七話
まずはチーム分けだ。
「いくぞ……」
清次郎くんの合図で「ぐっぱーおーたらえーのにな」と声を合わせて片手を出した。
グーを出したのは私と清次郎くん。パーを出したのは心乃ちゃんとカイジくん。
たまたまだが、綺麗に中一組と高一組に別れることになった。
高一組の方が明らかに平均身長は高いが、私達もやる気では負けない。
両チーム、ネットを挟んで睨み合う。
そして白熱の試合が始まった。
「わぁ!」と、ボールをはじくカイジくん。
「やー」と、なんとか敵陣に落とす心乃ちゃん。
「はい!」と、トスを上げる私。
「おりゃ!」凄まじいアタックを放つ清次郎くん。
飛んできたボールを打ち上げようとして、心乃ちゃんはズザーッと砂浜に倒れ込んでしまった。
先に点を入れたのは中一組だ。
「ナイスー!」
思わず両手を上げて叫ぶと、清次郎くんがドヤ顔で親指を立てた。
「今の見たか!?完璧だぞ!」
「調子乗ると次ミスるやつだよ、それ」
砂を払った心乃ちゃんが冷静にツッコむ。
「くっ……次は決めます」
カイジくんが珍しく闘志を燃やしている。ニュートンを任せてきた分、ちょっと本気モードだ。
しかし、その後は意地になった心乃ちゃんにアタックを決められ、連続して点を取られた。
続いてカイジくんも点を決め、高一組がリードを広げる。
逆転を願って懸命にサーブを打ったが、カイジくんにあっさり拾われる。
そして、あっという間に試合終了。
スコアは12−8。高一組の圧勝だ。
ハイタッチで勝利を喜ぶ二人を横目に、清次郎くんは「うぅ、くそぉ……!」と膝をついた。
「ってか、二人共強すぎ……」
「体育でバレーボールやるからね」
「僕は体を動かすより実験をしたいです……」
「いや普通に動けてたじゃん!」
思わずツッコむと、カイジくんは少しだけ視線を逸らした。
試合を終えてその場に立ったまま、ふと視線を横にやると――少し離れたところにいる学生グループが目に入る。
(……あ)
一瞬だけ、胸がざわついた。
「……理世ちゃん?」
カイジくんの声で我に返る。
「どうしましたか?」
「んー、何でもないよ」
そう答えながら、学生グループの方を見やる。
距離にして、数十メートル。
笑っている横顔。 手を振る仕草。
クラスメイトだ。
そういえば、先生が言っていた。 夏休みに、みんなで遠出をするって。
「おーい、どうした?」
ぼんやりとそれを見ていた私を見兼ねて、清次郎くんがこっちに向かってくる。
「清次郎くん、ホームから出たら何がしたい?」
「ホームからか?」
急に言われた言葉に清次郎くんはキョトンとした顔で首を傾げる。
「私は、そうだな〜山が良いかな。秋の山」
うるさい都会から離れて、葉っぱの匂いと静かな風に包まれながら、のんびりと過ごす時間――そんな景色が自然と頭の中に広がった。
「ま、どこでも良いんだけどね!その前にクラスの子にちゃんと謝らなきゃ。せっかく再会できたんだし……」
ホームの人達は優しくて、それに甘えていたらきっとずっと出られない。
「……」
「ついてきてくれる?」
声に少しだけ震えが混じる。少し震える手を彼に差し出した。
清次郎くんは目を見開き、私をじっと見つめる。随分前に言っていたカイジくんの言葉が、頭をかすめた。
『だって外では、何だか上手くいかないじゃないですか―――僕達は』
言葉を紡ぐうちに、胸の奥がちくりと痛む。
清次郎くんはしばらく黙って、私の目をじっと見つめていた。
「やっぱ良いです。帰ります」
何故かやけに丁寧な口調でくるりと彼は背を向ける。
(今、そういう流れじゃなかったじゃん!)
