In the summer days
この話は、文化祭用に書き下ろしたものです。元々企画自体は、図書委員の広報誌に掲載する予定で書いたものでしたが、結局そこでは使わず文化祭用に書き下ろす事になりました。
この企画を作るに当たり、先生から与えられたキーワードは、「夏休み」と「原発」でした。
何とかうまく組込めてるかな?
夏休みが始まって間もないある平日、僕は友人達と連れ立ってプールへと出かけた。自治体が運営している公共プールじゃなくて、流れるプールとかもあるようなレジャーランド色の強いプールだ。
夏らしくうだるような暑さ。普通に歩いているだけでも、じわりと汗が噴き出してくる。駅から園内への僅かな距離でさえ、かんかんと照りつける太陽は容赦なく体力を奪っていく。
……とにかく暑い。…暑さのあまり、溶けてしまいそうなほどだ。これも地球温暖化の弊害なのだろうか…。まあ、プール日和ではあるのだが。
そんなこんなで着替えを済ませ、プールへと入る。まずは流れるプール。
みんなで浮いたり軽く潜ったりしながら、他愛もない雑談に興じる。その内の一人が言った。
「なあ、みんな進路とか決めたのか?」
「あぁ、オレ文系行く」
「え、オレ理系なんだけど」
何気ないそんな会話。だけど僕は、その会話に胸が締め付けられるような思いがした。
僕は、まだ進路が決まっていない。高校一年の夏休みである今でも、将来なりたいものを見つけることが出来ずにいる。
早く決めなければ、と思いばかりが急いて、肝心の進路は決まらない。
何となくもやもやした思いを振り切るように、僕は友人達に少し離れる旨を伝えてからプールサイドに上がった。
特に目的もなく、ぶらぶらとあちこち歩き回ってみる。その途中で、そこそこ大きいウォータースライダーを見つけた。滑ってみたら少しは気も晴れるかも知れない。そう思い、列に並んだ。
そして、一人の少女と出会った。
始まりは些細なことだった。僕の後ろに、一人の少女が並んだ。年の頃はおそらく僕と同じくらい、身長は僕より頭一つほど小さい……まあ平均的な大きさだろう。
白いビキニを着て肌を健康的な小麦色に焦がしたその少女は、とても整った顔立ちをしていた。
まあ、その時は大して思うことも無かったので、話し掛けたりすることもなく黙って並び続けた。
そして、よく分からないがウォータースライダーが妙に気に入ってしまった僕は、もう一度その列に並んだのだった。
またも僕の後ろにはその女の子が並んでいた。その次も、その次も……。
だから、僕と彼女の間に会話が生じたのはある種の必然だったとも言えるだろう。
どちらから話し掛けたのか、今となっては思い出せない。
どちらからともなく話し始めた僕達は、特に共通の話題があるわけでもなかったものの、意気投合して会話を続けた。大きな要因は彼女のフレンドリーさだろう。
水瀬遥と名乗った彼女のテンションの高さとフレンドリーさは、初対面であるはずの僕との壁すら打ち砕いてしまった。僕の名前を聞くなり、「カイト」と馴々しく下の名前で呼んできたのには驚いたが、それが嫌な感じではないのは彼女のパーソナリティーの為せる術か。
…僕は割と人見知りする質なのだが、そんなことお構いなしとばかりのフレンドリー加減には、僕も警戒する余裕が無かった。
それと、可愛い女の子と会話ができるというイベントに、少なからず心踊っていたことも認めなければならないだろう。
話しているうちに、彼女のことも聞いた。東日本大震災、それに伴う福島第一原発の炉心溶融の所為で、彼女の家族は東京に来ることになったのだという。改めて、原子力発電所の問題を思い知らされた。
今まで身近にその影響を受けた人が居なかったため、僕には関係の無いことだと思っていた。でも、こうして知り合った娘がその被害者なのだと知ると、そうも思えなくなった。
その話題の後、水瀬は少し暗くなってしまった場の空気を変えるため、再びハイテンションに戻った。でも、僕にはその様子が何となく無理をしているように見えて仕方がなかった。
ちなみにその日、僕はほとんどの時間をウォータースライダーに費やした。何故かって?そりゃあもちろん、水瀬と話すために決まってるじゃないか。
それから一ヵ月と少しが過ぎた。僕は相変わらず、代わり映えのしないいつも通りの毎日を過ごしていた。
でも、一つだけ変わったことがある。それは、自分の未来が少しだけ開けてきた事だ。
あの後、原発について色々と調べてみた。そして、様々な問題があることもよく分かった。
だから。
僕は、あのような原発事故が二度と起こらないようにするために、理系に進むことにした。詳しい進路はまだ決まっていないけれど、それでも目的が決まったというだけでも大きな違いだ。
あれ以来、彼女の姿を二度と見ていない。せめてメールアドレスぐらいは交換しておけばよかった。そう、幾度も後悔の念に駆られた。
そして時がすぎ、夏休みが終わりを告げた。最終日になってから宿題をやっていないことに気が付くという、通称「僕はのびた君かよ!」症候群に陥ることもなく、僕は無難に始業式を迎えた。
教室に入ると、いつもより騒ついていた。何でも噂によると、このクラスに転校生が来るらしい。珍しいな、高校で転校生とは。どんなやつだろう。
そして。
やってきた転校生は開口一番こう言った。
「どーも、福島からやって来ました水瀬遥です!みなさんよろしくお願いしまっす!」
その挨拶に、クラスメイト(主に男子)が歓声で応える。転校生はやたらとテンションの高い美少女───もとい、水瀬だった。
「って、水瀬!?」
「やほー、久しぶりだね、カイト」
久方ぶりに会った水瀬は、やっぱり相変わらずフレンドリーでハイテンションだった。
その会話を聞いて、教室の野郎共が
「まさか、あいつあんな美少女と知り合いだったのか」
「皆斗、お前だけは仲間だと信じてたのに!」
「羨ましいぞ畜生!」
「俺と代われ、いや代わって下さいお願いします!」
等とやってきたから始末に負えない。暑苦しいことこの上ない。
だから、僕はその追求から逃れるために、終業のチャイムが鳴ると同時に教室から飛びだす羽目になったのだった。
少し離れた場所にある階段の踊り場で一息ついていると、水瀬が追い掛けてきた。
「カイト〜、会いたかったよ〜?」
流石に「僕もだよ」というのは気恥ずかしかったので、
「これでやっと落ち着いて話せるな」
と返すに留めた。
兎に角、せっかくのこの機会をフイにする気はない。後悔しないように、次に会えた時に言おうと決めていたコトバを言おう。
「な、なあ、水瀬」
「…なにかな?」
「…その……」
「…?」
「…め、メールアドレスを交換してくれないか?」
「…いいよ……?」
少し僕の剣幕というか雰囲気に不思議そうにしながらも、了承してくれた。
一方、僕の方はというと、心の中で四つん這いになって嘆いていた。
…あの状況で水瀬に告白出来なかった僕は、かなりのヘタレだろう。
……やれやれ。まあ、今日のところは水瀬とまた会うことが出来ただけでも上等、としておこう。
―Fin―
イツキでございま〜すっ!(『サザエでございま〜すっ!』のノリで)
これが公開されている頃には無事に文化祭が終わっていることでしょう。そうであってほしい。
私の学校の文化祭は9/24と9/25でして、今この後書きを書いているのが9/07です。予約投稿って便利!