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お兄ちゃん

 お兄ちゃん


 ニコラスが手を肩から退けようとしてもアレクサンドルは乗せた手を動かそうとしなかった。


 「そもそも何でわかったんですか、顔に包帯巻いてたのに」


 「兄だからだ。で、帰るぞニコラス」


 「さっきも言ったじゃないですか、私は人殺しなんです」


 アレクサンドルは溜息を吐いた。


 「だからなんだ。僕だって人殺しだぞ、ヨセフもそうだ。そこに争点はない」


 「それでもです、私は罪人で、何より私はフョードルという男を殺したんです。私は貴方を殺したくない」


 アレクサンドルは再び大きく溜息を吐いた。先ほどよりも格段に大きかった。


 「俺をあの男と同じ扱いするなよ」


 蛇の目が振り向かない弟を見下ろす。その時、シャルージェは立ち上がった。


 「あのさ話に割り行って悪いんだけどニコラスは私のだよ。それに貴方は死ぬんだし」


 「酒臭いぞ女。それと私が死ぬ?私は知ってるぞ、馬鹿なニコラスと違って私はラスアジィンニコフの市場論をきちんと読んだからな。だから貴様らが一枚岩でないと知っている」


 アレクサンドルの後ろには椅子を持った男が立っていた。


 「お前アレクサンドル元王子だろ。ってことはそいつはニコラス王子で、俺らの敵じゃねぇか」


 男は椅子を振りかぶった瞬間、アレクサンドルは男の足を引っ掛けて連続の拳を与えた。


 「雑念を振り払う為にカンフーってやつを習ってたんでな、お前らみたいな本をダンベルにしてたインテリ共とは鍛え方が違う」


 「舐めやがって!」


 左右から襲う男、アレクサンドルはニコラスを片手で持ち上げて俵のように持ち、左右から遅いくる男に向かって蹴りを与える。


 「うわっ!」


 「中蓮の…いや、説明してもわからないか。正義のお兄ちゃん真拳って奴だ。真の兄たるものにしか使えない最強の拳法だ」


 ニコラスもヨセフも、カテリーナですら知らなかったが、アレクサンドルという男は元よりこのような男だった。ただ、悪癖と道徳の狭間で悩んでいたから陰気で理屈ぽかっただけで、吹っ切れればこのような男である。


 「アレクサンドル兄、いいんです、僕は…」


 「黙ってろと言ったろ」


 アレクサンドルは四人に囲まれる。彼はニコラスを上に投げ、両足で前後の敵を、腕で左右の敵を吹き飛ばして空中のニコラスをキャッチした。そして彼は酒場から逃げた。


 「後でニコラスは返してもらうからね!」


 ベロンベロンに酔っ払って歩くことすらままならないシャルージェは彼にそう叫ぶことしか出来なかったのだ。


 「アレクサンドル兄、おろして下さいよ」


 「チェルーシクスカヤ駅まで下さない。逃げられては困る」


 チェルーシクスカヤまで2キロくらいあるんだけれど、それまでこのままなのか?流石にないだろ、ニコラスはそう思った。しかしニコラスとの予想とは裏腹、アレクサンドルは目的地までニコラスを俵持ちしたまま全力疾走した。


 「本当になんなんだあんたは…」


 駅のホームでニコラスは自分の兄に対してドン引きしていた。嫌だと言った自分を俵持ちして2キロも全力疾走したのだから。


 「兄として当然の事をしたまでだ」


 兄として、そう言った兄に対してニコラスは一歩踏み出して兄を睨んだ。あの時、自分が魔王になると宣言したあの日と同じく。


 「兄として、ですか?それは本当なんです?私は、私は知ったんです、自分の魅力が他人を惑わしている事を。だからどうせ、どうせ貴方もそうなんでしょ?ヨセフ兄と同じで…」


 ニコラスの言うように、確かにアレクサンドルはニコラスを性的にみていた。ヨセフと同じく。しかしアレクサンドルという男はヨセフと違ってその悪癖と寛解する事を達成した。何故ならアレクサンドルはカテリーナの子三兄弟の長男なのだから。


