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第一王子アレクサンドル・カノンノヴィチ・ロマリク



 その晩、アレクサンドルは数名の従者と医師を連れて父たる魔王の遺体が安置されている魔王の寝室に向かった。かつてユーロのほぼ全てと中蓮の半分、要するに世界の半分を我が者とした肉体は天蓋付きのベットに深く沈んで妙に甘ったるい嫌な臭いを放っていた。


 「死んだんだな、こいつ」


 アレクサンドルはこの嫌な臭いで父が死んだという事実を認識した。そして事実に彼は安心した。父の遺体が悪臭を放ちながら腐っていくと言うことに安心を得たのである。


 「防腐剤を注入しろ」


 人間は善である程、その死体は腐らない。ア=ステラがそうであったように、それに続いた星人達がそうであったように。だから断食もせず酒池肉林に溺れ、そして世界をめちゃくちゃにした自分の父親の死体が腐って行くと言うことは世界の正しさを証明である事に他ならないのだ。


 「嫌な役回りだ」


 防腐剤を注入する医師を眺めながら、外の大雪景色を眺めながら思考の世界耽る。


 善人の死体が腐らないのであれば、死体が腐らなければ善人と言える。少なくとも、多くの人々の間ではそうだ。だから防腐剤を注入してエンバーミングして永遠に朽ちないようにすれば、最も偉大なる善人として認識されるようになる。でもこれは決して正しい事ではないだろうが。


 「ヨセフとニコラスを私の部屋に呼んでくれ。今後のことで話さなくてはならない」


 命じられた従者は部屋から出て行く。彼は防腐剤の注入を見届けた後、自分の部屋に向かった。

 まず一番先に彼の部屋についていたのはニコラスであった。ニコラスはアレクサンドルの部屋に入るのは初めてであり、彼の部屋に入った瞬間、その質素さに驚いてしまった。

 この部屋には家具が4つしかないのだ。トウヒの椅子とトウヒの机、トウヒのベット、そして簡素なトウヒのハンガーラック、それだけである。ふと、彼は椅子に座り、三本の指で星の形を宙に切って机の上に置かれたイコーナに祈ってみる。


 「まるで坊さん見習いだ」


 彼がそう呟いた時、部屋の扉が開き主人が帰ってきた。アレクサンドルは彼の祈る仕草を見るや否や、隣に立って彼も祈りを捧げようとする。三本の指を合わせて星を描き、眼を開いたままイコーナを見つめて、星よかくあるべしと呟いた。


 「ニコラス、君は私の真似をしようと思って祈ったんだろうが、その祈り方は西方星教会式だ。私のやり方とは少し異なっている。と、言う指摘は面白くないか。だってユーロ=ルーシー魔王国は西方ではなく東方星教会の方が主流だからね、あぁつまり、君は私の祈りの作法を知ってなお、西方星教会式の祈り方を選択したつまり…君は神に祈りを捧げる行為そのものを馬鹿にしようとしていないか?だって君は不信心だからね」


 父親譲りの饒舌とラスアジィンニコフ譲りの悪癖、そして母親譲りの美貌。それが王子アレクサンドルである。


 「私が不信心?ご冗談を。私はただ、全てが神であると考えているだけですよ」


 「まったく、やはりお似合いだな。あのシャルージェとか言う不信心な女と」


 だがこの口調とは裏腹、彼は弟のことを出来の悪い馬鹿な子だがそれはそれとして可愛い子だと思っている。それでいて女の顔をしていて男のようなことをするから、彼の悪い欲望を刺激してしまう。


 「お似合いなんて言ってくれるのは嬉しい限りですね。じゃあ彼女との仲取り持ってくださいよ」


 「それは嫌だ。お前をあんな女には渡したくはない」


 蛇の赤目がニコラスを睨む。しかしニコラスの大きな猫の瞳は動かない。

 アレクサンドルはこの男の、この女男のこの顔がたまらなく好きだった。母親似の顔がむすっとする、それが特に愛らしくて好きだったのだ。でもそれはこの台詞の一部に過ぎない。大部分は彼の母親と同じく、シャルージェという女に対して本当に辞めておけと思っているからこそである。


 「それにだ、結婚相手くらい私が見繕ってやる。お前は本当に見る目がないからな」


 ニコラスが言い返そうとした時、もう一度扉が開いた。


 「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃったや」


 ヨセフの2mを越した巨体の頭がドア枠にぶつかってゴンと音を出す。巨体は蹲って頭を抑えた。


 「まったく、仕方のない男だ」


 アレクサンドルはその巨体に手を差し出す。ヨセフは差し出された手を支えにして立ち上がった。ヨセフはこの瞬間の好意を素直に受け取っていたが、アレクサンドルはヨセフとニコラスの顔を見比べながら、兄弟とは思えないなぁ、ヨセフは立髪こそあるけど顔がゴリラすぎると感想を抱いていた。


