魔王様が弑虐された!
世界の半分を支配した魔王は勇者によって討伐された。この物語はその少し後、魔族達の物語である。
誰が魔王を殺す手助けをしたのか、そして誰が次の魔王になるのか。
全ての王子と名だたる権力者たちが一堂に会する。
「どうするんです?これ」
第二王子ヨセフは机を叩きながらそう叫んだ。
事は数ヶ月前に遡る。
星暦1870年の4月4日の朝、魔王カノンノフは勇者を名乗る不届き者に暗殺された。しかしこの暗殺には幾つかの不可解な点があった。
まず一つ、魔王カノンノフが暗殺の数日前から原因不明の病により体調を崩されていたこと。
そして二つ、そもそも勇者が魔王の住居たるカチューシャ宮殿に侵入できたのは可笑しいということ。
そこで誰もが考えてしまった。
魔王様は風邪一つ引かぬお方、誰かが何らかの手段で毒を盛ったのであろう。何より不届き者の侵入だってそうだ。誰かが手引きしたに違いない。
では誰がそれをしたのか、魔王様は極近しい人物にしか自分の居場所や予定を教えない。つまり、容疑者は魔王様に極近い人物しか有り得ない。
その容疑者が第一王子アレクサンドル、第二王子ヨセフ、第三王子ニコラス、長老ラスアジィンニコフ、王妃カテリーナである。
という訳で今回の会議が王城にて開かれた。
「まず第一の問題は外交だ。魔王様の不在を理由としてアルビオンが何らかのアクションをかけてくるかもしれん」
すらっとした顔と蛇の赤目を持った冷静沈着眉目秀麗もな第一王子、アレクサンドルはそう言った。
「そこで私はこの空位を埋める代理人を建てるべきだと考えている」
第二王子ヨセフが挙手をする。そして彼はこの会議の長たるアレクサンドルが発言の許可を与える前に発言した。
「僕も同意見です。しかしもしアレクサンドル王子、貴方自身か、あるいは貴方の政治的に親しい人、私を含めてです。そのような人をその空位に添えようと言うのなら、私を含めその他の者は貴方に対してあらぬ疑惑を掛けざるを得なくなります」
第二王子ヨセフ、獅子の立髪を持ち筋骨隆々で厳しい顔をしている獣族寄りの男。見た目とは裏腹に頭が切れて物腰も柔らかい。外見と中身が最も一致しない王子である。
「勿論私とてそこまで愚かでは無い。そこで私は一時的処置として法務卿を摂政として王妃殿下を形だけの玉座に据えたいと考えている」
容疑者の一人とはいえ、王妃くらいの存在でなければ国民や政治家は納得しかねる。よってそれに意義を唱える者はいなかった。何より王子達からしてみれば王妃は母であり、それを疑う事は辛いものである。
「これに賛成のものは起立してくれ」
ほぼ全会一致での賛成となり、これは可決される。
「では次に各国への対応についてだが…」
会議は夜まで続き、時計が11時となった時に終わった。誰もが疲れてもう寝てしまいたいと思っている中、第三王子ニコラス・カノンノヴィチ・ロマリクは一人小さな教会へ馬車を走らせた。
石造りの椅子の一つすら無い質素な教会の中、女のような細さと美しさを持ったニコラスはイコーナと呼ばれる預言者ア=ステラの描かれた絵画に向かって祈った。
「何をしてらっしゃるのです?」
立派な黒髭を携えた老人、ラスアジィンニコフはイコーナに祈る彼に向かってそう言った。彼はニコラスがおねしょをしていた頃からの付き合いであり、ニコラスが星教に対して好意的な印象を持っていないことを知っているので、何をしている、と質問した。
「いや、ただ考え事をしていた。誰が父を殺す手助けをしたんだろうと思って」
彼はこう考えている。
まず母上はないだろう、母上はお優しい方で、いつも私に笑い掛けてくれた。加えてヨセフ兄も絶対にない。あの人は軍人気質で上の人を裏切ろうなんて思わない人だ。ではこの目の前に居る老人はどうかと言うと、この人の本業はあくまで作家、陰謀をする暇なんて無い。で、残ったのはアレクサンドル兄だが、あの人は正直やりそうだ。偏見だけどね。
「私が毒を盛った、と言ったらどうしますか?」
「今すぐ貴方を処刑する」
ヤギの瞳を持つ男ラスアジィンニコフは僧侶でありながらあえて人から顰蹙を買うという趣味があった。故に彼は星教の僧侶達から嫌われている。それでいて王室に、特に王妃に遜って媚び諂って便宜を引き出しているから国民からも嫌われている。でもニコラスはそんなラスアジィンニコフを好いている。
「でしたらそうするといい」
「相変わらずだな。それで、お前は何か知らないのか?」
ラスアジィンニコフは訝しんだ。
何故ニコラス坊やは犯人探しをしようとしているのだろうか。母の為だろうか、いや、ニコラス坊やはそれ程母と親しくは無いはず、であるのならばニコラス坊やにも何か理想とするものがあって、その為に犯人を探しているんだろうか。
「確かに私はあの日魔王様と入浴しましたが、特に不可解な事は。あぁただ、ヨセフ王子様を恐れていました」
「ヨセフ兄を?アレクサンドル兄ではなく?」
ラスアジィンニコフは頷き、ニコラスは顎に手を当てて考える。
ヨセフ兄を恐ろしい?見た目こそあれだが、特にプライベートでは女の前できょどるような典型的なシャイな男だぞ。それは父上とて知っているはずだろう。
「ではニコラス坊や、こちらは質問に答えました。という訳で私の質問に答えてください。貴方は何の為に犯人探しをしているのです?」
「私は犯人探しなんてしていない。ただ、このユーロ=ルーシー魔王国には数千万の人々が住んでいる。その国の長に相応しく無いものが長になって、それで人々がネズミを食って水子に祈る時、私はどう謝罪すればわからない。だから魔王の座に就く者は相応しい者じゃないといけないんだ、それだけだ」
ラスアジィンニコフはニヤリと笑った。何故その男は最初から選定者面なのかと、傲慢ではないかと。
「面白い人だ」
ニコラスは暫くその小さな教会で考え込み、夜更けの訪れる前にカチューシャ宮殿へ帰った。
前作は革命前夜のフランスみたいな世界観なんですけど、今回は農奴解放令後のロシアっぽい感じです。




