カチューシャ宮殿にて
カチューシャ宮殿は王室の住まう所であり、そこには当然王妃も住んでいる。ニコラスは数人ばかりの護衛を引き連れて王妃の寝室へと向かった。
大理石と金の装飾によって眩しいばかりに輝いた寝室にニコラスは眩暈を覚えた。
「王妃殿下、夜分遅い中お時間を作って戴き誠に感謝申し上げます」
ニコラスは母であるカテリーナに跪き、その口上を口にする。するとカテリーナは手を少し上げて従者を引かせ、息子と母二人だけの空間を作った。ニコラスはただ美しい母の黒髪を眺めていた。
「ニコラス、やめて頂戴ね。あたしそう言うの嫌いなの?知ってるでしょ?」
カテリーナはベットに寝っ転がった。ニコラスは知っている、自分の母は普通の人だ。その普通は王家の普通ではなく、ある種庶民的な普通であると。だからニコラスもベットそのベットに座った。許されると知っていたからだ。
「母上、今回の会議の件です。空位の玉座という大役をお引き受けなさったこと、私は誠に感服致しました。ですから…」
「そのことじゃないでしょ、犯人探ししてるんじゃないの?それであたしのところに来た。違う?」
「違います、ただ知りたいんです。なんで父上が殺されたんだろうって。その理由を知らなければ、到底この国のリーダーを選ぶとか、この国のリーダーになろうなんてできっこない」
「辞めときゃ良いのに。あんた見る目ないんだしさぁ」
「それは…シャルージェのことでしょうか」
ニコラスは片想い中の相手を思い浮かべた。
彼女は確かに普通の女性ではないし、一癖も二癖もある女性だ。しかし、見る目がないと言われる程酷い女性ではないだろ。
「あたしの僅かなネコ科の血が言ってる。あの女は危険な女ってね。だから辞めときな」
カテリーナがシャルージェについてそう語ったのは初めてではない。カテリーナは同種の女として息子に警告している。息子の人を見る目のなさは母として一番理解しているのだから。
「母上が思うような女性ではないですよ、彼女は」
ニコラスはカテリーナの方に向き直し、顔をキリッとさせた。
「母上、近日中の父上に何か変わったことはお有りでしたか?」
「特に無かったわ。あぁでも、サーシャが怖いって」
「アレクサンドル兄ですか」
「わっかんないよねぇ。自分の子供が怖いなんておかしいでしょ。それにほら、アレクサンドルは分かり易いのに」
「分かり易い?アレクサンドルがですか?」
「分かり易いでしょ。だってサーシャには曖昧さがない。利益の大きい方を常に選んでるってだけだから貴方やオーシャよりも分かり易いでしょ」
その後暫くの談笑をして、ニコラスは自分の床に就いた。
後日、ニコラスは自室にとある女性を招いた。金髪に濁ったような深い青の瞳をした女性、シャルージェである。彼女とニコラスは旧知の中であり、その歴は長い。だから自分の兄弟が自分の父親を殺したとして、何で殺したと思うという、込み入った質問もできてしまう。
「アレクサンドル王子によるものだと私は考えているかな。だってアレクサンドル王子は魔王カノンノフの諸改革について、徹底的に不足であると批判していたからね、私だってそう思うし。特に解放令に関してね。でもこれが大きな原因であるとは言えないかな。むしろ要因の一つでしかないと思うよ、アレクサンドルにとって。だってあの人は敬虔な人だからね」
ニコラスは彼女の手作りした茶菓子を一つ食べ、満足そうな顔をしている。
「でそれはそれとしてだよ、コーリャ。自分の兄弟が自分の父親を殺したとして、何で殺したと思う?なんて質問、私以外の女の子にしちゃダメだよ。絶対うげぇってなるからさ」
「でもシャルージェは答えてくれた、僕は嬉しよ」
「そんな話をしてるんじゃなくってさ、貴方が将来結婚した時にお嫁さんが困るって話をしてるんだよ。だって貴方今17でしょ?もう結婚の話が出てもおかしくない年頃なんだからさ、王族なんだし」
「暫く結婚はないよ。魔王が死んだからね」
互いに高級な茶を啜る。遠く中蓮の地から取り寄せたとびきり希少な茶葉であり、鼻の奥をつくような芳醇な香りが部屋に満ちる。しかし二人はこの香りがさして好きでは無かった。
「貴方には結婚して幸せになって欲しいんだけどね」
これは彼女が彼に迷惑しているから言った言葉ではない。むしろ彼女は本心から彼の幸せを願っている。しかし根源は決して恋慕などではなく、むしろ憐れみからくるものだ。
「知らない女と結婚して僕が幸せになれる?冗談を言うなよ、僕のほぼ全てを知っている癖に」
「だからだよ。貴方が私に好意を持っているのと同じで、私も貴方に好意を持っている。でも私と貴方は決して結ばれることはない」
いつもならその理由を教えてくれなければ君の好意に対しても真実だとは信じれないと言ってしまっただろう。でも今は少し状況が違う。
「なら僕が魔王になって諸問題を全て解決してやろうか」
茶を一度啜ってから呟いた。
「…違うんだよ、コーリャ」
その呟きはニコラスには聞こえなかった。
「何か言ったか?」
「何も、たださ。嬉しいよ私はね、貴方のこと大好きだからさ」
不気味な流し目とコップについた口紅。ニコラスは彼女のミステリアスさに惚れていた。
登場人物の名前はこんな感じです。
魔王カノンノフ・ヴラジーニノヴナ・ロマリク
第一王子アレクサンドル・カノンヴィチ・ロマリク
第二王子ヨセフ・カノンノヴィチ・ロマリク
第三王子ニコラス・カノンノヴィチ・ロマリク
王妃カテリーナ・イエラヴナ
長老カール・マルコヴィチ・ラスアジィンニコフ
少女シャルージェ・ヴィサリオノヴィチ・ウリヤノフ
長すぎたので作中にフルネーム全員書けませんでした。
シャルージェがニコラスのことをコーリャと呼んでいたんですけど、これは愛称です。サーシャはアレクサンドル、オーシャはヨシフです。




