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カテリーナ・イエラヴナという女

 カテリーナ・イエラヴナという女


 翌日、ニコラスは王妃の寝室へ向かった。


 「ニコラス、どうしたのさ」


 母と子はいつものように天蓋付きベットに座って語らう。


 「これについてですよ、母上」


 ニコラスは古ぼけた手帳をカテリーナに見せた。カテリーナはその手帳を見るや否やすぐに懐かしそうな過去をして、その手帳を深く胸に沈めて抱いた。


 「じゃあ、知ったんだね。アレクサンドル、サーシャの事」


 「はい、全て知りましたよ。アレクサンドル兄のこと、ラスアジィンニコフのこと、何より私自身のこと」


 ニコラスは立ち上がり、座ったままのカテリーナを見下ろした。


 「単刀直入に言いましょう、母上。アレクサンドル兄がラスアジィンニコフの子供だと、それだけをお認め下さい」


 カテリーナは顎に手を当てて思考する。


 サーシャをラスアジィーニの子と認める、つまり彼の正統性を失わせるという事。で、これをすることによる自分のメリットは…


 1.サーシャが魔王にならなくても良くなる。


 次にデメリット


 1.ニコラスが魔王になってしまう。


 2.姦通の王妃と汚名を着せられる。


 3.自分のエゴでサーシャの意思を捻じ曲げてしまうことにならないだろうか。


 以上を踏まえて、ニコラスが何を考えているかについて考察しよう。

 まず確定的な事、メリット1とデメリット1よりニコラスは魔王になろうとしている。じゃあこれは何故?

 おそらくニコラスの思考回路からしてこうだ。

 アレクサンンドル兄は信用できない、そうであるのならば自分が魔王になったほうがマシだ。

 でもそれはそれとしてニコラスが母親の無性の愛を期待する程子供じゃない。だからこの話の肝はニコラスがサーシャを信用できてないって所だ。


 「なるほどね、私がサーシャに殺されると思ってるんだ」


 「流石は母上です。話が早い」


 「でもそれは大きな間…」


 いや、あながち間違ってないないかもしれない。兄弟全員の性格を考えれば、最終的に自分が死ぬことは十分あり得る。その場合私を殺すのは多分、ニコラスかオーシャになる。


 「違ってはないのか、いいよそうしてあげる」


 母親の即決にニコラスは少し、ほんの少し涙を溢した。ニコラスは日記にあった母親の夢を真実と確信してしまったのである。


 「やはり、ですか。母上は僕が必要ないのですね」


 カテリーナは呆れた。ニコラスの鈍感さに呆れたのである。


 「ニコラス、ちょっとここ座って。早く」


 ニコラスはベットの中心で胡座を描くように座った。カテリーナは彼の両肩に手をやって、そして押し倒した。


 「母上?」


 「あたしがラスアジィーニの事を愛してるの、何故だと思う?」


 汗が首を伝う、ニコラスは自分と同じ猫の瞳を持つ母の目を恐れた。


 「ラスアジィンニコフが男として魅力的だったからですか?」


 「そうだね、でもそれだけじゃない。ラスアジィーニはあたしと同じだったんだ。自分の悍ましさを忌々しく思っているから、神に縋っている」


 カテリーナはニコラスの胸板を撫でた。男らしいとはとても言えないが、しっかりとはしていると感想を抱く。


 「貴方の父親はラスアジィーニでもカノンノフでもない。私の双子の兄だよ」


 ニコラスは自分の出生の秘密、その悍ましさを知って目の前の母上が女であると察した。そして怖くなって自分を押し倒している女を無理やり退けて立ち上がった。

 何故か息が切れている自分に驚きながら、ニコラスは女を睨んだ。


 「多分、こういう所がサーシャに移ったんだろうね。あの子貴方のこと何故か女として見てるから」


 「僕は男だ。違う、そうじゃなくて、あぁそういうことですか、僕が居ると…だからか」


 ニコラスは気が狂いそうだった。自分の母親が自分を男として見ていて、自分の兄が自分を女として見ていると知って、その悍ましさに恐怖したのだ。


 「本当に可愛い顔してるって、サーシャがここに居たら思うでしょうね、あたしもそう思ったし」


 「少し頭を冷やしてきます」


 ニコラスは王妃の寝室から逃げる様に去った。


 「ニコラス王子、お待ちください!」


 護衛に呼び止められ、彼は足を止めた。そしてすぐ横にあった花瓶を持ち上げ、生けられた花と水を頭から被った。彼の長い髪に水が滴り落ちる。


 「あぁ、もうまたやって…王子!風引きますよ」


 「わかってる!今すぐヨセフ兄を私の部屋に呼べ!」


 「わかりました、ですから頭拭いといてくださいね」


 ニコラスは自分の部屋に戻りタオルで頭を拭いた。彼の部屋は統一感というものが無い。ベットの小脇には頭がサメで身体が亀の人形が横たわっていたし、棚の小難しい本の隣にはコケシと呼ばれる極東の人形が佇んでいる。それらは彼のストレス発散、つまり奇行によって齎されたものである。

