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ファンタジー

怪物少女と人間少年

作者: 東稔 雨紗霧
掲載日:2026/05/01

学園の廊下を歩いていると、何とも名状しがたい芳しさがミナの鼻をくすぐった。

鼻孔を通るだけで涎が口内に湧きだす強烈な食欲を誘う匂い。

全神経を鼻へと集中させ、香りの正体を探る。


(あちらか)


ミナの紅い瞳孔が縦に割け、獲物を狙い定める狩人の目付きへと変わる。

グッと足に力を込め、香りの根元へと向かう。


(見つけた)


「お前か」

「うわあっ!な、なに?!」


香りの大本には突如目の前に現れたミナに驚いたのか目を真ん丸に開いて彼女を凝視する男子生徒が一人。


(ふむ、ここまでの接近を容易く許すとは探知能力は低いようだな)


背はミナよりも低く、ひょろりとした貧弱な体形。

容姿は人並み。

魔力もあまり感じ取れない。

平々凡々と言う言葉を具現化したかのような男だ。


(だが……)


すうっと鼻から深く息を吸うと距離が近付いた分、先ほどよりもよりしっかりとその香りを嗅ぐ事ができる。


(ふむ……)


「貴様っ!ユーキ様から離れろ!!」

「おっと、これは無作法を失礼した」


男子生徒の傍にいた者が警戒して彼とミナの間へと身をねじ込む。

ミナは二人から一歩離れ、右手を胸に当て一礼する。


「我が名はミナ・クイテーナ。魔界十二公王が一人、クイテーナ公爵家が長女。

貴殿の名を伺っても?」

「え、あっ、はい! 平勇樹たいらゆうきです!平が家名?で勇樹が名前です!」

「ふむ、ユーキと呼んでも?」

「あ、はい」

「駄目に決まっているだろう!」


勇樹の言葉を遮って男がミナの言葉を却下する。

それにミナは首を傾げた。


「本人が許しているのだ。他者である貴殿にそれを否定する権限はないだろう」

「くっ、だが、ユーキ様をお前の様な一族と関わらせる訳にはいかん!ユーキさま、直ぐにこの場から離れましょう」

「おいおい、同じ魔界十二公王の一族の仲ではないか。そんなつれない事を言うなよ、カイ・オレーノ」

「カイ君、知り合いなの?」

「……知り合いと言えば知り合いです」

「私とカイはそれぞれ魔界十二公王の跡継ぎでな、幼少の砌より度々顔を見合わせる仲なのだよ。所謂幼馴染と言う奴だ。まあ、カイは私を避けていたがな!はっはっは!!」

「当然だろう、貴様の様な野蛮な一族と親しくなどしたくない」

「まあまあ、魔界の未来を担う物同士なのだから仲良くしようではないか、ん?」

「ええい、離れんか!」


肩を組んでくるミナをカイは振り払う。

その様子に勇樹はなるほどっと頷く。


「二人は仲が良いんだね」

「仲良く等ありません!」

「仲良しだとも」


正反対の反応を見せる二人に勇樹は笑う。

幼さを感じさせるその笑顔にミナは笑顔は好みに入るなと心中で採点する。


「さて、唐突だが私は貴殿にとても興味がある。カイの友人だと知って余計に貴殿の事を知りたくなった。是非ともこれから私と親しくしてくれないだろうか?」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「駄目です!」


激しく反対する常にないカイの姿に勇樹は首を傾げる。


「カイ君、どうしてそんなに反対するの?」

「ユーキ様はご存知ありませんが、彼女の一族は悪食で野蛮で醜悪、故に忌み嫌われているからです。その様な者と関わるのはユーキ様にとってよろしくありません」

「カイ君、なんでそんな酷い事を言うの?!」


驚きの声を挙げる勇樹にミナは首を横に振る。


「いや、カイの言っている事は別に間違いではないぞ?我が一族は悪食、野蛮、醜悪、品がない事で有名だからな。しかし、ふむ……貴殿は我が一族を知らないのか、であれば私が親しくしたいと言った真の意味は通じていないか?」

「真の意味?」

「うむ、私は貴殿を未来の婿候補として交流を重ね、ゆくゆくは婚姻を申し込みたいと考えている。そのためにも貴殿の人となりを見極めたい、故に親しくしたいと名乗りを上げているのだ」

「未来の婿ぉ?!」


ひっくり返った声を上げる勇樹にクツクツとミナは楽し気に笑いを零す。


「なんだ本当に知らなんだか。我が一族はな、途轍もない悪食で身内が死ぬとその亡骸を食して弔うと言う習わしがあるのだよ。遺体を食し、如何にその者が旨かったかが死後その者の評価を決める。旨ければ旨い程その者は優秀な者で在ったと評価され、死後その者の名は栄誉ある者として一族で語り継がれる。

我が一族の身体は少々特殊でな、それまでの人生で如何に多くの経験を積み、いかに多くの種類の物を、どれほど美味な物を食べたかによって死後の味が決まる。故に我が一族は食に人生の全てを賭けていてな、如何にして多くの人生経験、多くの種類の物、どれほど美味な物を食べるかに執着し、その様を悪食、野蛮、醜悪、品がないと言われているのだよ」

