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51 「見えない戦い」

ナギは人通りの少ない狭い路地に曲がった。


心臓はまだ激しく鼓動し、胸はアドレナリンの痛みで焼ける。

息も乱れていた。


英雄の力――彼を影に隠す力――は徐々に弱まっていた。

永遠に透明でいられるわけではなかった。


彼は壁に寄りかかり、自分を取り戻そうとする。

頭の中ではまだ、騒音、叫び声、あの出来事の鈍い響きがこだましていた。


視線が、路地の先にそびえる高い建物に落ちた。


輝く看板。

食べ物と酒の匂い。

窓から漏れる柔らかな光。

下には、わずかに開いたドア。


酒場だ。


いや……「怪しい評判」の場所。

休息し、身を隠し、力を取り戻せる場所。


ナギは一歩踏み出した。


体はまだ震えていたが、理性が少しずつ戻りつつあった。

ここなら、立ち止まれる。

息を整えられる。

群衆や街の喧騒、そして自分の行動から遠ざかり、

ほんの一瞬だけ、人間として存在できる場所。


彼は上階の窓を見上げ、奇妙な引力を感じた。

そこは、自分の中の嵐をやり過ごし、隠れられる場所だった。


ナギは静かに中に入り、壁沿いの影に滑り込む。


客やふらっと立ち寄った者たちがそこそこいた。

テーブルに座る者、隅で煙草を吸う者。

誰も彼に特別な注意を払わなかった――

この店では、怪しい顔なんて毎日見かけるものだ。


彼は奥の空いたテーブルに進み、壁に背を預けて座った。


そして、息を吐く。

心臓はまだ激しく鼓動し、手は震えていた。


埃っぽい窓から差し込む光を見つめ、

なんとか自分を取り戻そうとする。


「くそ……本当にやらかした……」


思考が絡まり合う。

だが、体は徐々に落ち着き始めた。


英雄の力はまだ彼を影に隠していた。

だが、気付かれない程度に留まるだけだった。


ナギはマントを脱ぎ、隣に置く。

髪をかき上げ、内なる嵐を抑えようとした。


心の中では、怒りと恐怖、衝撃がまだ混ざり合って燃えていた。


ため息をつく。

もう考えるのはやめようと決めた。


「もう……いい……」

彼はテーブルに視線を落とし、独り言を呟いた。


そのとき、少女が近づいてきた。


美しい顔。

軽い微笑み。

目にわずかな輝き。


「ご注文は?」

彼女は友好的に、まるでアニメから抜け出したような軽い遊び心を声に込めて言った。


ナギは彼女を見上げ、内なる嵐を隠そうとする。


頭に一瞬、考えが閃いた。


――もうドラマはいい。

とりあえず、何か食べて落ち着こう。


「ワイン……いいやつを。」

彼は短く言った。

「それと、軽い食事。」


少女は頷き、微笑みを消さず、注文を取りに去った。


ナギはテーブルに一人残される。

ゆっくりと、落ち着きが戻ってくるのを感じた。


ここでのワインは――

まるで店のドアの外に、過去の怒りを置いてくる約束のようだった。


ナギはワイングラスをゆっくりとテーブルに滑らせる。


喉に触れるワインの味は、ほのかに温かい。


目の前の料理――シンプルだが香り高い。

一口一口を丁寧に噛みしめ、起きたことを一瞬でも忘れようとする。


店内では、笑い声、会話、食器の音が混ざり合っていた。


周囲の人々をほとんど気にしなくなったそのとき――

背後から会話が耳に飛び込んできた。


「……国境の状況はどんどん悪化してる。」


一人の男が、疲れの跡が刻まれた厳しい顔で言った。


「獣人が次々と部隊を叩き潰してる。

このままじゃ、すぐにでも首都にたどり着くぞ。」


「そうだな。」


もう一人が少し声を潜めて答えた。

「我々の軍は押し寄せる獣人を抑えるのに精一杯だ。

もう何部隊か失ったって話だ。」


ナギの体がわずかに強張る。

心臓の鼓動が乱れ、注意が急に研ぎ澄まされた。


彼は食事を続けながら、耳は一言一句を捉えていた。


「首都でもそうだ。」

最初の男が続ける。

「獣人が突破したら……もう、めちゃくちゃになる。」


ワイングラスが手にわずかに震えた。

だが、彼は恐怖も驚きも見せなかった。


内心で静かに思う。


――なるほど、この世界には本物の問題がある。

人間……どこかで負けてるんだな。


もう一口ワインを飲む。

味に少し唇を歪めながら、食べ続ける。


心の奥で、冷たく、計算高い何かが、聞いた話を分析していた。


――この会話は、いつものカオスの一部だ。

驚くことじゃない。

でも……使えるかもしれない。

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