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人殺しニコラス

 人殺しニコラス


 下着を着て、あのふわふわとハイネックリボンの服に袖を通して、緑の縞模様のスカートを履いた。鏡に映るニコラスの姿はまるで女そのものであり、僅かな喉仏すらもハイネックリボンで隠されているから男であると言われても信じられない。


 「お着替え終わりましたらこちらへ」


 彼は脛に布が掠れる感覚にくすぐったさを覚えつつ、婆さん召使いと数人の若い召使いに案内されて客室に通された。客室の内装は高級感を思わせるような赤の壁紙と金の装飾されており、今すぐ飛び込んでしまいたいと思わせるようなフカフカなベットがあった。


 「ニコラス様、その化粧台の前にお座りください」


 彼は指示通り化粧台の前に座った。すると若い召使いが彼の肌にミルクを塗る。


 「偽装とはいえここまでする必要は…」


 彼はそう言って止めようとすると、その場の誰も手を止めないので諦めた。

 ベースが整い、ファンデやらコンシーラーを塗ろうとなった時、彼女らの手が止まった。


 「…これファンデいると思います?」


 「要らないわね。目の方も薄めで、まつ毛あげて涙袋強調するくらいで良さそう」


 アイメイクが終わり、次は口紅となった。若い召使い達はどの口紅を彼に使うか迷った。それで彼にどれがいいのかと聞いたところ、彼は口紅だけは本当にわからないんだと答えた。何故なら彼の瞳は赤の色の認識が少々難しかったから。


 「次に髪を結わせていただきます」


 若い召使いはニコラスの美しく長い髪を一つの三つ編みに結う。星教において髪とは星を繋ぐ線であり神秘を内包する。故に彼女の手つきは慎重で細やかであった。


 「ちょっと待ってくれなんでリボンを織り込んだんだ」


 彼は鏡に映った三つ編みの真ん中に明るい青のリボンが織り込まれていることに気付いた。


 「偽装としてそういう設定なので」


 彼の問いに婆さん召使いは答える。


 「いくらなんでも…」


 ルーシー地域において、三つ編みの真ん中に明るい青のリボンを編み込むという行為は婚約を表す。


 「我慢しなさってください。万が一の為です」


 「…わかった」


 髪を結い終わり、彼は化粧台の鏡で自分の姿を確認する。本当に女ではないか、シャルージェにやられた時よりもずっと女だ、そう感想を抱いた。


 「お食事の準備ができております、ご案内致しますね」


 彼は婆さん召使いに連れられてフョードルの部屋に案内された。彼の部屋は特にいうことはなく、貴族然とした高級な家具が置かれた場所で本当に特にいうことはない。しかし机の上に置いてある料理を見て、ニコラスはあの感覚を思い出してしまった。


 「フョードル、一つ聞かせてくれ。なんでカラヴァイなんだ?」


 机には良く編まれた高級そうな赤の敷物が敷いてあり、その上にはローストターキーとサラダ、そしてカラヴァイと呼ばれる模様の入ったパンが置いてあった。


 「好きなんです、このパン。親父の結婚式で食べた日から」


 カラヴァイは普通結婚式で出されるパンである。

 ニコラスがソファに座ると、その隣にフョードルが座った。


 「そうか、そんなんだな」


 ニコラスはナイフでローストターキーを切り分ける。次にカラヴァイを切り分けようとした時、フョードルは彼の手を止めた。


 「駄目ですよ、切ってはいけません」


 フョードルは儀式の手順に従ってカラヴァイを千切り、塩をつけてからニコラスに手渡した。


 「あ、ありがとう」


 千切れた麦と三つ編みの模様、ニコラスは手渡されたそれを食べる。柔らかいパンとほんのりと甘さ、まるでケーキのようだった。しかし上に乗せられた塩がそれらの甘さを打ち消してなんとも言えないような味に変わる。