 

 「ニコラス様、タオルお貸しください」


 召使いの女はニコラスからタオルを奪い取り彼を椅子に座らせ、彼の頭拭いた。彼の頭が乾いたのを確認し、彼の長い髪を編み始める。


 「いつもありがとう」


 召使いの女はニコラスを娘の様に見ている。だからこうやってこの長く艶のある髪をハーフアップの三つ編みにしようとしているのだ。勿論、ニコラスがこの髪型を好いているからという訳ではない。ただ、2年前に娘を亡くしたこの女に対してせめてもの救いになればいいなとニコラスはされるがままにされているのである。


 「あまり髪が痛むことしないで下さいよ、この前だって雪被って帰ってきたじゃないですか」


 「ごめんなさい、あの時は少し私も正気じゃなかったんだ」


 「ニコラス様はいつもそう、何かあるとすぐにおかしな事をする」


 「それは、そうだな。多分私の生まれ持った、性質的なものなのかもしれない」


 ニコラスは先ほどの話を思い出し、自分の性質、つまり自分の心の不安定性とか心の持ち直し方とかの要因が自分の生まれによるものなのではないかと考えてしまった。


 「ならニコラス様の側には面倒見のいい人が必要ですね」


 「そうなのかな、そんなに私はそんなに劣って見えるだろうか、周りの人と比べて」


 「いえ、そういう訳ではないんです。ニコラス様はなんというか、視座が高いと言えばいいんでしょうか、ですから足元が見えてないんですよ。だから足元を見てくれる様な人が必要なんじゃないかって」


 「そんな人だったら、いやそんな人が居ればよかったな」


 扉を叩く音が聞こえると同時に僕は立ち上がり、大男を部屋に招いた。


 「ヨセフ兄、お忙しい中お時間を作っていただき感謝申し上げます」


 「なんかいつにもまして可愛いなお前。で、何で呼び出したんだよ」


 ヨセフは彼の整えられた髪とそれに似合う儚い白肌と愛らしい顔を見て、自分の兄や宮殿の馬蹄師が狂うも無理ないと感想を抱く。


 「まずこれを読んでください」


 ニコラスは先ほどの古ぼけた手帳をヨセフに渡す。ヨセフはそれを読んで、険しい顔をして以下の感想を溢した。


 「まったく、自分の母親の女の一面というのは見たくないものだ。どうしても悍ましく感じてしまう」


 ヨセフの口調はいつもの外見にそぐわ無いある種稚拙を思わせる様なものとはまったく違っていた。


 「母上はこの日記の一部、つまりアレクサンドル兄がラスアジィンニコフの子であると、それだけをお認めになるそうです」


 「なるほどね、アレクサンドルにぃにの…これは刺さるな」


 アレクサンドルが如何に有能であろうと、魔王の血を継いでいないと分かれば魔王への道は絶たれる。何故なら何処ぞと知れぬ祈祷師の子供を魔王に据えるなんて実例を作ってしまった暁には誰でも魔王になれる資格があると取られかねない。そうしたらもう、次の魔王は決まらない。


 「でヨセフ兄、貴方には王位を破棄してくれれば助かるんですけれど」


 「あぁいいよ」


 意外にもヨセフは快諾した。流石のニコラスもそれを不思議に思い、瞳が流れる。


 「魔王の座に興味が無いのですか?」


 「無い、というより向いてないと考えている。僕もアレクサンドルにぃにもね」


 ヨセフは本棚を一瞥する。


 「カール・ラスアジィンニコフ著、市場論経済批判。ゲオルギー・トロイトスカヤ著、再臨者。ニコラスは何故この本を読む?」


 「純粋な知的好奇心?いや…」


 ニコラスは今一度何故自分が本を読むのか考える。


 「多分、馬鹿だと思われたくないから、あと内心で人を馬鹿にしたいから、なのかも知れません」


 「そう、そこなんだ。多分だけど、ニコラスは僕やアレクサンドルにぃによりもその気持ちが強い。だから賢いんだ」


 「僕はね、ニコラス。賢さという言葉を馬鹿だと罵られることへの恐怖心だと解釈している。アレクサンドルにぃにや僕は薄いから魔王には相応しくない、そういう事だ」


前作テルール=テルミドールの傲慢革命は熱狂って感じで作ったんですけど、今作はその真逆で陰鬱とした感じのドロッと冷たい雰囲気で作っていきたいなって思ってます。


でも前作よりもラストはきちんと希望を持てるものになると思います

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