 「驕るなよ馬鹿が」


 アレクサンドルはニコラスを強く睨んだ。蛇の瞳で睨まれた彼はカエルのように一瞬硬直した。


 「確かにお前には俺を惑わす性的な魅力がある。それもこの私にヨセフと同じような情欲を抱かせる程に。しかし、だ。俺の兄としての矜持を打ち破るほどお前が魅力的な訳ではない、何故ならお前には胸がないからな。だから、だから舐めるなよお前の兄を」


 「信じられませんよ、もう何も」


 キンキンキンと高い鐘の音が響き、レールが唸った。機関車が煙を吹き出しながらが駅のホームに到着した。


 「中で話そう、ニコラス」


 一歩退いたニコラスをアレクサンドルは無理やり引っ張って機関車に乗せた。


 「さて話の続きをしようか」


 一号車には彼ら以外の人は居ない。故に二人はただ立って互いに向き合うしかない。


 「まず私を目的の手段について話しておこう、ニコラス。私はヨセフを止め、そしてお前を救いたい。兄として。その為にお前の力を借りたいと思っている」


 「何言ってるんです、貴方は。私は人を殺した、救う救わないの問題ではないんですよ」


 卑屈になった弟、その瞳を見る度に苛々する。アレクサンドルはそう思った。自分に対してそう思ったのだ。


 「人を殺した?それが何の問題になる。たとえ人を殺してしまったとしても殺した数だけ救えば問題はないはずだ」


 ニコラスはその考えを否定する。如何なる理由があったとして、殺人が肯定される道理などないし、何より命とは代替不可能で無制限の価値を持つものであると考えていたからだ。


 「違う、間違ってる。世界に人が居るんじゃなくて、世界が人に存在するんだ。だから、人を殺してしまったらその人の世界は終わりだ。世界は人が観測して初めて人の中に存在できるものだ。だから、人の世界を終わらせたら自分の世界を終わらせるべきなんだ」


 「それは無意識に、あるいは意識的に人たるとそれ以外を切り分けて考えてないか?だって君の理論のならば羊を食った狼は羊の観測する世界を終わらせたのだから死ぬべきだ。勿論、豚を終わらせた人もな。だからニコラス、君の思考は自然に反していて、何より傲慢だと思わないか?」


 ニコラスは理性というものを重視していて、理性を持つ人間と理性を持たない動物とでは絶対的な差があると考えていた。しかし逆に兄たるアレクサンドルは理性を持っていても人間も所詮動物と考えていた。


 「それの何がいけないのですか?理性の有無は生物として大きな境界でしょう」


 「境界だと?理性、つまり知性というものは生存の過程において芽生えた特性の一つに過ぎないだろう。豚から見れば人の知性もコモドオオトカゲの単性生殖も特性の一つだろうさ。そもそもニコラス、何故お前はそうも野性を嫌悪している?お前が暴力に支配されて人を殺したからか?」


 それはニコラスの核心を突く質問だった。故に彼はしばらく何も答えなかった。


 「なぁ、ニコラス。お前の殺人は私の責任でもあるんだ」


 「何を言ってるんですか、殺したのは僕だ。僕がこの手で殺したんだ」


 ニコラスの震える手をアレクサンドルは握った。自分の大きな手でそのか弱い手を優しく握った。


 「確かに殺したのはお前だ、ニコラス。しかしお前にそんな道を歩ませてしまった俺にも責任がある。兄ならば弟の行く道を知っておくべきだったし、過ちを犯してしまう前に止めるべきだった。俺は、アレクサンドルという男は兄でありながら兄としての責務を放棄したんだ」


 何故自分は兄としての責務を放棄したのか、アレクサンドルはもう知っている。


 「多分、俺はお前と向き合うのが怖かったんだと思う。お前と向き合ったらきっと俺は自分の醜さに耐えられなくなるから」


 「でも、もう辞めた。だからニコラス、お前の悪意も不幸も全部俺にぶつけろ。全部俺が受け止めてやる。俺は、アレクサンドルはお前の兄さんなんだから」


 ニコラスの震えが止まった。アレクサンドルはその小さな手を離す。

 小さな手は小さな拳になって、兄の硬い腹筋にぶつかった。

善の激キモお兄ちゃんです。何でカンフーやらしたのかと言うと最近カンフーパンダを見直したからですね。

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