第十二話
予想通り、旦那様に「まだやらければならないことがあるから先に寝て欲しい」と言われ、すぐに寝支度をし、寝台に横たわる。
まずは、旦那様の方から探りましょう。
やろうと思えば、家中に風魔法を忍ばせ、客人も同時に探ることは可能。でも、国がこの訳有りの客人を預けたのは旦那様。誰でもなく旦那様なのだ。諜報を担う旦那様に託した、ということはつまり、「客人を探れ」という事に同義。城内や別の屋敷で預かるのではなく、探知魔法や結界などが王城並み、いやそれ以上に厳重なキョウトゥー伯爵家の屋敷に軟禁したのは、様々な意味が考えられる。
『まさかこんなことになるとはな‥‥』
『ええ、全くです』
『彼等の経歴の裏取りにどのくらい時間がかかる?』
『隣国ですからね。最低でも二ヶ月ですが、もっと時間をかけて徹底的に調べるしかないでしょうね‥‥』
『だな‥‥。それにしても、まるで殿下と双子のようではないか。髪の色以外は本当に瓜二つと言っていい。しかも、陛下に心当たりがあると‥‥。父の代の陛下の記録は一通り見ているが、確かにあの時期の陛下は、荒れていらっしゃったからな。理由が理由だけに‥‥な‥‥』
『海の国の悪女姫、でしたっけ?』
『ああ。海洋貿易の中継地である国との縁繋ぎでの政略ではあったが、陛下は一目惚れだったらしいからな』
なるほど、見えてきたわ。
誰も決して口にはしないが有名な話だ。
国王陛下は、今の王妃様の前に海洋貿易の中継地である国の姫殿下と政略結婚の縁組みがされていた。初顔合わせである婚姻の二年前、こちらの国にやってきた姫殿下に陛下は一目惚れされた。顔合わせ後、すぐに国に戻った姫殿下に、陛下は熱烈な恋文と贈り物を頻繁に送り、婚姻の日を心待ちにされていたのだ。
だけれども、待ち望んだ婚姻の日はやって来なかった。
海の国とも呼ばれる姫殿下の国は、大きな半島で海洋国家。大陸の海岸線を半島で分断するような位置にあり、我が国だけでなく様々な国との付き合いがある。多くの商人が行き交い、様々な国の文化が入り混じる自由な気質の国で、姫殿下もかなり自由な御方だったようだ。
婚姻すれば、自由がなくなるからと、二つの国への短期留学を願った。姫殿下にお願いされた陛下も、お願いされたのが嬉しかったらしく、楽しんでおいでと即快諾。
一つ目の国は、そこそこ羽目を外されたらしいが、大きな問題はなかった。問題は、二つ目の国だ。
その国の名は、聖王国。この世界で信仰されている神を祀る神殿の総本山。
我が国の陛下が一目惚れする程の華やかな美貌を持つ姫殿下だったが、そこで出会ってしまったのだ。自分よりも地位も美貌も世界中からの羨望も集める存在である――聖女様、と。
神からの寵愛を受け、神の力と一般的に呼ばれる特能を持つ聖女様は、世界で一番尊い御方。しかも、聖女様は、儚く清らかで見た者が思わず祈ってしまうような神々しさもある美少女。
姫殿下は、嫉妬に狂われた。
執拗に妬み、様々な手で聖女様を陥れようと画策。
聖女様は、生涯未婚で純血を求められるが、想いを交わすことは認められている。聖女様の愛する御方は、生涯の忠誠を聖女様に誓う聖騎士様。
その聖騎士様を姫殿下の侍女が持つ特能を使い籠絡し、聖女様を裏切らせ、最後は、聖女様に毒を盛った。
だが、神の寵愛を受ける聖女様に毒は効かない。
全ての罪が暴かれ、姫殿下は神罰が下った。どんな神罰かは公開されていないが、想像もしたくない。なぜなら、姫様の国にも神罰が下り、一夜にして大陸から切り離され、波が荒れ狂い近寄れぬ島国へと半島は姿を変えたのだから‥‥。
正気に戻った聖騎士様は自身を許せず自死。
聖女様も後を追うように衰弱され儚くなってしまわれた。
前代未聞の大陸中を震撼させた大事件。
聖女を害したことだけでも許せない大罪で、更に姫殿下は、聖騎士様と体の関係も持っていたらしく、当時の陛下は荒れられた。
三ヶ月程の間であったが、毎日、歓楽街で飲み歩き、娼館にも通われたとか‥‥。
つまり、旦那様のお話から察するに、その時に出来てしまったご落胤が今になって現れた、と。
しかもそのご落胤、殿下に瓜二つ‥‥とは、王太子殿下にかなり似ていらっしゃるのでしょう。
大事件だわ!
『それにしても、隣国で貴族の養子となっているとは‥‥』
『ええ、驚きました。隣国王家から秘密裏に会談をしたいと要請があった時は、まさかこういう話だとは思っていませんでしたしね。でも、一応、表向きには、隣国もここから先は我が国に干渉しないと言っているわけですから、ある意味最悪な事態は防げそうですが‥‥どうなんでしょうね』
『まあ、鵜呑みに出来んよな。あの国は、昔から理不尽な言い訳で何度も迷惑をかけられているし、証拠を提示しても、何かと言い訳して、いつでも被害者ぶるからな』
『それもそうですね。国民もそんな連中ばっかですし。ほっんと嫌な連中です。隣国王家の監視も強めますね』
そう、我が国と隣国は、昔から仲が悪い。どの国とも仲が良くないが、特に我が国を敵視している。
何かと理由を付けて絡んできては、我が国に返り討ちにされ、理不尽な言い訳で言い逃れようとするのだ。
国民性もそうで、商取引でも誠実とは言えず、こちらが損害を被ることもあり、地続きなのに、商人の行き交いも最低限だ。
最近は、我が国の様々な発明品の劣化版を作り、先に発明したと言い張り、賠償だと騒ぐ事が多い。証拠を突き付けて国際裁判に持ち込むと言えば、喚いて逃げるけれど‥‥。
本当に面倒な国なのだ。
『シャロンに迷惑をかけたくない。絶対に接触させるなよ』
『お任せ下さい』
扉を強めに叩く音が伝わる。
『入れ』
『失礼します』
この声は、執事長だわ。
『どうした?何があった?』
『旦那様、非常に不味いです』
『何?』
『案内した客室から先程、影が弾かれ、探れません』
『何だと!』
『血縁魔法が弾かれるということは、血縁魔法か特能でしょう』
『不味いな‥‥』
『不味いですね‥‥』
『わかった。まずはどちらか確かめよう。今から私が影を飛ばす。血縁魔法は知っての通り、直系の当主が一番威力が強い。それも弾かれたなら、特能という事になる』
『お願いします。旦那様』
沈黙が続く。
私にもその緊張感が空気を介して伝わり、思わず息を抑えてしまう。
長いようで短い一時を、固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
旦那様が、大きく息を吐いた。
『駄目だ‥‥‥‥。私の影も弾かれた』




