エクストラ章:すり減った心と、差し伸べられた手
朝のキャンパスは冷たい空気に包まれていた。
学生たちは講義室へと散っていく。
廊下には、ちらほらと人影が動くだけ。
ナギは古い校舎のそばのベンチに座っていた。
背中を丸め、まるで見えないリュックの重さに耐えるよう。
彼の目は、疲れでかすかに揺れていた。
隣には分厚いノートの束。
ページは真っ白のままだった。
ナギはノートの端を指でなぞった。
苦笑いが、唇の端に浮かぶ。
「昔は奨学金が夢だった…」
彼の声は小さく、かすれていた。
「今じゃ、朝起きる体力があるだけで感謝だよ」
この数ヶ月、地獄のようだった。
夜はスーパーでバイト。
朝は講義。宿題はいつも間に合わない。
それに、薬が必要な母。
ナギの時間は、一瞬一瞬、安い賃金で売り払われる。
そして、彼自身が――少しずつ、すり減っていく。
「おい」
ナギはビクッと肩を震わせた。
目の前には、ビニール袋を持ったミズキ。
彼女は当たり前のようにベンチに座った。
「今日のキミ、なんか世界が終わったみたいな顔してるね」
ミズキはそう言って、袋を差し出した。
「ほら、これ」
「なんだよ、これ?」
「サンドイッチ。自分で作ったんだから」
ナギは一瞬、戸惑った。
「……食欲ないんだ」
「ふーん、そっか。でもさ、キミの目の下のクマ、コーヒー入れられそうなレベルだよ」
ミズキはニヤリと笑った。「食べてよ、ね?」
彼女はサンドイッチを取り出し、ナギの手にグイッと握らせた。
彼は彼女の顔を見た。
――なぜか、断れなかった。
一口目を噛む。
パン、野菜、ハムの薄い層。シンプルな味。
でも、このサンドイッチの温かさは、味じゃ測れないものだった。
ナギの胸の内で、何かが小さく揺れた。
「……ありがと」
目を上げずに、彼は小さく呟いた。
「ほら、いい感じじゃん」
ミズキはニッコリ笑った。
「キミ、いつも家族とか責任のことばっか考えてるよね。たまには息抜きさせてよ」
ナギは苦笑いを浮かべた。
「それ、キミに言われてもな……なんか笑える」
「なんで?」
「だって、キミだってずっと誰かを助けてるじゃん」
「だからこそ、わかるんだよ」
ミズキはウィンクした。
その瞬間、ナギは気づいた。
彼女の言葉は、からかいじゃない。
本物の気遣いだった。
ミズキは二つ目のサンドイッチを取り出した。
「ねえ、キツイときはキツイって言っていいんだよ」
「いつも『強い男』でいる必要ないから」
「もし、俺が壊れたら?」
「そしたら、私が欠片を集めてあげるよ」
ナギは動きを止めた。
何ヶ月ぶりだろう。
ただ耐えるだけじゃなく……誰かに心を預けたいと思った。
そして、この夜から――
二人の間に、目に見えない糸が紡がれ始めた。
いつか、別の世界で運命的な選択へと導く、その糸が。
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