ニコラスの成人式
ニコラスの成人式
「今更だよ、今更なんだよアレクサンドル兄」
「僕は貴方を王子からこき下ろして、それでいて人も殺した。僕はどうしようもなく不道徳な人間になってしまったんだ、もう、取り返しはつかない」
ニコラスは兄の胸板に頭を預けた。そして兄の腹筋を何度も何度も優しく殴った。
「どうして、どうしてこうなっちゃったんだ。もう全部の不幸を運命だって言い切れない、だって、こんなにも辛いから」
アレクサンドルは啜り泣く弟を抱きしめた。
「アレクサンドル兄、僕はもう一人で食事をできないんです。だから生きていても迷惑をかけるだけだし、生きていたくもないんですよ」
今にも消え入りそうな声に釣られてアレクサンドルの目から涙が溢れる。
「ごめんな、ニコラス。お前がそうなってしまう前に俺が兄として、お前の間違いだとか駄目なところだとかをきちんと言ってやるべきだった。だから俺はお前の悲しみに対して慰めてやることはできない」
「でも俺は、お前がいてくれないと嫌だよ」
それは心の底から溢れ出た本音だった。アレクサンドルの醜い内面の、その中心にあった兄弟としての心情だったのだ。
「それも今更なんですよ、アレクサンドル兄」
「わかってる。でも嫌なんだ。俺はお前に死んで欲しくない」
「あんたも、僕に望むのか。みんなみんな、僕に望んでばかりだ。シャルージェもフョードルも貴方も…僕はどうすればいいんだ」
アレクサンドルは弟の両肩に手を乗せて、彼の瞳を強く見た。
「じゃあお前は何がしたい。俺にできることなら何でも協力してやる」
お前は何がしたいのか、ニコラスがそう言われるのは初めてだった。だからこんな変な回答しかできなかった。
「撫でてください、頭」
アレクサンドルは少し笑ってから弟の頭を撫でた。不器用な撫で方で首が強く揺れて少しだけ痛かったが、それでもニコラスにとっては心地いいものだった。
「あれ、何で僕こんなこと言っちゃったんだろ。僕は…」
ニコラスは自然的に出た自分の欲求の理由を探した。
「僕は甘えたかったのか」
生まれてこの方、ニコラスは天性の魅力と包容力を持っていたら彼と接してきた殆どの人間が彼に甘えた。だからニコラスは一度たりとも他人に甘えると言う行為をしてこなかったのだ。その結果がこれだ、一度も甘えると言うことをしなかったから自分の本心さえも彼は知ることができなかった。
「そうか、ニコラス。ごめんな、ずっと気付けてやれなくて」
他者の欲求を叶えることで自身の存在を肯定してきたニコラスにとって、代償なしに自身の存在を肯定されるのは初めてだった。だから彼はこう思ったのだ。
自分という存在はこの人にとってただの人でしかなくて、ただの人であっても存在を肯定される関係なんだ。
「…アレクサンドル兄、わかりました」
「何がわかったんだ?」
慈愛を含んだ蛇の目と強い意思を持った猫の目が向き合った。
「自分のやるべきこと、やりたいことがわかったんです」
一度兄から離れてニコラスは語った。
「僕にはアレクサンドル兄の言うような、殺した分だけ救えばいいと言う感覚は分かりません」
「ではどうするんのだ?」
「僕が思うに、殺人とか、自分の作った罪、生まれ持った罪は如何なる代償を払ったとしても消す事も逃れる事もできないと思うのです。だから、僕はこの罪を永遠に背負って贖っていくしかないんです。その為にはまず、この国の法に従って裁かれなければならない」
「しかし刑罰を与えてくれる国は崩壊寸前だ」
「わかってます。だから僕は大人になる時だと思うんです」
この時ニコラスは人とは潔白であるべきと言う考えを捨てた。
「それでアレクサンドル兄、教えてください。どうやってヨセフを止めるんですか」
たとえ穢れても善くあろうとする生き方こそが大人だとするのならば、ニコラスはこの瞬間から紛れもなく大人であった。
半分終わりですこれで。次からは内戦編に入ります。




