第六話
「おかえり、シャロン」
「会いたかったわ、シャロン。おかえりなさい」
先触れを出して、朝食後すぐに家を出て、久しぶりに実家に足を踏み入れると、両親揃って出迎えてくれた。ふわりと優しく抱きしめてくれるお母様に懐かしさと安心感を感じてホッとするわ。
「新婚生活はどうだい?」
「良くしていただいているわ」
「困りごとはない?」
「大事にしてもらっているし毎日幸せよ」
一緒に連れてきた私の専属侍女エリンがいるから私達は当たり障りない会話をゆったりと熟す。
その裏で――全く異なる会話をしながら。
私の生家であるヒョウゴー伯爵家は、王家にも知られていない特殊な血縁魔法を使う。
それは――心話――と呼ばれる、心の声で会話ができる、と言う、我が血族にのみ継承される特殊な魔法。
この心話は、口で言葉を発っせずに、心の中で思ったことを血族同士であれば心の中で会話をすることが可能。但し、いくつか制約がある。
一つ目は、本音でしか会話できない事。心の声なので、嘘は一切付けない。
二つ目は、当主の許可が必要な事。当主が血族一人ひとりの心の開閉が出来る。心を扉のように開け閉めすることで、心話で会話できる人選をすることができるのだ。
そして三つ目、当主になる時に、血縁魔法の当主継承の魔法により、当主の伴侶にもこの魔法が適用される。なので、お母様は、お父様が当主になるまで心話は使えず、心話の事も知らなかった。
こんな特殊で、利用の仕方によっては軋轢を生み兼ねない魔法、血族以外に知られては不味いので、王家にも秘密にしている。
心話する、私達家族は、本音で会話できる。
(で、何があったのかね?)
(こんなに早く里帰りなんて驚いたわ。何があったの?)
(実はね、お父様、お母様。お願いがあってきたのよ。お兄様が忘れ物をしたことにして、お城に忘れ物を届けに行く役を私にしてほしいの。時間は今日のお昼くらいに)
(また急だな。で、理由は?)
(王太子殿下の傷に成り兼ねないあるも物が何なのか知りたくって)
(殿下の?!詳しく聞こう)
心話は、嘘が付けない。
魔法は、階位があり、最上位は特能、次に血縁魔法、そして一般の魔法の順。
だから、一般の魔法である初夜にかけられた誓約魔法より、血縁魔法の方が階位が高く優先されるので、心話では誓約魔法は効かず、話す事が出来てしまう。と言うか、嘘が付けないので隠せないのよね。
なので、ここ最近の旦那様のお仕事であった、王太子殿下の傷に成り兼ねない例の物の話をする。
(まあまあ。それは気になるわねえ)
(お母様も気になるわよね。そうよね。気になるわよね)
(まあ、不敬になるだろうし、あまり良くないことだが‥‥ニコルに顔を見せに行くついでだな。上手くやるんだぞ)
(ええ、任せて、お父様。お兄様に会うのも久しぶりですし、昼食をご一緒したいわ)
(そうだな。先触れを先に出しておくか)
「あ、しまった」
「どうなさったの?あなた」
「ニコルに書類を渡すのを忘れてた」
「あら、誰かに届けさせないと」
「お父様、ニコル兄様に私が届けては駄目かしら?久しぶりにお兄様にも会いたいわ」
「おお、そうだな。頼めるか?なら、昼を一緒に食べてくれば良い。今から先触れを出せば昼に間に合うだろう」
「ありがとう、お父様」
こうして、エリンの前で茶番を演じ、お兄様が勤める王城に行く手筈を整える。
「あ、エリン。旦那様もお仕事で今日はお城よね?先にお伝えした方が良いかしら」
「王城に着きましたら、私の方で伝言をお伝えしておきますので大丈夫ですよ、奥様。兄君とのお食事を楽しまれて下さい」
「そう?ありがとう、エリン」
「はい、奥様」
後ろに控えていたエリンとやり取りしているのを見て、お母様が「シャロンも奥様と呼ばれるようになったのねぇ」と、お母様付きでもある侍女長と「お嬢様、大きくお成りになって‥‥」なんて、このままではいつものように昔話に花を咲かせ始めそうだわ。
いつも、些細な事で昔話を始めて長話するお母様と侍女長。
「もう、お母様達ってば。エリンもいるのだから小さい頃の話は恥ずかしいわ」
「ふふふ。そうね、控えるわ。エリンさん、シャロンの事よろしくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい」
にこりと昨晩と同じ笑顔のエリン。そして、本音で話せる家族の団欒に、また心がホッとする。
(そう言えば、お前が嫁いで一月経たないくらいで、我が家の監視が解けたぞ)
(あら、そうなの?私の監視はまだ続いているのですけどね。一月経たない‥‥。ああ、なるほど)
秘密を抱える新妻日記を止めて、旦那様大好き妻日記になった頃ね‥‥。
(嫁いだのにまだ監視されているの?シャロン。大丈夫なの?)
(なるほど、とは何だね。何かあったのかい)
(嫁いでから日記を始めたのよ。監視されるのが癪で――)
私が日記の話や旦那様の様子を両親に話すと、ちょっと呆れながらも程々に、と言いながらこう助言してきた。
(血族じゃないから本音がわからないから不安なのではないの?シャロン)
(そうね、人は本音では何を考えているかわからないもの)
(本音と建前は誰にでもあることさ。でも、聞く限り、シャロンは愛されているように思うし、もう少し信じてみてはどうだい?)
(そうね‥‥。でも、いつまで旦那様の愛が続くかもわからないわ)
(心話は普通じゃないんだ。会話だけでは本音がわからず不安かもしれない。でもね、心の声だけじゃないんだよ。人の本音は。表情や行動、声の強弱にだって本音は潜んでる)
(そうよ、シャロン。お父様が当主になる前、お母様が心話で話せる前から、お母様はお父様を愛していたし、不安は全くなかったわ)
(お父様も当主になる前からお母様を信じてた?)
(もちろんさ)
(そう‥‥‥。私、旦那様の本音を探してみるわ)
(ええ、探してみなさい。きっとたくさん見つかるはずよ)
心話があるから今まで安心して家族の中で過ごしてこれた。
家族以外の、血族以外の人達は、表とは真逆の本音を裏で隠し持ってることを成長と共に感じ、悩んで生きてきた。
私は怖いのだわ、旦那様の本音が。
心話が使えない人と家族になる――私にはそれが不安で仕方ない。
不安は残しつつも、エリンがいるので表面上はいつも通り、笑顔で両親に別れを告げ、お兄様に会うため――目的を果たすため――に、王城へ向かった。
ヒョウゴー伯爵家(兵庫県)