「はあ……」

「勿論、食した遺体の味も蓄積されるからな、後世へと続けば続けく程に味が良くなっていくと言った寸法だ。唯一、我らが美味しくない物として認識しているのは自身の肉体に関連する物だけだ。これに関しては本当に鈍臭無味でな、食べる気も起きん。

まあ、これで自身の体の味が分かり、それが口に合ってしまえば浅ましい我が一族の事だ、再生魔法でもなんでも駆使してでも己で己を喰らい続ける世にも悍ましい生物となっていただろうな。

そうはならなかった事を神に感謝しているよ」

「ええ……」

「おっと話が逸れたな。美味な物を食す以外に後世の味を良くするもう一つの確実な方法が優秀な配偶者を見つける事だ。故に年頃となった我らの一族の者はこぞって優秀な人材を探すのだよ。私の場合、それが貴殿だ」

「え!僕?!」

「ああ、我が一族は優秀な人材を見つける事に関しては魔界随一に鼻が利くとも呼ばれているのだぞ?私は一族の中でも特に鼻が良いと言われている、その私に選ばれた事を誇って良いぞ」

「え、そんな」

「と言う訳で、だ」


ごほんっと大きく咳ばらいをしたミナは深く息を吸い、声を張り上げる。


「皆の者、聞けぃ!!ここに居るユーキ・タイラ殿は私が見初めた者、彼に危害を加える事は我がクイテーナ一族の名に懸けて許さん、心得よ!!」

「え、えっ」


その宣言に学園の廊下で突如行われたやり取りに聞き耳を立てていた他の生徒達がざわつく、突然の流れに付いていけない勇樹と苦虫を噛み潰した顔をするカイを置いてミナは言葉を続ける。


「私の宣言に異がある者は我が元に来い!完膚なきまでにねじ伏せてみせよう!!宣言は以上だ!突然騒がせて悪かった、これで私は失礼する。ではなユーキ、また会おう」


✻✻✻


嵐の様な人だった。

ポカンと口を開け、去っていく彼女を見送る。

堂々とした足取りと自信に満ち溢れたその背中、他の生徒たちは自然と道を空け、彼女の歩みを邪魔する者はいない。


「……凄い人だったね」

「ええ、してやられました」

「え?」


カイ君を見ると彼女の去っていた方向を見つめ、厳しい顔をしている。

どうしてそんな顔をしているのか、と首を傾げると視線に気付いたカイが勇樹に説明をする。


「元々、ユーキ様は俺が仕えるに相応しいと見初めたお方でしたが、彼女が貴方に目を付けた。それによりユーキ様が将来有望なお方であると公言されたのです、これからはより注目を浴びる事となるでしょう。そして、貴方が彼女の庇護下にある事を宣言した事で彼女自身がこれから妬み嫉みでやっかみを受ける事に対する防波堤となる事を周知させたのです」

「将来有望って、そんな」


突然、次期魔王候補としてこの魔界へと連れてこられた勇樹。

全666の別世界から魔王の力を使って集められた候補者達は己の力を使って勝ち上がり、次期魔王の座を目指せと一方的に告げられた。

元の世界へと帰るには魔王となり世界を渡る力を手にする他になく、その力を使って帰るか争いに敗れここで生涯を終えるかの二択しかないと無情にも伝えられ、泣こうが喚こうがそれが覆る事はなかった。

勇樹は慣れない土地で何とか家に帰る事を目標にカイが居るとは言えほぼ孤立無援の状態で学園での生活に齧りついてきた。

だけど、未だ自分は大した功績を出した訳でもないし、成績も平均よりも下だ。

魔力なんてミソッカスだし体力と根性はあると思うけれど、逆に言えばそれくらいしか取り柄がない。


(カイ君は優しいから僕をいつも持ち上げてくれるけれど、僕は自分を将来有望だなんてとてもじゃないけれども信じられないよ)


そんな勇樹の思いを知ってか知らず、カイは首を横に振りきっぱりと言い切る。


「忌々しいですが、あの一族の伴侶にかける真否眼は本物です。互いの人と成りを知った結果、婚約を結ぶ事が無かったとしても、見初められたと言う実績だけでその者への婚約の申し込みが十倍以上に増えるとも言われる程です」

「そ、そんなに?」

「ええ、箔を付ける為に婚約者候補に選ばれたいと願う者も居ますし、それに彼女は次期当主ですので、あわよくばと言った狙いで彼女に近付く者が後を絶たない程です。あの一族は選り良い伴侶を得る為に常に候補者を求め、複数の者に婚約申し込みを行う事もあると有名なのですが、その中でも彼女は食に煩いのか今まで一度も婚約申し込みを行った事がありませんでした。

