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一話

みんなが私を嘲笑(あざわら)っている。

『気狂い』『クスクス』――そんな声が、あちこちから聞こえてくる気がした。

何で私、こんなに言われないといけないんだっけ?

ちょっと、自己紹介で失敗しただけじゃん。


「おっ、小野村(おのむら)理世(りせ)です!好きな言葉は向上心。みんなと仲良くしたいので、みんな仲良くして下さい。小学生の時は変な奴らにいじめられてました。でも中学じゃ、みんなそんなことしないよね?だって、みんな大人だもん」

何が言いたかったのか、自分でも分からない。

ただ、「仲良くなりたい」って、それだけで頭がいっぱいだった。

始めの四月。どんどん仲良しグループができてくる時期。ここを逃せばぼっち確定。

焦って、勇気を振り絞って、何人かに話しかけてみたけれど。

「あ、小野村さん。一緒……にお昼食べたいの?ちょっと待ってね……」

そう言って女の子はグループの子達と顔を見合わせ小声で話し出した。

「やべぇ、どうする?

「やだよ、ネタでもキツいっしょ」

コソコソとした声。

聞こえないふりをするには、少しだけ近すぎた。

「あ、あれ?ちょっと、失敗しちゃったかな」

ポツリと呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。

そして、その日から。

世界の音が、少しだけ変わった。

空を飛ぶカラスの鳴き声も、トイレの水が流れる音も。

みんな、どこかで私をクスクスと笑っているように聞こえる。

私を囲う人たちの姿が、真っ黒に塗りつぶされて見えなくなった。

その日の帰り道。

「カァ、カァ」

頭上で鳴いたカラスの声に、思わず肩が跳ねた。

――まただ。

笑ってる。

絶対、今のも笑ってた。

「……気のせい、だよね」

そう呟いてみるけれど、言葉は妙に軽くて、全然自分の中に落ちてこない。

足早に歩く。

周りには、同じ制服の生徒たち。

楽しそうに話しているはずなのに。

その口元だけが、黒く滲んで見えた。

笑っているのか、何を言っているのか、分からない。

ただ、形だけが――歪んでいる。

「ねえ、あの子さ」

「やめときなって」

すれ違いざまに聞こえた声に、心臓がぎゅっと縮む。

違う。

今のは、私のことじゃない。

「……っ」

足が止まる。

振り返りたい。

でも、振り返ったら。

全員が、こっちを見て笑っている気がして、できなかった。

翌日。

教室に入った瞬間、空気が重くなった気がした。

いや、違う。

重いんじゃない。

濁ってる。

黒い。

みんなの輪郭が、昨日よりもはっきり黒く滲んでいる。

顔も、目も、もうよく見えない。

ただ、口だけが。

にやにやと、笑っている形をしていた。

「い、いい加減にしろぉ、悪者共!お前らの正体は知ってるぞ!魔王ユニバースの手先!!」

ビシッと黒く塗りつぶされた人達を指差す。

「なんだよ、ちょっと失敗しちゃっただけじゃん……みんなで笑うことないじゃん!くらえ、必殺!断罪カッター」

近くにあった物を、衝動のままに掴んで投げつけると、机と黒板と床に亀裂が入った。

机と教卓は手遅れで真っ二つに割れてしまっている。

「……え?」

その夜、お母さんは電話越しに「ええ、はい」とか「そうだったんですか……」とか申し訳なさそうな、どこか情けない声で繰り返していた。学校からの電話だろうな、と私は思った。