心の中でツッコミを入れながら、無理やり強気に振る舞う。
「もういい!私一人で行くもん」
頬をプイッと膨らませ、わざとらしく小さく足を踏み鳴らす。
「あ、理世くん」
振り返りたくなるけれど、足はクラスの子達に向かって止まらない。
「大丈夫か?」
背後で少し心配そうな声が聞こえるが、構わず歩く。
「……」
近くにいるクラスメイトに視線を向けるが、喉がカラカラに乾き、足から体温が抜けたみたいに震える。
(な、なんで緊張しているんだろう……あの時はごめんなさいって謝るだけじゃん……)
頭の中で何度もシュミレーションを繰り返す。
『あの時はカッター投げて、ごめんなさい』
口に出すまで、心臓が耳元で跳ねているみたいに聞こえる。
手が少し汗ばんでいるのを感じながら、勇気を振り絞って近くに立っていた女の子に近づく。
「あ、あの!」
「え、小野村さん?」
女の子と一緒にいた子達がコソコソと話す。
「小野村さんも海来てたんだ〜……意外〜」
「友達いなさそうなのにね……」
小さな声なのに、やけに鮮明に耳に届く。
「あ……ひるの親子と歯ブラシと同類じゃないですし、ブロッコリーとカリフラワーは改札を通れる確率は低い!で、でもラッコはお腹の上に石を集めるけど、バングラデシュの就職率は年々低下しています。時はマネーなりってね!あ、あれぇ?上手く言えない、上手く言います。ど、どうすれば、どうすれば」
誰かが小さく笑った気がした。
違う、気のせいかもしれない。
でも、一度そう思ってしまうと、全部がそう聞こえる。
言葉が止まらない。
頭の中でバラバラになった単語が、勝手に口から飛び出してくる。
(違う、違う違う違う!)
自分でも何を言っているのか分からない。止めようとしても、言葉が滑って止まらない。
目の前の女の子は、最初はきょとんとしていたが、次第に顔が引きつっていく。
一歩、また一歩と、じりじり距離を取られる。
周りの空気が、ざわっと揺れた気がした。
クラスの人達がちらりとこちらを見て、すぐに視線を逸らす。
「……あ、あの……」
女の子は完全に困惑した様子で、半歩後ろに下がる。
その仕草が、胸にぐさっと刺さった。
(やばい、やばい、やばい……!)
視界の端がじわっと歪む。
喉がぎゅっと締まって、今度は何も言えなくなる。
「……す、すみません……!」
やっとそれだけ絞り出して、勢いよく頭を下げる。
逃げるようにその場を離れた。
「理世く……」
背後からの声を、無理やり遮る。
「ホームの人達だったら平気なのにね。もう治ったと思ってたのに……何でだろうね」
ちゃんと出来るって思ってたのに。
「私みたいな奴は、一生そこにいろってことなのかな」
「理世くん!」
強く名前を呼ばれて、びくっと肩が揺れる。
その瞬間、視界に広がったのは乾いた落ち葉が積もる山だった。
乾いた落ち葉の匂い、かすかに冷たい風、木々の間に差し込む光―――まるで夢の中のように、心が少しずつ解けていく感覚。
気づけば、涙が溢れていた。
ツーっと涙が頰を伝う。
「オレ達、どこへだって行ける!だから、だから……」
そう言っている清次郎くんも涙を流していた。
景色が秋の山なのは、さっき私が言ったからだろうか?
「ありがとう、清次郎くん……」
足元に広がる落ち葉をかき集め、清次郎くんに投げる。
「なっ!?」
驚いた顔の清次郎くん。
次の瞬間――ばさっ、と大量の落ち葉が顔面に飛んできた。
「わぁっ!」
さっきまで胸を締めつけていたものが、少しだけほどけていく。
カサ、カサ、と落ち葉を踏む音。
笑い声。
風の匂い。
――その中に、ほんの一瞬だけ。
ざあ、という波の音が混ざった気がした。
(……あ)
目を瞬かせる。
けれど次の瞬間には、また山の景色に戻っていた。
「もう一回だ!」
そう言って、今度は清次郎くんも落ち葉をかき集める。
「ちょっ、待って――」
言い終わる前に、ばさっと降ってくる葉っぱ。
二人で、子供みたいに笑い合う。
さっきまであんなに騒がしかった心臓が、少しずつ落ち着いていく。
周囲の気配が、ゆっくりと意識に入ってきた。
「……なに、あれ」
「小野村さんが男の子と砂をかけ合ってる?」
「え、ケンカ?」
少し離れたところで、クラスメイト達がこちらを見ている。
完全に、見られている。
――その光景を。
現実の砂浜から見れば、どう見えていたんだろう。
(……ああ)
喉の奥が、ひゅっと鳴る。
「よし、戻るぞ!」
「ちょ、ちょっと待って――!」
手首を掴まれ、抗議する間もなく、ずんずんと砂浜を進む。
足がもつれて転びそうになるけど、清次郎くんの手は離れない。
「はい、到着!」
テントの前に着くと、ブルーシートが敷かれた上にスイカが置かれており、みんなスタンバってた。