ですので、初めて彼女のお眼鏡に叶ったユーキ様はまさに注目の的と言う訳なのですよ」

「そ、そうなんだ……なんだか大変な事になってきたな」


呆然とミナの去った方向を見つめる勇樹の姿にカイはギリリッと奥歯を噛み締める。

自分が傍にいる時は良いが、どうしても四六時中お傍に仕える事はできない。

カイが離れる時を狙って勇樹に危害を加えようと行動する者は絶えず一定数おり、その度に勇樹は紙一重でその危機を乗り越えてきた。

だが、紙一重とは言っても無傷でいられなかった事も一度や二度ではない。

事が起きる度に勇樹の護衛を強化、勇樹本人も気を付けていたがやはり全てを未然に防ぐ事は難しかった。

だが、ミナが婚姻申し込みの宣言をした事でこれからはそれらの頻度は激減するだろう。

勇樹へ仕掛けられる危害への対処にミナが出てくるからだ。

彼女の家は戦場での活躍で武勲を上げ名を馳せてきた一族であり、一族ではほとんどの者が性別関係なく人生経験と称し戦場に身を置き、その腕を磨く。

当然、次期当主の彼女自身も紛争地域へ赴き、鎮圧活動に参加してきた。

校内の武術大会では入学してから一度も首位の座を譲った事がない。

まさに絶対王者。

余程の愚か者でない限り、そんな彼女が目を付けた者に手を出そうなど考えないだろう。

つまりこれで学園生活において勇樹の身の安全は完全に保証されたようなものだ。

自身にはできなかった事を意とも容易く行ったミナへの嫉妬と先に自分がこのお方に目を付けたのにと言う感情が綯い交ぜとなり苛立ちとなる。

だが、


「まあ、何があってもカイ君が居るから大丈夫だよね」

「ユーキ様……」


勇樹のその言葉に苛立ちは瞬時に霧散した。

それと同時に信頼しきった笑顔を向けてくれる勇樹にカイは必ずこのお方を次期魔王へと押し上げてみせると決意を新たにした。


✻✻✻


「ユーキ・タイラについてご報告申し上げます。学年はミナ様の二つ下、今年入学したばかりの一年生です。主な実績としては魔力最低値の歴代記録の更新、筆記試験最下位入学が挙げられます。武術の心得は無いようですが、体力及び持久力はあるようで武術の授業では基礎体力の部門では上位に食い込んでいます。人柄は温厚、主な学友として同クラスのクラスメイト、特にカイ・オレーノと仲が良いとのこと。

……ミナ様、差し出がましいとは思いますが、現段階の評価を見て貴女様が見初める程の人物だとは到底思えません」

「ふふ、さあってそれはどうかな?カイも目をかけているのだから案外、彼が秘匿されている次期魔王候補として招かれた者達の内の一人かもしれんぞ?」

「そうであればよろしいのですが……」


腹心、コレの報告にミナは余裕の笑みを浮かべる。

ミナは自身の嗅覚に絶対の自信を持っている。

そして彼女は確信していた。

いずれ自分の選んだあの男が魔界史へと残る大きな偉業を達成するだろうと。


✻✻✻


ミナが勇樹と交友を初めてから三ヶ月が経過した。

その間に様々な事があった。

ダンジョン探索授業でとうに探索尽くされたと思われていたダンジョンで勇樹が新たな階層を発見したり、かつて拳王と呼ばれていた魔王が発案し、誰も習得する事が出来なかった魔拳術と呼ばれたその技法を勇樹が魔力が極少ない者にしか収める事が出来ない事を解明し、魔界で唯一それの継承に成功したり。

更にはそこいらの魔界の何処にでも生えている草が実は錬金術の到達地点の一つ、金の練成において成功率を上げる重要な役割を担う事を発見したり、彼の活躍を聞きつけすり寄ろうとした女共をミナが半殺しにしたり、彼を主君と仰ぐ者が増えたり、彼を殺そうとして返り討ちに合い、学園を去った者が出たりと具体的に言うと単行本2冊分になりそうな程の活躍をしてみせた。


快進撃を続ける勇樹のその姿にカイはそれまで以上に心酔し、やはり自分が仕えるのはこのお方しかいないと確信する。

そしてミナはやはり己の嗅覚に狂いはなかったと当初彼女の鼻を疑った者達にドヤ顔を披露した。

そしてその三ヶ月の中で最も大きな出来事と言えば、ミナと勇樹が正式に婚約を結んだ事だろう。

通常では幾つもの婚約を結ぶのがクイテーナ一族の通例だが、ミナは勇樹と婚約を結ぶにあたって勇樹と婚約を結んでいる限り他の者とは決して婚約を結ばない事を宣言した。

他にミナ側からは本人が死亡しない限り解消できないが勇樹からはいつでも勇樹の意思で自由に解消できる事、解消の際にはミナが拘束していた時間分の慰謝料を支払う事、そして勇樹が望むのであれば彼の次の恋の相手の紹介や手伝いをする条件を付けて婚約は成された。

解消する際は勇樹には何のお咎めも責任も発生しないとの注意書き付きで。

あまりに一方的に勇樹側に有利な条件に彼は当初難色を示したが、当のミナが『こうでもしないとユーキは私がいくら否定しようと、いつか私がユーキに見限りを付けるかもしれないと怯えるであろう? この程度でユーキの安寧を手に入れられるのであれば安い物さ。それに、伴侶を安心させ、他の女に打ち勝つのは未来の妻としての甲斐性だ』とあっけらかんと伝えたため、そのまま受理される事と相成った。

その際、勇樹は『僕の婚約者、かっこよすぎる……』と頬を染めていた事を特筆しておく。


そうして、順調に交際が始まり勇樹が2年生へと進級してしばらくして経った頃、第六次魔界大戦が開戦した。

魔界中に散らばっていた魔王候補生たちが時は充ちたとばかりに徒党を組み、現魔王の首を獲らんと魔王が鎮座するこの地へと攻め入ってきたのだ。

権力を欲し次期魔王の座を狙う者や単純に勝手にこの世界へと連れてきた魔王への復讐を願う者、様々な思惑の者たちで構成されるその中にはかつて校内模擬戦で勇樹に惨敗を喫した事を皮切りに、最終的には勇樹を陥れようとした結果自滅して学園を去った男の姿もあった。

