兵士ルスラーン
兵士ルスラーン
ルスラーンは3年ほど前にチュロス軍団に参加した獣族の男である。また獣族寄りではなく獣族なので、顔は犬っぽいし毛がふわふわだ。しかしそれは些事であり、重要なのはヅィベリエンのルーシー人でありながらチュロス共和国の残党に参加したという事である。
何故彼が敵であるチュロス軍団に参加したのか、それはマルタ・クラウンという女があまりにもタイプだったからである。
高い身長に女性らしい豊満な胸と柔らかそうな尻、そして何より筋肉質な肉体。一目見て彼は惚れた。だから彼は己のヅィベリエンハスキーとして生まれ持った体力をプレゼンしてチュロス軍団に入れてもらった。
もちろん、最初は余所者であるから風当たりは強かった。でも彼はヅィベリエンハスキーで人懐っこいからすぐに気に入られた。だが最近そんな彼にも悩みができた。
想い人たるマルタ・クラウンの昔飼っていた犬がボーダーコリーだったという事である。
ボーダーコリーはダメだ。あいつらは自分の賢さを鼻にかけていて皮肉屋だからめんどくさい上にムカつく。いつもヘラヘラと笑っているが、あいつらはほとんどの生物を自分より頭の悪い愚かな人間だと思っているのだ。
「どうしたルスラーン、行軍中だぞ。緊張してんのか?」
「いえ、伍長。ボーダーコリー種飼うよりヅィベリエンハスキー飼った方がいいのにと思いまして」
こいつは何を言ってやがる、伍長はそう思った。
「いやどっちもどっちだろ」
伍長は昔犬を飼っていた。ボーダーコリーにヅィベリエンハスキー、チワワにブルドックと色々な犬を飼ってきた。故にルスラーンは彼の隊に配属されたのだ。
「いや違うでしょ、僕らヅィベリエンハスキーは自分らが鈍臭い事分かってるんですけどボーダーコリーは違うでしょ。だってあいつら自分のこと頭いいって思ってって、その上でイタズラしますからね」
「いや信頼関係作れてないんだったらどの犬でもそんなもんだろ。ヅィベリエンハスキーやボーダーコリーがこの傾向強いってだけで」
傾向、ルスラーンはその言葉に引っかかった。何故なら傾向で片付けられる程の話ではないと思っていたからだ。
「そうですかねぇ、中々ですよ。犬の気持ちがわかるって」
獣族寄りでは不可能だが、獣族は持ち前の嗅覚や感覚で動物の言葉こそわからないものの気持ちがほぼ完璧にわかるし伝えることもできる。故に獣族である彼から見た犬というものは人間から見た子供に近く、言ってしまえばボーダーコリーは生意気なガキであると感じてしまうのだ。
「そうかぁ?お前怖がられてるんじゃねぇのか」
「怖い?俺がですか?」
「そりゃお前、たまに自分の身体のデカさ知らないだろって時あるしな」
何気にルスラーンの身長は198cmと周りと比べて格段ににデカい。にも関わらず結構動き回るからたまに物を壊す。
「行軍辞め!」
その声に従い、兵は止まった。そのしばらく後、後ろから爆音と甲高い音が響いた。
空に赤い弾が飛んで、空気を切ったその跡が見える。それが何百、何千と流星群の様に敵の陣地に飛んでいったのだ。
「こりゃ酷いっすね」
「あぁ、本当に酷いな」
最初に何万という砲弾を敵陣に打ち込んで防衛陣地を破壊する。それがミハイルのやり方であり、戦闘は知っていても戦場走らないルスラーンや戦場を知っていてもその戦場の殆どがヅィベリエンであった伍長には異様な光景であった。
「あれだけで敵死ぬんじゃないんすか?」
「いや、敵もミハイル将軍の事は知ってるだろうからよ、相当深い塹壕掘ってんじゃねぇのか」
「嫌ですよね味方で殺し合うなんて」
「本当にな」
伍長の予想通りで敵は深く硬い塹壕を掘っていた。だがミハイルもそれを知っている。だからかつての同胞に対して最大限の賞賛と砲弾を贈った。
5時間経って陽が沈む頃には既に敵陣地は壊滅状態で長閑だった平原は荒野へと変わっていた。しかし荒野といえど無人ではない。陣地は崩壊しているが深く掘った塹壕が功を奏して最低限の防衛能力は保全できた。
「そろそろ前進っすかね?」
「いや、今日はないと思うぜ」
夜中の三時、大部分の兵士が寝静まった頃、予備の砲弾を使った砲撃が始まった。辛うじて残っていた塹壕は徹底的に破壊され、生き残るには弾が飛んでこないことを祈りながら僅かに残った穴の中で赤子の様に小さくなるしかなかった。
皮肉にも世界に絶望した無神論の農夫達はこの砲弾の雨の中で信心を取り戻しかけていた。
朝の八時、陽が出てしばらく経ち霜と塵が混じる中、マルタ・クラウンはミハイルの意向に従い自らの軍団に前進を命令した。
「八時半だ!前進するぞ!安酒の代金分は働けよ!」
ミハイルの命令はこうである。
踏み潰せ。
南法軍中央の五万が束となって敵陣地へ進んだ。まさしくその光景は雪崩であった。
流石に犬は殺しませんよ




