80 「地下迷宮へのカウントダウン」
ナギはかすかに微笑んだ。
だが、目は冷たいままだった。
「お前の言葉で俺が動揺すると思うか?」
静かで、抑揚のない声。
「もう、どんな挑発にも反応する俺じゃない」
「リョウタのガキなんかより、俺はもっとでかい存在だ。ヒーローだ!」
アキラが片眉を軽く上げた。
二週間前のナギとは別人。
こんな落ち着き、どこで手に入れたの?
「マジかよ…」
リョウタが拳を握りしめる。
「こいつが…こんな奴に?」
ナギは仲間たちに向き直った。
ほのかな笑みを浮かべる。
「パーティーを楽しもうぜ」
「冷静さが、俺の力だ」
会場に一瞬、静寂が落ちた。
リョウタでさえ、チクリと苛立ちを感じた。
無口で冷たいナギが…。
まるで別人に変わっていた。
テーブルの仲間たちが一気にざわついた。
「いや、誰が想像したよ!」
勇斗が笑いを堪えながら声を上げた。
「俺たちのナギが…いきなりクールガイ!?」
「ほんとだね」
サクラが腕を組んで言った。
「なんか、今のナギ、ちょっと怖いくらいだよ」
ミズキが小さく鼻を鳴らした。
ナギの落ち着いた姿をじっと見つめる。
その目に、驚きとほのかな嫉妬が混じる。
リョウタはテーブルの下で拳を握りしめた。
いつも自分が注目の中心だったのに。
この無口な奴が、みんなくすませやがって。
アキラはナギの膝に座ったまま。
謎めいた微笑みを浮かべる。
仲間たちをゆっくり見回した。
まるで、誰がナギにふさわしいか試すように。
「あなたたち、まだわかってないみたいね」
アキラが静かに言った。
指をナギの肩で遊ばせる。
「彼は、動揺なんてしない人よ」
ミズキはシーンをじっと見つめた。
両手を膝の上でぎゅっと握る。
心臓が速く、激しく鼓動する。
「いつ…知り合ったの?」
ミズキが静かに尋ねた。
アキラに聞こえるように、そっと。
アキラはナギに寄りかかり、葡萄をそっと差し出す。
視線をわずかに上げた。
唇に、ほのかに嘲るような笑みが浮かぶ。
「二週間前よ」
彼女は落ち着いて答えた。
「彼を初めて見たその日から」
「…そして、恋に落ちたの」
ミズキは雷に打たれたように身を引いた。
心臓が締め付けられる。
背中に冷たいものが走る。
「な…何?」
ミズキの声が震えた。
ナギは静かに微笑んだ。
ほんのわずか、気づかれないくらい。
こんなことになるなんて…誰が想像した?
アキラは片眉を軽く上げた。
その目に、遊び心が宿る。
まるで一言で起こした波紋を楽しむように。
ミズキは目を離せなかった。
心の奥で何かが変わった気がした。
その瞳に、ほのかな嫉妬の影がよぎる。
「そっか…そういうことか」
ミズキは小さく呟いた。
ナギとアキラから視線を外さずに。
酒場は笑い声と話し声で賑わっていた。
だが、ナギ、リョウタ、ミズキには、その喧騒が遠い響きにしか聞こえない。
ナギはアキラを膝に抱いていた。
彼女の温もりが心地よい。
だが、頭の中では翌日のことがちらつく。
ミズキはナギを見つめた。
心臓がなぜか速く鼓動する。
「いつ知り合ったの?」
アキラの答えが頭をよぎる。「二週間前。初めて見て、すぐ恋に落ちたの」
その言葉に、血が冷たくなった。
リョウタは拳を握りしめた。
「どうやって…? あの無口な奴が…」
いつもの優越感が、ここでは通用しない。
アキラの視線はナギだけに注がれていた。
それが、リョウタの苛立ちをさらに煽る。
酒場の扉がドン!と勢いよく開いた。
ラグノルド隊長の影のような騎士たちが入口に並ぶ。
鎧が燭光にキラリと光る。顔は厳しさと冷たさに満ちていた。
英雄たちは一瞬で緊張に包まれた。
「弟子たちよ」
年長の騎士の声が静かに響く。
「城に戻る時間だ」
「明日、地下迷宮の初日が待っている」
もう一人が付け加えた。
鋭い視線でテーブルの全員を見回す。
「弱さは許されない」
酒場の笑い声がピタリと止んだ。
アキラはナギの肩をそっと握りしめた。
ナギは冷たい決意が肩にずしりと乗るのを感じた。
胸の内で何かがカチリと音を立てる。
ミズキは拳を握りしめた。
目が暗く燃える。
「準備しなきゃ…これは本気だ」
リョウタは熱い怒りと同時に恐怖を感じた。
いつもの自信が揺らぐ。
「明日…遊びじゃない。本物の試練だ」
ナギは深く息を吸った。
召喚されて初めて、内なる静けさと制御を感じた。
心の奥で何かが変わった。
それは壊れた怒りでも、過去の苦しみでもない。
穏やかな闇――どんな困難にも立ち向かう準備ができていた。
騎士たちはすでに帰還の準備を整えていた。
明日、真正的な試練が始まる。
召喚された英雄たちは皆、知っていた。
地下迷宮は、どんな小さな弱さも許さない。
「これからが本番だ…」
ナギが小さく呟いた。
その言葉は、テーブルの全員の心に静かに響いた。
次の一歩を見逃さないために。
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