その男に関しては魔王の座など既に二の次で、勇樹に復讐せんが為だけにこの地へと再び足を踏み入れていたのだが、現段階での勇樹は知る由もない。


戦争に男も女も老いも若きも関係ない。

志願者、及び魔王直轄部隊や魔界十二公王に連なる者達で軍を編成し、一週間後には戦地へと発つ事が決まっており、それにはクイテーナの一族も参戦する。

だが、魔王決定の為の敵対者として参戦出来るのは現当主とその側近達と決められており、次期当主の立場であるミナの参戦は認められていない。

現当主の主は現魔王であり、次期当主の仕える相手は次の魔王と決まっているからだ。

その代わりに大戦で発生する治安の悪化へ対処する為の鎮圧部隊が編制され、それに次期当主達は参戦する。

魔界十二公王クイテーナ一族の次期当主として、魔王に忠誠を誓う一族として魔王の治める国の治安維持に参戦しないという選択肢はない。

ミナにとっては幸い、勇樹にとっては不服だが今回の戦争に勇樹とカイは参加しない事が決定している。

ミナはただ、いつも通り戦場で武功を立て戦果を手に愛する者の元へと帰ってくるだけだ。

と言う訳で出発前に武器と防具の状態を完璧にするのと、愛する婚約者としばらく離れる事になるのだから今の内に堪能しておきたいミナの要望で出発の日まで勇樹はミナの家に泊まる事になった。

コレの手を借り、防具を身に付け最終調整をするミナの姿を椅子に座っている勇樹は心配気な顔で見る。


「本当にミナさん行っちゃうの?」

「ああ、我が一族は武勲で名を馳せる一族、戦場でこそ輝くと言っても過言ではないからな。むしろ、次期当主たる私こそ先陣切って向かうべきだろう」

「だよね……」

「なぁに、情報から見るに今回はそこまで激しい闘いではないだろう。だが、心配してくれるのは嬉しいよ。何があろうと必ず愛しい婚約者の元に帰って来る事を誓おう」


勇樹の前に片膝をつき、その手を持ち上げてその手の甲に唇を落とすミナに「ぐうっ」と勇樹が胸を抑える。

逆ではないのですか?とツッコミを心中に留める優秀な腹心コレとその二人の様子をギリギリと歯を鳴らし悔しそうに見つめるカイ。

いつもと変わらない日常がここにはある。

ああ、幸せだなとミナは思う。

またこうしてこの光景を見るために、帰って来る目的が増えた分慢心する気も負ける気もない。

 そうして一週間、思い切り勇樹といちゃつき満喫したミナは気合も充分に彼に見送られ戦場へと出立した。


✻✻✻


戦場において、魔族たちが恐れている事の一つがクイテーナ一族との邂逅だと言われている。

基本的にクイテーナ一族はそれぞれ単独行動ありきの特殊遊撃部隊として編制される。

理由は獲物を獲り合って同士討ちにならないように。

幼児のような理由だが、個々で一騎当千の強さを誇るクイテーナ一族同士が戦った場合、周囲の損害もとんでもない事になる。

食欲に導かれるまま、戦場を駆け巡りなんの脈略もなく現れるその姿は神出鬼没。

一度敵としてクイテーナ一族の前に立つと、骨も残せぬと言われている。

ありとあらゆるモノをその胃袋に収めるその姿、人々の恐怖を煽るその姿に畏怖の意を込めて皆かの一族を『怪物』と呼ぶ。


「ふむ、こうして戦場に立つのも久々だな」


金属の打ち合う音、爆発する音、魔族の叫び声、そして漂う死と血の匂い。

ミナはぺろりと下唇を舐め、獰猛な笑みを零す。


「では、行くか」


✻✻✻


「ふんっ!」


目の前の魔族を大剣で切り捨てたソーレ・コロースは周囲を見渡す。

コロースの率いる傭兵団は一人も欠ける事なく会敵した治安部隊を殲滅した。

後はこの周辺の集落を襲撃して根こそぎ奪うだけだ。


「あーあ、正規軍の連中でもこの程度かよ」

「仕方がないっすよ、ソーレさん」

「そうそう、俺らが強すぎるのが悪い」

「何てったって俺らは最強って名高いソーレ傭兵団っすからね」

「「「わっはっはっはっは!!!」」」


ドンッ!!!