そんなことがあった五日後。

母に連れられてやってきたのは、『ココロホーム』と書かれた建物だった。

表札にはツタが絡まり、高い塀がぐるりと囲んでいる。

「……ここで、少し休もうね」

少しやつれた母の声は、優しかった。


そうして、私はここに運ばれた。

―――特別心療共同治療施設『ココロホーム』

ここは同じ症状を抱えた人達が共同生活を送って治療していこう!という目的で建てられた施設。

どんな症状かというと、同じ症状を持つ者同士と共有できる妄想。

私も詳しくは知らないけど、妄想が具体的で強ければ強いほど、複数人で共有することも可能なんだって。

極稀に、未治療の人は現実に干渉できるほどの症状が現れるため、急いで隔離措置が必要だそう。

私が真っ二つにした机や教卓も、それに入るらしい。


午前七時過ぎ。

朝日にまぶたをくすぐられ、薄っすらと目を開けた。

のっそりと上半身を起こし、「んー……っ」と伸びをする。

眠気を少しでも紛らわせることができるように目元をこすった。

長年やってるこれは、もう(くせ)になってしまっているようで、例え寝ていたとしても、少しでも眠りが浅ければ自動的に目元をこすってしまう。

癖って悲しいな。

考えていたら頭が()えてきて、視界も徐々にクリアになっていく。半分寝ていた脳がようやく起き出してくれたらしい。

すでに同室の子が開けてくれたであろうカーテンの方を見ると、窓ガラスに映る自分と目が合った。

七月とはいえ、冷暖房が完備された室内は少し肌寒いので、お気に入りのオレンジ色のカーディガンを羽織(はお)って廊下に出る。

「おはよーございます!」

「おはよう、理世ちゃん」

少し寝坊してしまったが、なんとか朝ご飯の時間に間に合いそうだ。

「朝ご飯始まるわよー」

看護師さんの言葉に「はーい」と返事をしながら、食堂へ向かう。

食堂へ向かうと、王冠やPrinceという文字が浮かんでいた。

「わぁ〜」

(これは、清次郎(せいじろう)くんかな)

清次郎くんの妄想帝国―――『清次郎キャッスル』と書かれた扉の向こうに、一歩を踏み出した瞬間、空気がぱっと変わった。

壁に描かれた奇妙な絵や文字が生きて動いているように見え、床の光も微かに揺れている。

「清次郎くん、心乃(ここの)ちゃん、カイジくん、おはよ〜」

三人はすでに食堂のテーブルに座っていた。

「遅いぞ、理世くん!主君(しゅくん)のオレより遅いとは何事だ!」

「起床―――」

「おはようございます」

私はあくびを噛み締めながら、三人の間に座った。

清次郎くんの王冠模様の皿には、カラフルなパンケーキが重なっている。まるで城の塔のようだ。

「今日は一段と凄いね〜」

「今朝はすこぶる気分が良くてな!」

「良かったね〜」

「うむ!」

三人は、このホームで出会った親友。

いや、親友なんて言葉じゃ足りない。

もっと、もっと深い心友(しんゆう)だ。

ご飯だっていつも一緒だし、寝る時は私が二段ベットの上で心乃ちゃんが下。

さすがに男子組は同じ部屋じゃマズイもんね。

同い年で感性豊かな清次郎くん。

高一で面倒見の良い心乃ちゃん。

心乃ちゃんと同い年で白衣姿が特徴的なカイジくん。

朝ご飯を済ませて、心乃ちゃんとカイジくんと談話室に向かう。

壁際にはソファや小さなテーブルが並び、窓から差し込む光が木目の床に反射している。

私は改めて室内を見渡した。談話室と言うだけあって、チェスや人生ゲーム、将棋やトランプなどのボードゲームの揃えは良いらしい。

「ねぇ、二人はここから出たら何したい?」

「ん〜、出んで良いけど、今まで通り過ごせたら良いかな〜」

「僕もです」

意外な返答だった。

「それより、見てこれ」

心乃ちゃんはスマホを操作して、SNSの画面を見せてくれた。

「さっきSNSに今日の服装の写真をアップしたんだけどさ、オッサン共がめっちゃ非公式DMしよる」

私は画面を覗き込んで、思わず目を丸くした。

そこには、心乃ちゃんが投稿した写真に、妙に絡んでくる大人達のメッセージが山ほど並んでいた。

内容は意味不明だったり、失礼だったり、明らかに不快なものばかりだ。

「いい歳したオッサン共が女子高生に群がって……バカやなー!」

本人は大して気にしていないのか、ゲラゲラと涙を流しながら面白い物を見つけた時のように爆笑している。

「楽しそうですね」

ピアノの椅子に座っていたカイジくんの白衣のポケットから、カメレオンのニュートンがひょっこり顔を出す。

私服に白衣を着るのはどうなんだろうと最初は思ったけど、今ではもう誰も気にしていない。

「カイジくんは?何で外に出たくないの?」

「だって外では、()()()()()()()()()()じゃないですか」

少しだけ間を置いて、カイジくんは続けた。

「―――()()は」

そう笑った彼の表情は、何だか諦めとも悲しさともとれる顔をしていた。

うまくいかない……?

そんなこと、なく……ない?

だって同じ人間だよ……?

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