ニコラスの欲望
ニコラスの欲望
ヴォルゴノフとは鉄道の要衝であり、ここを黒軍に取られればコサック地域への補給は不可能となる。しかしそれは白軍とて理解しており、コサックには最低限度の兵力しか置いていない。よってここでの戦いは如何にここでギリギリの撤退を演じれるかどうかの戦いである。
「どうかな、ミハイル将軍」
「最後の瀬戸際まで粘れと、それが南軍の秘密の指針でしたね。でも実際にヴォルゴノフに来て感じました。この町での防衛戦は泥沼になる。粘って撤退、と言う観点から見ると沼が深すぎますね」
「つまり、打って出ると?」
ミハイルは遥か地平線をなぞってこう言った。
「予備兵力を含めた大部隊で敵の対処能力を上回る連続的な攻撃を行います。敵に南部での包囲が目的であると錯覚させるのです」
「本気か?失敗すれば南の軍は壊滅する。守り切れるかどうか」
「安心してください。秋の終わりにこの作戦を頓挫させる予定ですので」
ミハイルの計算では秋の終わり、つまり冬になった時に戦力が底をつく予定だ。
「しかし僅かな戦力で冬を越せるのか?」
ニコラスの疑問ももっともだ。確かに冬となれば凍死者が出る為攻勢しにくい。さりとてそれは守り側も同じで冬の寒さは等しく人間を蝕む訳であり、大攻勢で戦力を失って冬の寒さで最低限の防衛戦力も失ったとなれば話にならない。
「僅かな戦力だからこそです。初動で大規模な攻勢をして兵力を失えば冬の分の一人当たりの食糧が増えます。我が軍は安全に越冬して、兵が薄くなったから早期決着が可能と大部隊で突っ込んで来た敵は冬の寒さに削られます。もっとも後半は賭けですが」
「君ほどの男が言うのならばそうなんだろう。やってみせろ」
ミハイルは敬礼をし、ニコラスもそれを返した。
「ではニコラス陛下、手筈通りカノンノフ広場に兵を集めますので後程」
彼はニコラス陛下という聞き馴染みない音に違和感を覚えながらヴォルゴノフ広場前に存在するヴォルゴノフ政府庁舎に向かった。
執務室で原稿を眺めながら演説を頭の中でシュミレートする。人の意思をコントロールしてある一点に向ける為にどういう身振りが、どういう口調が最適なのかを考察する。
その最中、彼は自分の目的について考えた。
この内戦を終結させる。これは確かに僕のやるべき事だし、僕のやりたい事だ。でも本当にそうだろうか。例え内戦が終結して平和が訪れても、僕の手は震えたまま飯も一人で食えやしないし夜も悪夢を見るばかりだ。
この震えも悪夢もうんざりだ。だからどうにかして対策するか、消してしまいたい。その為には彼女の存在が、あの時僕を慰めて癒してくれたシャルージェが必要だ。
あぁそうか、そういうことか。これが僕のやりたいことか。僕はシャルージェの夢を砕いて自分の腕の中に収めたいのか。
利己的で野生的だ。自分の近くにいて欲しいから、自分を慰めて欲しいからって彼女の夢を砕こうとしている。自分の側にいて欲しいから夢も理想も全部諦めてくれって思ってるんだ。
僕は本気で彼女を欲している。
それはニコラスに初めて芽生えたはっきりとした欲望だった。
「やっとわかったよ、君の気持ち」
とっ散らかったニコラスの頭の中が澄んだ湖の様になった。こうなったニコラスは謂わば超人であり、その力たるや世界の半分を征服した魔王カノンノフと同等である。
やっと彼は血の繋がらない父と同じ視点に立てたのだ。
「行こうか」
政府庁舎を出て馬車を走らせてカノンノフ広場へ向かう。
そこにはすでに数万名の兵士が入場しており、地面の芝生が一切見えない。だから広場中央にある巨大な我が祖国の父勝利カノンノフ像が大きく目立っていた。
ニコラスは魔王としてその像の前に立ち、数万の兵士を眺めた。
「諸君、まず私ニコラスと共に戦わんとする事、感謝申し上げる」
演説とは火起こしに似ている。火種に酸素を送って徐々に大きくするように、演説も人を集めて酸素を熱に変えて酸欠で判断力を鈍らせる事が基礎になる。
だからニコラスは最初、感謝だとかの良い印象を与えることに注力した。人熱れが最高になるのを待っていたのである。
「さて、諸君も知っての通りここヴォルゴグラードは交通の要衝だ。私はここを無責任な連中に破壊される事を望まない。故に私は諸君らに前進を求める」
人の話というのは思っている以上に聞く事が難しい。何故なら人の話は耳だけでなく耳と目とそして匂いで聞くものだ。だから殆どの人はニコラスの話を聞けてない。何故なら殆どの人は距離の関係でニコラスが豆粒に見えており、彼の動きが見えていない。だから彼は話をできるだけ簡単かつ印象に残るように組み立てた。
その工夫がこの無責任という言葉である。
「諸君!徹底的な前進である!徹底な前進をせよ!南方の安全を、ヴォルゴグラードを守る為に!」
彼の声に空気が変わる。熱が生み出される。しかしまだ火は起きていない。
「無責任な人達によって諸君らの故郷が陵辱されるなど、誰が良しとしようか!無責任な人達による国土の破壊などあってはならないのだ!」
「故に私は諸君らの意思に敬服する!羽振りのいい言葉に誘惑されずよく私の下に来てくれた!だから私は諸君らの期待に応えよう!私は無責任な者達から政治と権力と国土と人を守る!私はその為にある!」
大仰に手を振り、大きく叫ぶ。ニコラスのその姿はカノンノフそのものであり、彼の下で戦ってきた戦士達はあの日死んだ勝利の男の面影に小さく涙を流した。
よって、ここにて火は起こった。
「さぁ!私に賛同するものよ!無責任さを良しとしない正しき戦士達よ!
熱に酔って万歳、万歳。仕込みの人々に合わせて万歳万歳。魔王ニコラスに続けと、偉大なる魔王の下にと。
残りは火を、集団の意思を向ける方角でありそれを定める言葉とはこうである。
「さぁ!我が聡い戦士達よ!魔王ニコラスと共にユーロ=ルーシーに平和を齎すのだ!」
火は東に向いた。無責任な者達に対する正しき抵抗であると、全ての兵士がそう思ったのだから。
内戦編やったらもう終わりって感じなのであと2万字くらいですね