雑談するソーレ達の前に上空から何かが降ってきた。

その衝撃に地面にはクレーターができ、土埃が辺りを覆う。


「なんだっ?!」

「……ソーレ傭兵団と見受けるが合っているかな?」


ブンッと土埃の中にいる者が手にしている剣を振ると、風圧で土埃が晴れる。

表れたのはソーレと同じく大剣を手にし、鎧を身に纏う立派な巨躯の女。


「ああ、俺達はソーレ傭兵団だ。なんだ? 入団希望なら歓迎しているぜ」

「いや、私は集団行動は苦手でな。こうして単独で動く方が性に合っている」

「そうかい、んで? おたくはどこの誰だ?」

「必要か? 今からお前たちは負けるのに」

「ほー、随分な自信だな。お前ら、殺れ」


雄叫びを上げ、女に切りかかった男が消えた。

誇張や比喩表現ではなく、文字通り髪の毛一つ残す事なく、その場から突如姿を消した。

傭兵団に緊張が走る。


「なに?!」

「このっ!!」


ならばと同時に切りかかった男もまとめて姿を消す。

動揺する傭兵団に女は片眉をあげる。


「終わりか? ならばこちらから行かせてもらおう」

「っ! 構えろお前ら!!」


火球が女へと集中砲火されるが、女はそれらを難無く切り払い、近場の団員へ接近する。

女が近寄ると団員が消える。

女と鍔迫り合いをしていても消える。

一人、また一人と数を減らしていく団員にソーレは焦りを覚える。

折角ここまで育てた傭兵がたった一人の女に蹂躙され今、壊滅しようとしている。

欠片一つ残すことなく対峙した相手を消す……その戦い方に該当する一族は魔界においてただ一つ。


「クイテーナ一族だ!!『怪物』だ!!!下がれ!!近付いたら喰われるぞ!!」

「ようやっと気付いたか、だが遅い」

「っ!!」


目の前に迫る女に咄嗟に大剣を振り下ろす。

そのまま、距離を取ろうと考えたが、嫌な予感に踏み止まり敢えて接近し連撃を与える。

女も大剣で迎撃し、互いに数度切り結び同時に距離を取った。


「ふむ、中々やるではないか」

「そら、どーも」

「気が変わった、やはり名乗らせてもらおう。我が名は魔界十二公王が一人クイテーナ家長女ミナ・クイテーナ。必ず貴殿を我が胃袋に収めてみせよう」

「できるもんなら、な!」


足に瞬間強化を行い、一足飛びに距離を詰めミナに切りかかる。

ミナはそれを辛くも受け止めるが、腕力で競り負け態勢を崩す。


「取った!」


確実に首を斬り落とした。

肉を切り裂く感触で確信を掴んだソーレの目に飛び込んだのは。


「お、お頭……」


自身の大剣で斬り落とされた部下の首だった。

ミナに一番に斬りかかり姿を消した筈の部下が何故かミナの代わりに斬られている。

理解できない状況にソーレの思考が僅かに停止する。

決着をつけるにはその瞬き程の時間で十分だった。


「いただきます」


ソーレの意識はそこで暗転した。


✻✻✻


ソーレが姿を消したのを見た団員たちは恐怖に駆られ、悲鳴を上げながらミナに背を向けて一目散に逃げ始める。

その中でただ一人ミナに立ち向かう者がいた。


「ソーレ様を何処にやった?! ソーレ様を返せ!!」


震えながらもしっかりと剣を握り、ミナを見つめる女にミナはふむ、と考える。


「ほぅ、団長が倒されて尚敵を討たんと刃を向けるか。中々どうして、ただの山賊上がりの傭兵団にしては気概がある奴がいるではないか」

「煩い! ソーレ様の敵!!」

「では、その気概に免じて彼と同じ所に仕舞ってやろう」


他の者と同じく、呆気なく女も姿を消した。


「さて、あとは……」


散り散りに逃げた残党をものの数分で捕獲し胃袋へと仕舞ったミナは直ぐに次の獲物を探す。

種明かしをすると急に現れて切られたソーレの部下はただミナが胃袋から吐き戻しただけだ。

変わり身の術ならぬ吐き変わりの術とでも言えようか。

クイテーナ一族の胃袋は特殊で一種の亜空間と化しており、食べようとすればある程度の大きさ以内であれば瞬時に胃袋の中へと仕舞える構造になっている。

牛と同じく幾つも胃袋を持っており、それぞれの胃袋はその用途ごとに分かれている。

金属を溶かす胃袋、衣服を溶かす胃袋、肉を溶かす胃袋、骨を溶かす胃袋。

胃袋の中には少量の触手が生えており、獲物の魔力を吸収したり用途に応じてある程度自由に操作できるので一定品質以下の鎧や武器だけ溶かして吸収なんて事も可能だ。

ただ、魔剣などは溶けるには溶けるが時間がかかる。

魔剣の中には主人が死ぬまで主を変えないモノもあり、そう言う剣はちょっと溶かして言う事を聞かせたりするのだ。

完全に溶けて吸収されない限りは吐き戻して出す事ができる。

ミナの胃酸は強力なので、胃の中に収容していた武器に胃酸を塗布しておき、触れると溶ける剣にして戦う事も可能なのだが、これは彼女の胃酸に一定時間は耐えられる金属でないと成立しないので必然的に魔剣が対象となる事が多い。

故にミナが今使っている大剣も魔剣であり、特性として斬れば斬る程に、血を吸えば血を吸うほどに切れ味が増していく業物であった。

スンッと鼻を鳴らし、次なる獲物を定めたミナは悠々とその場を後にする。


✻✻✻


次にミナが向かったのは混戦状態に陥っている戦場であった。

ここであればミナと対峙した者が姿を消しても早々に気付かれにくく、かつ個人戦に持ち込みやすいとまさにクイテーナ一族向きの絶好の狩場だ。

あらかじめコレに食いでのありそうな者をリストアップしてもらっていたミナはその紙と現場を見比べて該当した者と、ついでに味方部隊が手こずっている様子の敵を平らげたりと一先ず魔王軍的に面倒な者達から制圧していく。

