして、自らの血によって出来た血だまりへと倒れていった。

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