 「ありがとう、兄さん。それで話ってのは何さ」


 イコーナの貼られた板を裏返して机に置いた後、アレクサンドルは語り始めた。


 「端的に言わせていただこうか。私は第三代魔王に就こうと考えている」


 ニコラスはアレクサンドルを強く睨みながら答えた。


 「父上が自然死であったのならば私も貴方こそ第三代魔王に相応しいと進言しました。しかし今は違う」


 「そうか、なら逆に問おうか。私以外に誰が魔王に相応しいと考えている?誰がこの状況を纏められるんだ?」


 しばらくの沈黙の後、ニコラスはアレクサンドルに一歩を踏み出して語る。身長差のせいでニコラスがアレクサンドルの顔を見上げる形となった。


 「前提が間違っている。そもそもこの状況で自分こそ魔王に相応しいなんて言ってしまう男のどこが魔王に相応しいのか私には分かりかねます。それに貴方が魔王になったとして、貴方はこの国を使って何をするんですか?」


 アレクサンドルは猫のような顔を見下ろす最中、悪い欲を抱いていた。

 この目の前に立っている、か弱い生物を不意に抱きしめてみたらどうなるんだろうか、それか握り拳でぶん殴ってみたらどうなるんだろうか。しかしダメだな、決してやってはいけないことだ。


 「世界征服の後に殉死し、現代医療で蘇生する。失われつつある神への信心をもう一度この世に呼び戻す為にね」


 「どうしてそれをする必要があるんです?」


 アレクサンドルは未だに睨んでくるニコラスに少しイラついて、ニコラスの顎を手で掴んだ。


 「父上による解放令以来かな、違うな、全部はラスアジィンニコフだ、奴が神の不存在を世界に説くような本を出版したせいだ。それによって神を最高価値としないような不信心がユーロ=ルーシー大陸に蔓延した。私はこれを看過できない。何故ならこのままだと人々が責任を神に負わせられなくなってしまう。人生における失敗の責任を神のご意志、神の試練と言えなくなる。そうなれば、簡単に人は発狂する」


 「私は貴方の言っている事に全面的に同意する。でもその過程が吹っ飛んでる。世界征服?ア=ステラの真似事?夢物語だ」


 「夢物語だと?これは現実的に十分に可能な想定だ。これは私の想定ではなく、陸軍省と擦り合わせをした完全なる想定だぞ」


 ニコラスは顎にある手を振り解き、アレクサンドルに啖呵を切った。


 「なら尚更貴方は相応しくない。だってその想定にはユーロ=ルーシーに住まう住人も世界の人々も同じ数としてカウントされている。つまりまったく性質の違う存在を一緒くたにカウントして、それでは破綻します」


 「では教えて貰おうか。私を否定して、誰が魔王をやる?誰が魔王に相応しい?」


 互いに強く睨み合う。完全に空気となっていたヨセフが仲裁に入ろうとした時、ニコラスは一線を超えた。


 「私だ」


 場が一瞬で凍り付いた。


 「…なるほど。ならば貴様はどうするんだ?この国を」


 「全力を尽くして国内保全を行います」


 「それこそ夢物語だ。この国は広く大きくなり過ぎた。一つの敵か、あるいは共通の象徴がなければ纏まることすらできない。モルゴルリア帝国がそうであったようにな」


 「でも貴方の考えよりもマシだ」


 互いに言い合いになろうとしたその時、ヨセフはニコラスの隣に立った。


 「ごめんね、アレクサンドルにぃに。僕はこっち派なんだ」


 アレクサンドルは蛇の目を見開いた後、その巨体を睨みつけた。


 「…お前…ゴリラの血の方が濃いと思っていたがお前も猫科か。呆れてくるな」


 ヨセフは口を開いて自分の鋭い犬歯を見せびらかす。


 「ライオンだからね、一応ね」


 三人の睨み合いが続く中、扉を叩く音が聞こえた。


 「すいません、ニコラス様至急ご連絡したいことがありまして」


 ニコラスは仕方ないと言いながら部屋を出る。


 「さて、ヨセフ。邪魔者は消えたな。で、ここからが本題なんだが…」


 「ラスアジィンニコフを殺そう。その方が話が早い。お前もそう思わないか?」

ユーロ=ルーシーの領土なんですけど、フランスの半分近くまでヨーロッパを飲み込んだソビエトって感じです。めちゃくちゃ勝ってます。

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