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ニコラスの悪癖

 ニコラスの悪癖


 カノンノフグラードまで後半日という所、事件は起きた。王妃カテリーナが泡を吹いて倒れたのだ。


 「どういう事なんです!?ヨセフ兄」


 ニコラスとヨセフは三号車にて二人きりで話している。


 「何者かに母上が毒殺された」


 「何者かって、どういう事なんですか!?だって母上に近づけたのは…」


 ヨセフはニコラスを睨んだ。


 「確かにお前は正しい。母上に近づけたのは君と僕と、それだけだ。だからもう言うな、少なくとも状況が変わるまでな」


 ニコラスはもう何も言わなかった。そして三号車を去って人払いをしてから八号車で一人になった。


 「くそ…」


 過ぎ去っていく山並みに向かってそう呟いた。彼が純粋な悪意を持って悪口を言うのはこれが初めてだった。


 「お前はなんて人間なんだ」


 車窓に映る自分の顔に対して言い放った。だが何故か自分の顔を見た時、自らに向いた自分の悪意が消えそうになった。ニコラスはそれが嫌ですぐに椅子に座って天井の絵画を眺めた。

 宇宙と天国の絵が彼の瞳に反射して彼の瞳は輝き、ア=ステラの瞳が彼の輝く瞳を見つめる。


 「最低だな」


 ニコラスは母親を失った。でも母親の訃報を知って第一に思ってしまったのは、自分が犯人と思われてはいけないな、そんな自己保身の感情だった。そして次の感情は母親が死んだのに何を考えているんだと言う感情で一番最後が母親ともう会えないと知った惜別だった。

 彼は自分の薄情さを呪った。育ての父、ラスアジィンニコフの時はラスアジィンニコフの悪質性を言い訳にできたのに、母親では言い訳できない。何故ならカテリーナはニコラスにとっては良き母であったから。

 ふとニコラスはもう一度自分の顔を窓に移してみる。何故あの時自分に対する悪意が消えてしまったのか知りたかったのだ。たとえ、自分が正しく無い人間と知ってしまっても。

 自分の顔が窓に映る。カテリーナ兄妹から譲り受けた子猫のような顔が目に映る。彼の抱いた自分への黒い悪意が窓に映った自分の瞳に吸い込まれていく。彼は排水溝を塞ぐように手で窓に映った自分の瞳を塞いだ。

 瞳である、ニコラスの悪意は自分の瞳に吸われた。そして何故自分の悪意が消えたのか理解した。

 自分の顔が自分でもうっとりする程可愛い過ぎるから自分の悪意が消えてしまったのだ。


 「最悪だな…」


 彼は17年生きてやっと親から譲り受けた悪癖について理解した。自分の顔が自分の想定以上に美しいと言うことを。その美しさたるや人の心情を歪ませてしまうほどであると。

 だが彼は誰よりも視座が高くて、地面が見えていなかったら自分の美しさでどれだけ周りが振り回されているかは想像できなかった。少なくとも、この時点では。

 窓に映る自分の瞳を潰す手を眺めているうちに彼の瞳は乾いた。だが徐々に潤って、そして頬が濡れる。彼は自分の不道徳性、父親が死んで母親が死んで、その果てに導いた答えが自分の顔が美し過ぎて自分に対する悪意も消えてしまうという答えであったという事の薄情さに涙を流した。

 瞬きを忘れ、口から涎が垂れる。自分が不道徳な人間で母親の死すらも自分の問題で覆い隠してしまうような薄情な人間であるという事をただ受け止める。服の上で涎と涙が混じる。気化した唾液の不愉快な臭いを感じて彼は袖で口を拭いた。

 次に彼は窓を開けて、自分の頭を外に出す。激しい空気の流れが彼の涙を吹き飛ばす。

 その日は日が暮れるまでそのままだった。

なんだこいつ

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