あらかた片付いたら次の狩場へと向かう事を繰り返していたミナの鼻に、突如として芳醇な香りが満ち溢れる。


「ひぃっ」


会敵していた魔族は突如として口から滝の様な涎を垂らし始めたミナに恐怖した。

そんな相手の様子など既にミナの視界には入っておらず、ただひたすらに強烈な食欲に彼女の脳内は支配される。


ゆらり


香りの大本であろうモノが居る方向へと身体の向きを変えたミナは、瞬間移動と称されても良い速度で移動を始める。

彼女の頭を占めているのはただ一つ。

『他の者に奪われるよりも速く、この香りの正体を胃袋に納めなくては』

それだけであった。

ものの数分で匂いの大本へと辿り着いたミナの目に入ったのは、ボロボロな状態で地に伏しているカイの姿とそんな彼を守る様に前に立つ勇樹の姿だった。

遠目に見て勇樹は片腕を斬り落とされており、そして血を流す肩を抑える彼の目の前には彼の腕を斬り落としたであろう男が立ち、今まさに勇樹の首を斬り落とさんとする所だった。

この場に居るはずのない二人の、そんな光景を見たミナの頭は瞬時に怒りに沸き立ち、移動した速度を一切殺す事なくそのままの勢いで男にドロップキックを喰らわせる。


「私の伴侶に手を出すとは、許さんっ!」


ドロップキックを受けてすっ飛んでいく男を尻目に華麗に着地を決めたミナは大剣の剣先を男へと差し向けた。


「貴様、五体満足でいられると思うなよ!!」


✻✻✻


肩を押さえ、勇樹は地面に膝を吐く。

カイ君は倒れ、自分は右腕を斬り落とされた。

折角習得した魔拳術も片腕では効果が半減してしまう。

そして、目の前にいる敵はそんな生半可な攻撃で倒せるほど容易い相手ではない。

優越感に満ちたニヤついた顔で勇樹を見る男、ダズクは下卑た声でゲラゲラと笑う。


「おいおい、新進気鋭の魔王候補生、平勇樹くんが随分と無様な姿になってるなぁ。

大丈夫ですかー?あ、お前の腕斬り落としたの俺様だったわぁ、ごめんごめん……ぎゃっはははは!!」

「……」

「そうだよ、これがあるべき姿なんだよ!雑魚のお前がボロボロになって地を這い、強者たる俺様がそれを見下ろす、これが正しい姿だ!!お前は偶々運よくあの時に活躍できただけでこれが本来の俺達の実力差なんだよ!それを見る目もねぇあの学園のバカ共は勘違いして持て囃して、お前も雑魚だからそれに乗せられて調子に乗って……はー、俺様は悲しかったねぇ、天下の魔界学園がそんな低能達の集まりだった事がよぉ」

「……」

「けどまあ、これであるべき姿に戻す事ができるな。低能共は死に、能力のある者が新しくこの国を治める。即ち、次期魔王のこの俺様がな!」

「……」

「え?どんな気持ちだ?真の実力差を思い知ったのは?俺様が怖くて声も出ないってか?カイの野郎も所詮、次期魔界十二公王とか言ってもただの見る目の無い雑魚だったなぁ。この分だとお前を婚約者とか言ってるあの女もどうせ大したことないんだろうなぁ」


自分の事だけなら別に良い、けれどもカイ君をミナさんを、自分の大切な人達の事を悪く言われるのだけは我慢がならなかった。


「……っ!」

「あ? なんだよ言いたいことがあるならどぞー」

「……僕の事はどう言われようと良い。だけど、僕の大事な人達を侮辱するのは許さない」

「ぎゃはははは!!許さない!だってよ!えぇ?どう許さないんだよ、俺様に手も足も出ないお前がさぁ?あ、出ないっつうか無いんだったなぁ?」


ゲラゲラと下卑た笑いをするダズクは倒れているカイへと視線を向ける。


「身の程を弁えないからお前は全てを失うんだよ、そこでお友達が死ぬところを見とけ」


そう言い、カイの元へと向かうダズクの姿に気力をふり絞って立ち上がり、残った左腕を構える。

着ている防具に付与されている効果で簡易的に止血がされているとは言え血は今でも流れており、右半身を濡らしていく。

残された時間が刻一刻と減っていくのを感じ取り、勇樹は魔拳術の奥義を使う覚悟を決めた。

この技を使うと寿命を削る事からミナに禁止されていたが、この状況であればもうそんな事は言っていられない。

息を吸い、声を張り上げる。


「その雑魚に負けて尻尾を巻いて逃げた癖に!」

「……ああ?」

「何度でも言ってやる!負け犬で雑魚なのはお前だ、ダズク!」

「……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、ぜってぇ殺す!お前が、俺様を見下すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!ぶっ殺してやるよ平ァァァァ!!」


