第四話
学院の卒業式の前日、実は私も遅くまで学院に残っていた。
私の友人の一人が、婚約者と喧嘩をしてしまい、友人は婚約者と仲直りしたいと泣いてしまい大変だったのだ。
彼女の婚約者は、生徒会役員で、次の日に控える卒業式の打ち合わせで遅くまで忙しい。
一人で待つのは不安だという友人を、私含め数人で、彼女を慰めつつ、彼女の婚約者の打ち合わせが終わるのを遅くまで残って待っていたのだ。
私は、友人達と彼女を慰めつつ、特能と風魔法で、いつ頃に打ち合わせは終わるのかしら、と様子を窺っていた。
そして、その時に伸ばしていた風魔法で拾ってしまったのだ。
とある声を。
『ん?‥‥‥これって‥‥‥殿下の?!』
かなり驚いた声だったので、覚えている。
多分、この声の持ち主が、その例の、王太子の名誉を傷つけかねないものを発見したのだろう‥‥‥。
一体何を拾ったのかは、声だけじゃわからなかったけれど、気になるわね。
うーん‥‥。
旦那様も困っていられるようですし、お知らせしたいのは山々ですが、私の特能がバレるわけにもいきませんし、どうすべきかしら。
そうだわ!あれを使いましょう!
「そ‥‥その髪飾り‥‥良く似合っている。卒業の日の夜会のだろう」
その日の夕食、顔を真っ赤にした旦那様が髪飾りを褒めて下さった。
「ええ、覚えて下さっていたのですね。嬉しいです」
貴族なので、夕食には晩餐用の装いに着替えます。
その時に、専属侍女のエリンに、いつもはお任せのところを、この髪飾りを今夜は付けて欲しいと伝えた。
『これ、旦那様に卒業の日の夜会で贈って頂いたのよ』
『そうなのですね。奥様とってもお似合いです』
『そう?ありがとう。髪に飾るのはあの日以来だわ。この髪飾り、旦那様は覚えて下さっているかしら?』
『?!もちろんでございます!覚えていないわけがございません!』
『お夕食の用意が出来ているか確認をして参ります』とエリンが慌てて部屋から出て行った。いつもなら確認などこちらからしなくとも、他の侍従か侍女の誰かが知らせに来ると言うのに。案の定、特能と風魔法で探れば、旦那様に髪飾りを褒めろとエリンが報告をしているのを確認。
会話の慌てぶりから、旦那様はあまり覚えていない節を感じだのだけれど、これで夕食で卒業式の話題を出しやすくなりそうなので良しとしましょう。
「卒業してすぐ婚姻でしたし、あの頃はとても忙しかったですね、旦那様」
「ああ、忙しかったね」
期待通り、自然に卒業の日の話題を適度に交わすことに成功よ。
後は、明日の日記にこう書けば旦那様に自然に伝わるわね。
*
‥‥‥旦那様が髪飾りを似合っていると言って下さった。嬉しくて表情を崩さないようにするのが大変でどうしようかと思ったわ。卒業の日の旦那様は素敵だった‥‥‥そういえば、卒業の日の話で思い出したのだけれど、前の日に慌ててらしたオーシャカ公爵令息は大丈夫だったのかしら?王太子殿下の事っぽかったけれど。普段見ない慌てぶりだったわ。何だか今頃になって気になってきたわ。何だったのかしら?‥‥‥
*
『おい、シャロンの今日の日記‥‥』
『ええ、旦那様。これは気になりますね』
『ああ‥‥‥、私以外の男の名が出てくるなんて‥‥』
『はい?違うでしょ!旦那様!そこじゃありません!王太子殿下の例の物にオーシャカ公爵令息が関わっていそうだという部分でしょう』
『え‥‥‥』
『え、じゃありませんよ。もう、腑抜けないで下さいよ、旦那様』
『お、おう。王太子殿下の例の物だ、な』
『まさか奥様の日記からこんなに有益な情報を得れるとは‥‥。運が良いですね、旦那様』
『ゴホン。そうだな。オーシャカ公爵令息が例の物を持っている裏が取れたら、王太子殿下の従兄弟でもあるし、ここは王太子殿下から直接、オーシャカ公爵令息に持参するように言って貰ったほうが得策だろう。あのお二人の仲は良好だしな』
『それが最善だと思います』
『よし、そうと決まれば、オーシャカ公爵家へ部隊を送れ』
『畏まりました』
『うむ。それより、シャロンはもしかしてオーシャカ公爵令息の事を‥‥その‥』
『何を馬鹿なことを仰るんですか。昨晩の卒業の日の話で、たまたま奥様が思い出しただけでしょう』
『そうか?』
『ええ、そうですとも。全く‥‥旦那様大好きな奥様ですよ。ありえません』
『そ‥‥そうだよな。うん。大丈夫‥‥大丈夫‥‥』
旦那様、大丈夫かしら‥‥。
日記に旦那様以外の男性名が出てきたくらいで‥‥。
はあ‥‥。
監視されている腹いせと、より良い結婚生活の為だったとは言え、こういう結果になるとは思わなかったわ。
旦那様に私、思った以上に愛されているのね‥‥。
特別優しくもないが、気は使ってくれるし、敬意は払って下さる。
でも、義務的で、愛は感じなかったと言うのに‥‥。
私と会うと、顔を真っ赤にされ、何度もチラチラと見てくるとか、そういった変化はある。
でも、婚約から今もそこまで旦那様の行動は変わっていない。
至って紳士的で、相変わらず物静かな方なまま。
こうやって、私が隠れて盗み聞きしてなきゃ知ることのなかった旦那様の様子。
旦那様も私を監視して、私的な日記を盗み見ているんですもの。
やってることは同じなのよね。
ただ、私の場合は、日記は計算して綴っていて、書かれていることも本心なんて一割も書いていない。
より良い結婚生活のために、敵意はない事を示すためだった。誓約魔法まで掛けたんだから、もう監視をして欲しくなかった。だから、日記を有効に使おうと思った。
なのに、隠れ聞く旦那様の様子には、何だか私の方が悪いことをしている気分になる。
私が旦那様に恋情も愛情もないからかしら‥‥。
多少の罪悪感はあるけれど、止める気はない。
だって、旦那様の本心を実際に聞いたことはないのだし、本当に私のことを愛しているかわからないもの。
より良い結婚生活のために、上手くやるわ。
オーシャカ公爵家(大阪府)
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