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三話

「海行きたいよなー、海」

「心乃ちゃん、まだ七月上旬だよ」

診察待ちで椅子に座っていると、隣で雑誌を見ていた心乃ちゃんが提案してくる。

「ほら見てこれ。夏コーデ特集。これとか可愛くない?」

雑誌をぐいっと目の前に突き出される。

白いワンピースに麦わら帽子。いかにも“夏”って感じのページ。

「可愛いね〜」

「ビーチバレーとかしたい」

ビーチバレーか〜……!

白い砂浜に、青い空。

足元は少し熱くて、でも海風が気持ちよくて。

「楽しそう!」

……でも、人多いのちょっと怖いかも。

「そういや、ホームの行事で海あったよな」

「あー、あれ参加したい」

夏になると、ホームの行事で海に行くらしい。職員さんも付いているから、特に問題なく過ごせそうだ。

「ま、その前に期末テスト終わらせんと」

聞きたくなかった期末テストという単語に、頭が真っ白になる。

さっきまで頭の中に広がっていた青い海が、一瞬でかき消えた。

私はまだ中学生だから、テストは先生がここに持ってきて受けれるけど……心乃ちゃんは学校まで行かないと受けられないんだよね。

「留年回避しないと……出席日数ギリギリの毎日登校マジ無理」

「頑張れ、高校生!」

「他人事だなぁ……」

心乃ちゃんはぐったりと背もたれに体を預けた。

顔を覆って、指の隙間からこちらを見る。

「理世、ウチの代わりに行ってほしいなー……なんて」

「無理だよ!?じゃあ、私の学校行ってくれるの?」

「中一でしょ?勉強はよゆー」

ビシッとドヤ顔で親指を立てる心乃ちゃん。

そりゃ、高一にとっては中一の問題なんか簡単だと思うけどさ……それに、もうすぐ夏休みが始まるし。

「……あ」

ふと気づいて、顔を上げる。

「夏休みってことはさ」

「ん?」

心乃ちゃんが雑誌から顔を上げる。

「テスト終わったら、結構自由じゃない?」

「……あー」

少し考えてから、にやっと笑う。

「つまり?」

「外出許可取ったら、学校のことなんか忘れて思いっきり遊べるくない!?」

「お〜!天才じゃん」

ぱっと顔を輝かせて、心乃ちゃんが身を乗り出す。

「ショッピングモール行って、理世とお揃いの水着を買ってー……海行く!」

「心乃ちゃん、センス良いもね〜」

「いや〜、楽しみですなー……!」

キャーキャー言い合っていたら、職員さんに注意されたのと同時に心乃ちゃんが診察室に呼ばれた。


「というわけで!四人で夏休みどこか行こう!」

テスト勉強会の最中、息抜きと称して夏休みの計画を立てる。机の上にはノートやペン、開きっぱなしの教科書が散らばる。

私は、鉛筆を持つ手が自然と止まり、頭の中はすっかり夏祭りのことばかり。

「海に行くのは確定として、どこ行きます?」

「アメリカ」

「軽井沢で避暑」

「ショッピングモール」

「見事にバラバラですね……」

カイジくんはノートにメモを取りながら、肩をすくめた。

「清次郎くん、アメリカってどうやって行くの?」

「オレの家にはプライベートジェットがあるのだ!」

「凄いねぇ」

清次郎くんは涼しい顔で腕を組みながら、ドヤッと胸を張る。

「いつでも行けるぞ。まあ、今回は別の案で手を打とう!」

「あ、夏祭り行きたい!」

確か、七月の下旬らへんに近くで夏祭りがあったはず。

「良いねー、浴衣着よ。クマ吉にも浴衣作ったんよ」

「マジ?心乃ちゃん、手先器用だね〜」

「まぁね」

心乃ちゃんは照れくさそうに、そっぽ向いた。

「そういえば、ニュートンは夏祭り行くのか?」

「ええ、行きますよ」

夏祭りで浴衣男子の肩に乗っているカメレオン。かなり面白い絵面かもしれない。

私達は見慣れているけど、他の人から見たらびっくりしちゃうよね。

「……いやぁ、想像しただけで面白すぎる」

思わず吹き出すと、談話室は笑いの渦に包まれた。

「ニュートンは僕の情緒安定剤なんです。だから一緒です」

「ウチのクマ吉みたいなもんか」

納得したように頷く心乃ちゃん。

「夏休みどこも行かなくても、何かしたいよな」

数学のワークを解いていた清次郎くんが呟いた。

「例えば?」

「映画作る」

「「「え?」」」

三人分の声が綺麗に重なった。

私は思わずシャーペンを落としそうになって、慌てて握り直す。

「……映画って、あの映画ですか?」

「そうだ。脚本を書いて、撮影して、編集して……一本の作品にする」

清次郎くんはさらっと言ってのけるけど、言ってることのスケールが大きすぎる。

カイジくんが目を瞬かせた。

「良い案だと思うけど、めんどくさい」

「それな」

「機材とか持っていないですしね」

映画撮影は却下になったことで、清次郎くんは「なぜだ」とでも言いたげに眉をひそめた。

「撮影とか絶対めんどいじゃん」

心乃ちゃんが机に頬杖をつきながら言う。

「編集とかもよく分かんないし。絶対途中で飽きる」

「それに、機材がありません。スマホで撮るにしても限界がありますし」

「ぬぅ……」

集中砲火を浴びて、清次郎くんは腕を組んだまま、落ち込んでしまう。

「どんなの考えていたの?」

少し落ち込んでいるので、慰めようと聞いてみると一気に笑顔に戻った。

「わー、単純」

「失礼だな!」

清次郎くんはむっとした顔をしたものの、すぐに咳払いをひとつして、いかにも“語ります”という姿勢になり、語りだした。


荒野の乾いた風が吹きすさぶ、荒涼(こうりょう)としたワイルドウエストの町。

人の少ない酒場へと、一人のカウボーイが入店してきた。

彼の名前は清次郎。凄腕のガンマンだ。

店の壁には至る所に『デッド・オア・アライブ』と書かれた彼の手配書が貼られている。清次郎は、指名手配中のお尋ね者なのだ。

それを知りながらも、マスターのカイジは彼を店に受け入れ、カウンターを滑らせてぶどうジュースを清次郎に渡した。

清次郎がぶどうジュースを口に運ぼうとした瞬間、入り口のドアが勢いよく開き、町娘の理世と心乃が焦ったように入って来た。

「保安官が暴れてる!」

「あんな保安官、自業自得や!」

清次郎は動じることなく、酒場の外に出る。

そこには、最近評判の良くない保安官が暴れていた。

保安官を乗っ取っているのは、この地域一帯から厚い支持を集める神のクマ吉だ。

清次郎は銃をカチャカチャと鳴らし、保安官と対峙(たいじ)する。

「決闘でもするんですか?」

酒場から出てきたカイジが、戸惑ったように二人の顔を見比べる。

そう、今から清次郎と保安官は決闘―――悪霊払いを始めるのだ。


「「却下」」

私と心乃ちゃんの声が重なる。カイジくんもその案に反対なのか、渋い顔をしている。

「最初の場面は良かったんですけど……ね」

「なんか、うーん……って感じ」

「まず、クマ吉を悪霊呼ばわりすんな」

心乃ちゃんは半目で清次郎くんを睨みつける。

みんなからボコボコに言われて、清次郎くんは机に突っ伏して不満そうだ。

「クマ吉が神なのか悪霊なのか、めっちゃブレブレ」

心乃ちゃんが容赦なく追撃を入れると、清次郎くんから、ぐさっ、と音が聞こえた気がした。

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