魔王ヨセフについて
魔王ヨセフについて
やられた。執務室にて将軍からの報告を読んだヨセフは強くそう感じていた。
「フョードルめ、ニコラスを攫った挙句に刺されて死んだだと?こんな馬鹿な事があるのかよ」
灰皿でタバコを潰して報告書を机に投げる。
「好きにやれとは言ったが、自分のケツすら拭けないんじゃな」
言動とは裏腹、フョードル自身の失態に対してはそれ程気にしてはいない。彼が一番気にしていたのはニコラスという清廉潔白な星人君主を穢した男が自分ではなくフョードルであったという点と、何よりニコラスが悪に落ちる瞬間を、虫も殺せぬ様な男が人を殺す瞬間を己の目で見れなかったという点である。
「面白くねぇな」
彼は柔らかい椅子に深く沈んだ。そして目を瞑って、幼き日のニコラスの顔を思い浮かべた。
純真無垢天真爛漫才色兼備、あの猫の顔をした可愛らしい男。羽虫を怖がって自分に外に逃してと頼んだあの男。あの男が何度もナイフで突き刺してフョードルを殺し、罪のない老婆にナイフを投げた。その後に老婆は感染症で死んだと。あの男は殺人鬼になったのだ。
今どんな顔をしているのだろう。罪に苛まれ顔を歪ませているのか、それか開き直ってアレクサンドルのような顔をしているのか、それか全てに耐えられなくなってしまっているのか。何れにせよ訪れる過程と結末はニコラスにとって意味のあるものであるし、意味があるのなら価値があると思う。だからその価値を自分の目で値踏みしたかったのだが、上手くはいかないものだ。
「しかし、な」
彼は立ち上がり壁に飾ってあるユーロ=ルーシーの地図を眺めた。そしてこう思案する。
もしニコラスが殺人の結果、人身御供のような生き方を選ぶのだとすれば一つ気掛かりな事がある。まずアレクサンドルのバカ兄貴が俺が魔王になった途端張り切り始めて勢力を拡大している事だ。便宜上これを白軍と呼ぶが、奴が錦の御旗としてここに加わるのならば想定よりも大きな勢力になるかもしれない。唯一不足していたアレクサンドルの正統性を担えるのだから。
そうなると少しだけ不味いな。我々黒軍は赤軍と白軍に挟まれる位置にある。その上こちらの主戦力は主に信仰を失った無神論者と無政府主義者によって構築されているから長期戦に弱い。何故なら世界に絶望したまま戦争は出来ないのだから。
白軍と赤軍に割り振る戦力のバランスを再考しなければならない。
「まったく、休ませてはくれないか」
彼は再び椅子に座り報告書を読み耽った。ヨセフという男は心の底から道化師であるが、その反面その側はとても真面目な男である。だからこそ奴はユーロ=ルーシー魔王国の内戦について、面白おかしく感じているが同時にこうも感じていた。
くびきの時代にラパイヨーネの闘争の時代。長くこの地に染み着いた一種の被害者根性は女帝カチューシャ二世と征服の魔王カノンノフの勝利の時代を経ても払拭しきれなかった。よってこの内戦には染み着いた被害者根性をユーロ=ルーシー自身に向けて自身を破壊する事で悪癖を克服するという意味がある筈である。
その最悪の大役を引き受けるのが自分となると、俺は歴史の意思と己の運に感謝しなくてはならない。
結局、ヨセフも父と同じく果てない征服欲求と闘争本能を持ちながら、それを悪だとする理性を持つ男であった。しかし父と違うのは、母親から譲り受けた自己中的な部分を持っていたという点だろう。
だからこそヨセフという男は自分が面白いからという軸で人を殺す事もできたし、同時に世界にとって意味を齎すのならばという軸で人を殺す事もできた。
つまりヨセフとはカノンノフとカテリーナの子であったのだ。
時間なくてちょーと短いです今回
くびきの時代はタタールのくびきが元ネタですね。ユーロ=ルーシー魔王国の設定としてはナポレオン戦争まで史実通りでその後勝ちまくってヨーロッパに相当する地域を征服したって感じです