勇樹の挑発にいとも簡単に釣られたダズクは足を止め、勇樹に向き直る。


✻✻✻


「ぐわぁ!!!」


勇樹の放った彼の全身税霊を込めた渾身の奥義がダズクの胴体に炸裂する。

そして、勇樹自身の肉体もその衝撃に耐え切れず右肩から血が噴き出す。

思わず肩を押さえ、膝を吐いた勇樹の前にダズクはまだ立っていた。

ボロボロで口からは血を吐いているがまだ彼は生きている。

勇樹の首を斬り落とさんとダズクが剣を振り上げた。


もう駄目だ。

そんな考えが脳裏をよぎるが勇樹はそれでも最後までは気持ちで負けてはなるものかと目の前の敵をしっかりと見据えた。

ダズクはそんな勇樹の様子を鼻で笑い、彼の首へ向かって剣を振り降ろす、所で不意に姿を消した。


「私の伴侶に手を出すとは、許さんっ!」


そう言い放ち、勇樹の目の前に立ったのはミナで、まさに戦女神の様に神々しく勇樹の目に映った。


✻✻✻


「髪の毛の一本、血の一滴であろうと勇樹の全ては私の物だ。何人であろうともそれを奪う者には容赦はしない」


蹴り飛ばした男が血反吐を吐きながらヨロヨロと起き上がる。

その腹部に勇樹が放ったであろう攻撃の痕跡を見受け、彼は頑張っていたのだなとミナは嬉しくなった。


「てんめぇ!邪魔すんじゃねえぞ!!」

「するに決まっているだろう。愛する未来の旦那様が死にかけているのだ、手を出さない道理はない」

「クソがぁ!!手前もそこのゴミも纏めて殺してやるよ!!」


そう吠えるダズクに「はて?」とミナは首を傾げる。

何処かで見た覚えのある顔な気がするが何処であったのだろうと記憶を探り、学園で勇樹を馬鹿にし、見下していた魔王候補生の一人であった男だと思い至る。


「ああ、誰かと思ったら勇樹に手を出して返り討ちにされた男か」

「俺様は負けてねぇ!」

「負けただろう、勇樹に挑み返り討ちにされてた姿を私は見ていたぞ」

「負けてねぇ!あんな……あんな体力と根性くらいしか取り柄のないゴミにこの俺様が負けた?!そんな事、認められるか!!!ここでそいつを殺せば全部チャラだ!」


そう叫び、怒りを露わにするダズクをミナは鼻で笑う。


「フッ、体力と根性しか取り柄がない?それがあれば十分だ。知らんのか?戦場では最後まで生きていた者が勝者なのだぞ」


不敵な笑みを浮かべながらミナは手にしている大剣の切っ先をダズクに向けた。


「貴様に敗北を叩きこんでやる」


✻✻✻


ミナはダズクを瞬殺した。

彼にも遺恨とか思う所はあっただろうが、刻一刻と切り落とされた腕から血を流し続ける勇樹は早急な治療を必要としており、自分の婿殿の生死がかかった瀬戸際だったのだ、完膚なきまでの圧勝であった。

ダズクを喰らい、勇樹とカイを回収して救護へと駆け込んだミナはその足で治安維持任務へと戻り、凄まじい勢いで任務を熟していった。

そうして一か月後、無事に第六次魔界大戦は終戦した。

新たな魔王となったのは第101世界線から連れてこられた『キョウ・サイガ』と言う名前の者で、自身が継承した世界を渡る能力を使って元の世界へ戻る事を希望する者を送り届ける旨を公表し、希望者を続々と元の世界へ帰している。

何故魔王は異世界から人を連れてくるのか、それは他の世界の知識、技術を持ってくる事で魔界の更なる発展を狙っているからだ。

それが例え、連れてこられた者達から恨みを買う行為であろうと、それが魔界の発展に繋がるのであれば自らを礎として扱うのが魔王なのだと定義され、魔王の座に就任した者は例外無くその定めからは逃げられない。

ある種の呪いの様な役割でこれまで魔王に就任した者は皆自身の世界に帰る事無く、代わりに他の者達を元の世界に送り届ける選択をする。

魔王となった者だけが世界を渡る力を得られると言いながらも蓋を開けてみれば魔王はこの世界から去る事は無く、他の者だけが元の世界に帰れるのだ。

前魔王に仕えていた者達は基本的に次代への引継ぎが終われば処刑で一新され、それに疑問を抱く者は居ない。

その様に作られ、定められている。

この歪な世代交代で魔界は繁栄を築いてきた。

そうして今日は新魔王へ新たに当主に就任した新魔界十二公王達が謁見し、それぞれに新魔王への忠誠を示す為の集まりが行われる。


「クイテーナ公爵家当主、ミナ・クイテーナ前へ」


自身の番となり魔王の間へと謁見したミナは衝立を用意させる。

その衝立で外部の目を遮断したミナは胃の中に収容していたソーレを含む傭兵団を吐き出した。

ミナの上半身が完全に人型から異形へと変化し、胃酸にまみれた魔族を吐き出すその姿は悍ましいと形容するしかなく、見る者を恐怖へと突き落とすその様はまさに怪物と言う名が相応しい。

