6 誰かのために強くなるってこと
時々、道の端に立って、通り過ぎる車を眺めていると、ふと頭に浮かぶんだ。
「もしも……」って。
もしも、あの角を曲がった先にトラックくんが走ってきたら?
すべてが終わるのか。
それとも――やっと始まるのか?
新しい人生。
新しい世界。
そこで僕たちは無力じゃない。
貧しくもない。
壊れてもいない。
意味があって、強さがあって、愛があって。
自分が大切にされている場所。
そんなことを、僕たちは密かに、気づかないうちに夢見ている。
雨の中、帰り道を歩いている時。
夜遅く、天井を見つめている時。
ただ生きている時。
息をしている時。
でも現実は、残酷なやつだ。
二度目のチャンスなんてくれない。
魔法なんて存在しない。
あるのは――請求書、借金、病気、孤独。
それでも。
そんな闇の中でも進み続ける人がいる。
たぶん……
一番悪いのは死ぬことじゃなくて。
何も変えようとしないことなんだ。
チクタク!
——時計の針が時間を刺すように刻む。
遅刻だ。
大学は待ってくれない。
でも、ナギにはもうどうでもよかった。
ドクン、ドクン——
心は空っぽに響く。
体は錆びた鉄の塊のようだ。
重い。動かない。
それでも、よろめきながら立ち上がった。
しわくちゃの服をつかみ、
ドアへと向かう。
ガチャ!
「また遅刻?」
背後から母の声。
疲れ果てた、痛みを帯びた響き。
振り返ると、弟がいた。
寝ぐせだらけの頭。
小さな手に、プラスチックの兵隊。
無垢な瞳が、ナギの目と合う。
まだ世界を知らない。
ただ、純粋な光だけ。
「こんな生き方じゃダメ…体を壊すよ!」
母の声が響く。
その手が、ナギに伸びる。
触れて、止めたいと願うように。
でも、ナギは振り返らない。
「壊れるような健康は、もうないよ」
冷たく呟き、ドアを開ける。
カチリ——
静寂が広がる。
母は膝をついた。
震える手で口を覆う。
嗚咽を抑えようと必死だ。
弟が駆け寄る。
小さな手で、プラスチックの兵隊を握らせる。
「ママ、泣かないで…ナギ、帰ってくるよ」
小さな声。
かすかな希望。
外は雨。
ザーッ…
——冷たい雨粒が髪を濡らす。
頬を滑り落ちる。まるで、空が代わりに泣いているようだ。
ナギはイヤホンを突っ込む。
ズドン!
——重いロックが痛みを掻き消す。
街は疲れている。
ヘッドライトの光が水たまりに映る。
信号の赤が、アスファルトに滲む。
ナギは立ち止まる。
ブーン——
トラックが雨を切り裂く。
その瞬間、頭に浮かんだ。
「もう一つの世界…」
古びた、ありふれた夢。
逃げ道か?
それとも、復讐か?
ナギは、ただの皮肉屋じゃない。
彼のあの「くだらない」という一言には、
どれほどの諦めと怒りと、
そして——
どれほどの“羨望”が詰まっていたのか。
誰しも一度は思ったことがあるはずだ。
「この世界じゃない、どこか遠くへ行けたら」と。
現実に押し潰されそうなとき。
何もかもがうまくいかず、自分が無力でしか思えない夜。
スマホの画面を眺めながら、
「もし自分が主人公だったら」と空想に逃げたことはないだろうか。
でも、ナギはその幻想すらも拒絶する。
拒絶せざるを得なかった。
なぜなら彼は——
その“異世界”が決して救ってはくれないことを、
誰よりも知っていたからだ。
これは、そんな彼の魂の叫びだ。
そして、
同じように現実でもがいている、
あなたへの問いかけでもある。