第二話
妻に迎えたシャロンの専属侍女のエリンから、妻について疑惑のある報告を受けた。
「奥様が本日より日記をつけ始めたようでして、こちらがその写しになります」
「ご苦労」
写しに書かれた妻の日記には、不穏な言葉が綴られていた。
「私には知られたくない秘密がある‥‥?」
「書かれていることを見る限りそのようです」
「お前は何か予想はつくか?」
「いえ、奥様は至っていつも通りで見当が付きません」
「ロイ、嫁ぐまでの様子におかしなことはなかったよな?」
側近のロイに問いかける。
「はい、何も問題はありませんでした」
「だよなあ‥‥」
実は、学院入学前から、婚約者候補達を監視していた。数年間の監視で、当家門に害がない令嬢を最終的に三名まで絞り、私自身がその中で気に入って選んだのがシャロンだ。
何が気に入ったかと言うと‥‥顔、だ。
三人の中で一番好みだった。
長期間の監視で、シャロンには私に秘密とするような問題は一切見受けられなかったが、なにか見落としたのだろうか‥‥。
その後もエリンに妻の日記を監視させた。
だが、秘密めいた言葉が並ぶだけで、その核心に触れる日記内容はいつまで経っても綴られず時間だけが経つ。
どうしたものか‥‥と、苦悩していたが、妻の秘密が明らかとなる日がやってきた。
「旦那様、本日の奥様の日記のご報告ですが‥‥」
エリンが何だか挙動不審で、なかなか日記の写しを渡してこない。
「どうしたんだ。早く渡せ」
「は‥‥はい‥‥‥」
やっと写しを受け取り、中身に目を通す。
*
ああっ、もう駄目だわ。耐えられない‥‥。旦那様が素敵すぎるわ!今朝は心を落ち着けれそうになくて大変だったもの。だって、昨晩の旦那様、あんなに私のことを‥‥。学院に入学してはじめて旦那様をお見かけし一目惚れしてしまったあの日から日に日に大きくなってゆく私の旦那様への想い。もうこれ以上大きくなってしまわないで。惚れた殿方に惚けていては、良き妻になれないと淑女教育で教わったのに‥‥。このままでは、素敵な旦那様に惚けてしまうわ。凛々しいお顔。逞しいその御姿に、私はもう耐えれなくなってしまいそう。それに、旦那様は中身が誰よりも素敵すぎるの。妻になって旦那様の良いところを見つけてしまう日々。これほど中身も完璧なお方は世の中にいないわ。ああ、女神様、どうかこれ以上、旦那様を素敵にしないで‥‥。本当にもう耐えれないの。
*
「なん‥‥だ、これ‥‥は‥‥‥」
手からぱらりと写しが舞い落ち、それをロイが拾うのが横目で見えたが、混乱に体が固まり動けない。
私が素敵?!
一目惚れ?!
凛々しいお顔?!
逞しいその御姿?!
中身が誰よりも素敵?!
完璧なお方?!
私が???????
はっきり言おう。
家柄と資産は良い方だと思うが、顔も中身も良くはない。
一目惚れなんて冗談だろう。どこからどうみても平凡な顔だ。自分でもそう思うし、他人の評価も平凡で一致するだろう。
中身は、どちらかと言えば暗く無口だと思われているし、親交のある者としか関わらないので人見知りだと思われている。
特に、令嬢には絶対にこちらかは近付かなかったし、家柄と資産狙いの無遠慮に近付く令嬢を無視したりしていたことで、学院では令嬢達から多少謙遜されていたと思う。
「旦那様‥‥奥様すごい‥‥です‥‥ね」
そう言うロイを見ると、肩を震わせていた。声は出していないが笑ってやがる。
視線を正面に戻すと、エリンも口の端がピクピクしており、笑うのを我慢しているのを隠しきれていない。おい、目を逸らすな。
スーハーと深呼吸をしたロイが、にこにこと妙に機嫌良く言う。
「まぁ、良かったじゃないですか。奥様は旦那様に激惚れというのが奥様の秘密で。家庭が平和なのは良いことですよ」
俯き、何かを決意したように一泊置いたエリンも後に続く。
「疾しい事じゃなくて良かったですし、寧ろ、喜ばしい事です」
私は、大きく溜息を吐く。
「知っての通り、資産と家柄以外で私は秋波を送られたことがない。本当に‥‥妻は、私のことを‥その‥‥ここに書かれているように思っていると思うか?」
馬鹿な質問をしてしまったと途端に恥ずかしくなる。言うんじゃなかった。
これじゃ、俺が惚気ているようではないか‥‥。
「ええ、日記に書かれているのですよ。本音でしょう。奥様は旦那様が大好きということです」
「私もそう思います。ですが、奥様は凄い方ですね。常に奥様の側でお仕えしておりますが、奥様は隠されるのが上手すぎます。完璧な淑女と言えましょう。実は、心ではこんな想いを抱えていらっしゃったとは‥‥。お仕えしがいがあり嬉しい限りです」
「そ‥‥そうか‥‥。でも、大げさすぎないか?日記に書かれている内容だが、私がこんな大層な人間ではないというのは自分が一番わかっているのだが‥‥」
「何をおっしゃいます!恋とは盲目なものです!」
「そうです!周りが見えなくなるものですよ!」
「おい、それって褒めてるか?」
兎にも角にも、夕食で妻と顔を合わせなければならない。
自分が平常心でいれる気がしない‥‥。
我が家門に害がなく、最終的に顔で選んだ妻。
淑女らしい淑やかな妻。元々顔が好みだし、私的には婚姻して以降、徐々に愛情は育っていっていた。
どうせ私はモテないし、妻から私への恋情はなくとも、家柄と財力と‥‥後は、誠実に付き合っていけば、いつかは多少の愛情は感じてくれるかもしれない‥‥くらいにしか妻を見ていなかった。
それが‥‥‥まさかそんな‥‥。
両想いだったなんて‥‥!
そして、とうとう夕食の時間になってしまった。
「旦那様、お仕事お疲れ様です」
そう言って、食堂で出迎えた妻。
いつも通り、柔らかい微笑みが、どこか煌めいて見えるではないか。
そう思った瞬間、自分でもわかる。
体温が急激に上昇し、体中に血が勢いよく巡り、そう、全身が赤くなっているのを‥‥。
小っ恥ずかしい!!!!!
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