クイテーナ一族では食事の様子を一族の者では無い他者に見られるのは下品だという価値観が存在する。

故に食事は誰の目に触れる事なく瞬きの間に終わらせるのがマナーとされ、動きや咀嚼音が如何に静かであるかが優雅さの基準となる。

逆もまた然り。

吐き出すなどと言う行為は美食に固執するクイテーナ一族の間では最も唾棄すべき行為だと思われている。

『一度胃袋に収めたモノは何が何でも死守せよ』

一族の家訓の一つともなっている。

その唾棄すべき吐き戻すと言う行為をミナは敢えて今行っている。

全ては魔界十二公王に連なる者として魔王への忠誠を表す為に。


胃袋の中に逃げ道は無く、クイテーナ一族の胃袋程堅牢な檻は存在しない。

一個部隊を容易く壊滅させる傭兵団をまとめて無力化して囚役させるとなると時間も手間もかかる。

人数も多く、連行するのを待機している時間や余裕など、あの時には無かった。

故にミナはソーレ傭兵団を胃袋へと囚役する事を判断した。

結果的に彼らから吸収した魔力などにより敵将と戦う時に大いに役に立ったのでミナは己の判断が間違っていたとは微塵も思っていないし、今のこの吐き戻す行為に関しても必要な事だと割り切っている。


胃の中で鎧も服も溶かし落とし、全裸にして無力化させた捕虜達を一応男女に衝立を分けて貰い選り分ける。

吐き出された者達は胃の中に充満していた昏睡ガスにより状況が良く分かっておらず、取り敢えず前を隠せと用意された布を羽織ってぼうっとしている。


「この者達は先の戦争での治安維持活動時に拘束したソーレ傭兵団です。戦闘力に関しては正規軍の者に並ぶとも劣らず、頭首のソーレの統率力も優秀。是非とも魔王様の駒としてご用立て頂ければ便利な駒となるでしょう。不要であれば処分致します」

「そう?じゃあ貰おうかな」

「ではこちらも共に献上致します」


そう言ってミナが吐き出したのは胃袋の中に貯め込んでいた魔剣や魔道具類だ。

全て所有者情報はリセットされているので直ぐに登録できる。


「クイテーナ一族の忠誠、確かに受け取った。これからは僕の忠臣として尽くしてくれ」

「承りました。魔王様の長き繁栄を支えさせて頂きます」


こうして世代交代も無事に終わり、魔界の平穏は戻った。

元の世界へ戻るかここへ残るかを提示された勇樹は帰る事を選択せず、ミナと生涯を共に過ごす事を選んだ。

あれから学園を無事に卒業し、現在はクイテーナ公爵領の運営の為に日々勉強をしている。



「ずっと気になっていたんだけどさ、なんであの時僕を見初めたの?」


クイテーナ邸の庭でミナと二人、お茶会をしている時にふと勇樹はずっと疑問に思っていた事をミナに聞いてみた。

ダズクによって切り落とされた腕はミナの適切な応急処置と速やかな手当で無事にくっつき切られる前と遜色なく動かす事が出来る様になっており、紅茶にミルクを混ぜ淹れながらあの時の事を思い返す。

あの頃の自分はまだなんの功績も残していない段階で、どちらかと言うと落ちこぼれと呼ばれる部類の存在だった。

どう考えてもミナが自分を見初める要因が思い付かない。


「言っただろう? 私は嗅覚が良いと」

「うん、実際人材を見極める能力が凄く高いよね」

「うん? もしかして勇樹、嗅覚が良いを比喩か何かだと思っていないか?」

「え?」


ミナの言葉に勇樹が首を傾げるのを見て「なるほどな」とミナの中で合点がいった。

どうりで度々話が噛み合っていない気がしていたのだ。


「私の言う嗅覚が良いと言うのは暗示や形容詞ではなく、言葉そのままの意味だぞ?

私は五千キロ離れた場所であろうと勇樹の匂いを嗅ぎ分けられる自信がある。

遺伝子的に相性が良い者は良い匂いがすると聞いた事はないか?

我が一族はな、その並外れた嗅覚で自身に最も最適で優秀な遺伝子を嗅ぎ分けるのだよ。

だから、あの日勇樹と廊下で出会った時に私は確信していた。 私に最も相応しい伴侶は魔界中を探したとしてもこの男の他にいない、と。

ふふ、だからどんな手段を使おうと何としてもこの男を逃がしてなるものか、なんとしても振り向いて貰おうと必死だったよ。

他の女を蹴散らしたり牽制したりとか、ね?」


そう言って笑うミナに勇樹は驚いた。

いつだって自信に満ち溢れた笑顔を浮かべて余裕綽々といった態度で勇樹の前を歩いていた彼女。

彼女のその背中に憧れ、肩を並べたくて、呆れられたくなくて必死で喰い付いていたのに当の彼女も勇樹のために必死だったとは。

じわじわと頬に熱が集まるのを感じ、慌てて話を続ける。


「そ、そんなに鼻が良いんだね!じゃあ、例えば良い匂いだからもの凄く年が離れた人と結婚とかもあるの?」

「ああ、うちの一族では早い者では赤子の時にしがみついて離れないと言った意思表示で婚約を結んだ者もいるぞ?それだけ最高の伴侶に対する執着が強いんだよ。

良く覚えていてくれ」

「っ……」


にやりと笑うミナに勇樹は降参だと手を上げる。

その頬の紅さにミナは晴れやかに笑い声を上げた。


死後に身内の遺体を喰らい尽くす様な歪で醜悪な生態で選ばれ結ばれた婚約であろうと、互いに笑い合う二人は確かに幸福で、死後の自分がミナの中で一番美味しい物だと良いなと勇樹は密かに願うのだった。


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