表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

忌子

忌子


 裁判を受けたアレクサンドル・カノンノヴィチ・ロマリクはアレクサンドル・カーラヴィチ・ラスアジィンニコフと名前を変えた。つまり王子ではなくなってしまったのである。

 という訳で彼は宮殿から退去する為に自分の部屋の僅かな私物を片付けている。


 「アレクサンドル兄、まず謝らせて下さい」


 そして彼の片付けを手伝っているのは、他でもない彼を王子の地位から叩き落とした男ニコラスであった。


 「別に良いんだ。正しく戦って正しく負けたからね」


 「それでもですよ、正直私は思うんです。もっとマシなやり方があったんじゃないかって。自分には人を貶めることしか、思い付けなかった」


 アレクサンドルは顎に手を当てて考える。もし自分がニコラスの立場だったとしてアレクサンドルにどう対処するのか。そしてその解がこれだ。


 三通りほど思いついたが、どれを試しても今回のようにやるのが最速だった。


 「そんなもんだ。私が同じ立場だったら多分同じことをしていたし、何より私にすら思い付けない策を君が思い付けるとは思えない」


 「ですがそれでアレクサンドル兄が宮殿を追われるのは違うと思うんです。だって王子では無くなったとはいえカテリノヴナですし、なにより私の兄上だ」


 アレクサンドルは目を覆いたくなった。王子からこき下ろされた恨みだとかよりにもよってヨセフを信じてしまった呆れだとか、そういう悪な感情が彼の困り顔一つで綺麗さっぱり消えてしまった事実に対して。そして心の中でこう自分を軽蔑した。


 ラスアジィンニコフの子といえど、やはり私の父はカノンノフで母はカテリーナだ。こんなにも弟に弱いのだから。


 「…そうか、なら兄として忠告しておくが、そのような顔と態度を私以外に向けるなよ。その辺の貴族女はともかく、大公爵の娘にでもやったならば問題になりかねん」


 「心配しなくてもその辺は理解しています、私が無闇に女をたらし込むような人間だと思っているんですか?」


 お前が無闇に人をたらし込む人間でないのなら、何故お前と踊っても利益がないと知りながら貴族の女はお前と踊ろうとするのか、そしてあの辺境伯の青年は何故女ではなくわざわざお前と踊ったのか。何故こんな簡単なこともわからないんだ、アレクサンドルは内心怒り混じりでそう考えていた。

 でもその気持ちを彼に訴えたとして彼は理解できない、それは何度も何度もやった末の結論だ。何故ならニコラスという人間は生まれながらにしてア=ステラのような星人で絶対的な善人なのだから。そのような男が人の欲とか悪意だとかを察せられないのも無理がない。

 つまりニコラスは八方美人であって、それ以外の生き方はできないんだろう。あの母上の子供なのだから。それがアレクサンドルの結論だった。


 「まぁ、それもそうか」


 「それとですね、アレクサンドル兄、少ししゃがんで下さい」


 ニコラスはしゃがんだアレクサンドルに静かに囁いた。


 「実は私もカノンノフの子ではないのです、私は母上とその双子の兄の子でした」


 「知ってるよ、とうの昔からね」

 

 アレクサンドルはこれを知っていいたからこそ、親から譲り受けた悪癖と寛解する為に神を信じたし禁欲だってした。当の本人には伝わらないだろうが。


 「さて、ニコラス。私は少し用事があるから片付けはこの辺で終わりにしよう」


 「あとやっておきましょうか?」


 「いいよ、見られたくない物だってあるからね」


 「この部屋に見られたくない物なんてあるんですか?」


 「私とて男だぞ男であるお前にならわかるだろ」


 「どういう事なんです?」


 アレクサンドルは宮殿を出てある場所へと向かった。

 100mを超す巨大なドームを持った大聖堂、サンクト=プトレマイオスグラードにおいて最も美しいとされる建築、星パーヴェル大聖堂である。

 庭を超えて花崗岩の柱が何本を聳え立つ正面玄関を抜け、ラピスラズリの青い柱と孔雀岩の緑の柱があしらわれた大広間に到着する。東方星教は西方星教と違って原理的な側面がある。つまり、天国とは遥か宇宙の巨大な穴を潜った先にこそある物であり、そこに至る為に愛をもってして叡智を努めるという事に重きが置かれている。よって広大なフィールドである宇宙を感じさせる為に椅子という視界を遮り重力に縛られるものは置いてはならないのだ。

 だからここの大広間にあるものは偉大なる星人のイコーナと祭壇、そして天井に広がる宇宙と天国の絵画だけである。

 アレクサンドルは大広間に中央にある黄金の扉を潜り、祭壇に立っていたロコソフスキー総主教に一礼をした。


 「どうもお日からも良く、アレクサンドル王子」


 白い髭とヤギの瞳を携えた獣族、ラスアジィンニコフの黒髭と対になっているようだった。


 「王子はやめて下さい、総主教様。私はもう王子ではないのです。私の産まれが皆にバレてしまったのですから」


 「私にとって貴方は王子のままですよ、だって貴方はあの日の幼い日から何も変わっていない」


 「変わってしまいましたよ、私は大人になるにつれ、醜くなるばかりだ。ニコラスはいつまでも善人のままなのに」


 ロコソフスキーは一度白髭を撫でてから答えた。


 「美しいではありませんか。自分の醜さを知って、それを受け止めて尚醜さに溺れず正しくあろうとする、私はとても美しく思えます」


 アレクサンドルはロコソフスキーの襟を掴み、白髭に頭を埋め胸の中で自らの悪質性を吐き出した。


 「美しい、ですか。姿勢の話ならそうなんでしょうが、私にはどうしてもそう感じれないのです。何故なら私の生まれ持った気質が、親から譲り受けた気質、二つ目の原罪とでもいいましょうか。ともかくです、それがあまりにもドロドロとしていて、醜くて悍ましくて、私には姿勢を肯定できない。だってですよ、私は弟を性的な目で見てしまっているんです、あいつは男なのに、私は女として見ている。どうしてもあいつに男の俺を支えて欲しいと、俺の欲求を受け止めて欲しいと思ってしまっているんです、つまり私は最低で気持ち悪い最悪の兄なんだ」


 全てが言い終わった時、ロコソフスキーはアレクサンドルの頭を優しく撫でた。


 「私が思うに、貴方の言う気質、つまり貴方の表現する所の第二の原罪というのは決して贖罪できぬものだと思うのです。何故なら親から譲り受けた気質というのは罪というよりも不治の病に近いのですから。要は罪とは違って赦されて消える事はないんです。親から譲り受けた気質というのは絶対に消えない物で、寛解をする他ないんです」


 「分かってますよ、そんな事とっくのとっくに。だから努めたんです、祈ったんです、禁欲したんです、そうしてる間は自分の醜さを見ずに済みましたから。でも最終的にはこれだ。私は病と寛解できず、何よりニコラスを一人にしてしまったのです。あいつは一人になってやっていける奴じゃない、善人過ぎるからきっと誰かに踏み躙られる。それを分かってきたのに、私はニコラスと真に向き合う事はしなかった。だって真に向き合えば、この劣情と面と向かって向き合わなくてはならない。それが、俺にはそれが怖かったんだ」


 アレクサンドルは年甲斐もなく老人の胸の中で静かに涙を流した。ニコラスの育ての父がラスアジィンニコフだったようにアレクサンドルの育ての父はロコソフスキーだったのだ。

アレクサンドルは善の激キモお兄ちゃんです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