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少女シャルージェ・ウリヤノフについて

 少女シャルージェ・ウリヤノフについて



 シャルージェは雪の止む頃、ラヴィースクと呼ばれる街に辿り着いた。そして彼女は誰とも話すこともなく、外れにあった屋敷へ向かった。固く閉ざされた扉を叩く。

 錆びた蝶番が不愉快な音を立てて、その奥には猫の瞳があった。


 「お久しぶりです、お母様」


 「シャルージェ、どうして今になって…いえ、いいわ。寒いでしょう、入りなさい」


 久しぶりに帰る自分の家、シャルージェはその変わらなさに驚いた。兄の作った花瓶に兄の作った写真立て、兄の描きかけの絵に全てがあの日のままだったのである。


 「少し話しましょうか、シャルージェ」


 「いいですね、お母様」


 母と子は向かい合って座り、同じタイミングで茶を啜った。


 「一応、伝えておくね。貴方の本当の父親、ラスアジィンニコフが死んだ」


 「知ってますよ、お墓参りだってもう済ませました」


 「そう、そうなのね。それで、どうだった…って聞き方もおかしいか」


 「まぁ、私は本当の父親について何も知りませんからね」


 「そうね。あぁ、その彼は恍惚とした眼で説教をするような人だったよ。違う、なんて言えばいいのかな…」


 シャルージェは女だ。だから女である母の気持ちを理解できる。その上でシャルージェは子供として、女である母を軽蔑した。


 「貴方がいくらラスアジィンニコフという男に対して語ろうと貴方の罪が許される訳ではないでしょう?だから辞めてくださいね、あの人のことを語るの」


 母の女としての側面を見たくない、しかしシャルージェにはそれ以上に直視したくないものがあった。

 それは、女としての自分である。


 「わかってる!でも仕方ないじゃないの、貴方も女でしょう?宮廷の女はみんなあの男にメロメロで、それは王妃だってそうだった。ギラギラとした情熱的な説法をされて、まさしく彼は愛の伝道師だった、そんな男だったんだ」


 母親の涙を見て、シャルージェは体の中心、つまり胃から何かが込み上げてきそうだった。あの男とこの女が動物となって番う姿を想像してしまったのだ。それが心底不愉快で気持ち悪くて、愛の言葉を囁くあの男も、それに靡いて頬を赤らめる母親も全部が気持ち悪いと思った。


 「私にはわかりかねます、お母様。人間は人間である故、理性がある限りいついかなる時であっても、動物的な欲求を封じなければなりません」


 「よく言うわね、私が彼に惚れてなければ産まれてなかったのに」


 親子二人だけで話すと必ずこうなる。だからシャルージェはこの母親、この女の不安定さに嫌気が刺して家から出て行ったのだ。勿論、彼女の兄のこともあるが。


 「誰が産んでくれなんて言ったか、そんなつまらない事を私は言いません。でも自分の産んだ命にすら責任を取れない貴方を私は蔑如しますよ。だって兄様の事件も、元はと言えば貴方の無責任さが原因ですからね」


 「違う!あの子があんな事件を起こしたのは私のせいじゃない、あれはあの子の選択!私は関係ない」


 「母親の癖に自分の子供も慮れないのですか?兄様は貴方が私にばかり、ラスアジィンニコフの子供にばかり構うからああなったんだ。あの人はただ、貴方から愛してもらいたかった、それだけだったのに」


 「私の気も知らないで…!」


 「私の気?私の気持ちと言いましたか?お母様、貴方は自分の子の気持ちは考えないのに自分の気持ちは考えて欲しいと言っているんですか?それが母親の言う事なんですか?」


 母親は立ち上がり、シャルージェを引っ叩いた。シャルージェはジンジンと熱くなる自分の頬を撫でて、そしてこう言った。


 「…そうなんですね、お母様、もういいです。さて、私は兄様の部屋に用があって今日来ました。集中するので余程の事がない限り呼ばないでください」


 シャルージェは兄の部屋に向かう。そしてその途中、誰にも気付かれない微かな声でこう囁いた。


 「…死んでしまえ」


 兄の部屋はまるで図書館のようであり、ベットと机と椅子、そして本棚しかない。そしてその本の傾きも布団の皺も、全てあの日から変わっていない。

 シャルージェは椅子に深く座り、目を瞑る。


 「兄様、私は貴方のようにやれているでしょうか」


 ウリヤノフ家の長男は農本革命団(ナロードゲンツィア)の一員であり、そして3年前に魔王カンノンノフ暗殺を企て、絞首刑に処された。


 「私は頑張ってきたはずです。ですから…」


 妹は愛しの兄を殺し、そして家族をバラバラにした悪魔を許せなかった。そしてその悪魔を焼く為にこの兄の部屋に入った。でもシャルージェは悪魔に魅入られてしまった。ラスアジィンニコフの産み出した階級に対する偉大なる闘争に魅入られてしまったのである。

 その時から彼女は自分をこう定義するようになった。


 私は理想を果たす為、予め死刑を宣告された人間である。故に私は野生になってはならない、無欲でなくてはならない、女になろうとしてはならない。


 「ニコラス…」


 子は親に似る、望もうと望むまいと。彼女はこの僅かな休息の中、愛した男との出会いの日の夢を見た。

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