 「やっぱり美味しいね、貴方が言うように儀式的な意味を含めず普段食いするのもいいかもしれない」


 「私がいつ、そんなことを言いましたか?」


 ニコラスの肉体は再び硬直したそしてカラヴァイを床に落としてしまった。


 「駄目じゃないですか、落としちゃ。ほら凶兆になるから許しを請わないと」


 「待ってくれ、儀式的な意味を求めるのは間違っている」


 フョードルは黙ったまま、ニコラスを肩と左手を掴み押し倒した。

 ニコラスの猫の瞳孔が大きく開き、彼の体温がどんどん上がっていく。


 「何をやってるんだ、僕は男だぞ」


 ニコラスの息遣いが静かに荒くなる。


 「そこがいいんだ。きっとそこにエクスタシーがありますからね」


 「貴方の言っていることはわからない、何を言っているのか、わからない」


 「わからなくていい、全てを私に委ねていただければ」


 フョードルの荒い唇が近づく。垂れるような半目と赤くなった頬、息を吸うためにピクピクとする鼻、その全てに嫌悪感を感じる。

 ニコラスの肉体から汗が噴き出す。しかし筋肉は凍りついて動かない。頭が真っ白になって行って全ての思考が白くなる。


 「…辞めて」


 掠れた声は掻き消され、目の前には恍惚と、ギラギラとした獣の瞳がある。

 やがてニコラスの真っ白の思考は黒くなる。


 死んでしまえ。


 暴力、野生がニコラスの脳を支配する。男として生まれ持った肉体の強さがフョードルの腕を振り解き、ローストターキーを切り分けたナイフに手が伸びた。


 「ま、待ってくれ」


 ニコラスはもう止まらなかった。夢中に叫んだ。

 怯える男に跨って自分のドス黒い悪意を命に向かって全力でぶつけた。

 気付けば彼の服が、髪が、顔が血に染まっていた。


 「はぁ、はぁ…」


 死にかけの男の目が、強い恐怖と憎悪が宿った目がニコラスを見つめる。彼の戻りかけた理性は再び黒く染まって消えた。

 彼は再び大きく叫んで、自分に悪意を感じさているものを潰した。

 手元の生温かさ、鏡に映る真っ赤に染まった鏡に映る自分の姿、その姿に、自分の瞳に悪意は吸われて行く。

 列車に乗っていた、母親が死んだあの日のように。


 「うぁ、あぁ…」


 その時、扉が勢いよく開いた。カエルの顔をした婆さん召使いがこの惨状を目撃したのである。


 「ひ…ひ…人…」


 カエルの瞳が大きくなる。ニコラスの時間感覚は極度に延長され、彼女の口元に増える皺一つ一つを観察できた。


 「人殺し!」


 人殺し、人殺し、人殺し、人殺し。彼女の声がニコラスの頭の中で無限に反復される。

 なんで自分がこんな目に、見られてしまった、嫌だ。老婆の目、悪魔を見るような目、ニコラスはその目を見て再び脳が黒くなった。


 嫌だ!


 自分の頭の中に反響する大きな拒否感情、精神はそれに気を取られ、肉体は野生に従って暴力を目の前の生物に向けた。


 「いやあああ!!」


 ニコラスはもう怖くなって、その場から逃げる。窓を突き破って2階から庭に落ちて、暗い闇の中を走った。幸い、ニコラスの猫の瞳は暗闇の中でもよく見えて、近くの川に辿り着くまで転ぶことはなかった。

 彼は川に辿り着いて、水面を鏡に自分の顔を見る。

 褐色の血がついた顔、恐ろしく大きな人殺しの目。目。

 彼は自分の瞳が恐ろしくなって、水面を殴った。バシャバシャと水を殴って、彼は水に落ちた。

 6月の冷えた川が血と野生を洗い流してゆく。

 理性が戻ってきてニコラスは自分の恐ろしさ、自分という人間が如何に不道徳でそして恐ろしく、どうしようもない人間なのかを嫌と言うほど理解した。

 人殺し、人殺し、言葉が頭を埋め尽くす。手は血の生温かさを、肉を刺す感触を、骨に刃が当たる感覚を思い出す。

 猫の爪突き出して喉を掻く。皮が捲れて血が滲む。


 死んでしまえ。


 彼は自分に向けて強く悪意を抱いた。

 起き上がり、近場にあった石を持つ。両手に力を入れて、それを頭にぶつけようとするが、彼にはどうしてもそれができなかった。

 自分には自殺すらできないのか、彼は自分の臆病者さと卑怯さを強く呪い、もう一度両手に力を入れた。しかし、どうしてもそれを頭に打ちつけることはできなかった。

 今更になって大粒の涙が溢れ出す、乾いたような声が溢れて、ただ静かに泣いた。

 そしてもう一度と石を持って、両手に力を入れて息を止めた。


 死んでしまえ。


 しばらく経って、急に力が抜けて横に倒れた。酸欠である。

 死にたい、でも静かに息を吸っている。死にたいのにどうしようもなく肉体は生きようとしている。この矛盾を彼は強く憎んだ。

 石を踏む音が聞こえる。彼はその音の元に目を向けた。

 幸い、彼の猫の目は闇の中でよく見える。


 「シャルージェ、僕を殺してくれ」

 

ニコラスに殺人をさせる予定はなかったんですけど、よく考えたら母親も兄弟も全員人殺しだしここで人殺しにした方が物語噛み合うかなって思ったので殺人させました。


ぐろすぎたから修正いれました。またいれるかも?


キスの描写は昔詰め寄られた時のを参考にしてるけど、ちょっと記憶曖昧だから描写甘いかも

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